心の傷



「──どういうことだ?」




トーマが、めずらしく俺に対して低い声を出してくる。




トーマの中での俺の位置は、恩人のようなものであり、少なくとも信頼されている。


そんな俺に、少しの怒りを見せたトーマ。




それは、いつもの冗談に返すのではない、本気に本気で返した証拠。


俺が本気で言っているのだと受け取り、それに対して本気の対応をした。




だからこそ彼は怒った。


互いに真剣だからだ。




「オイオイトーマ──むぐっ」




ただ事じゃない空気を感じた雷知が、マサルの囗を手で封じてくれた。


ナイス。




「確実性はない。でもトーマの昔の仲間がこの事件に巻き込まれているとするならば──もし、さっき雷知の記憶で見た奴がトーマの過去の中にいたならば、そいつの未来を見る事が出来る」


「……」


「もしそいつが事件に巻き込まれていたとしても、渡辺春の彼女が相手の姿を見る事がなかったように、犯人を見たり場所の特定が出来たりはないかもしれない」


「……あぁ」


「ないという根拠もない」


「あぁ」




苦しい。


トーマの苦しそうな、悩んでいるようなその表情を見ていると、俺も苦しくなる。


……依鶴の気持ちが、邪魔だ。




「可能性が0じゃない限り、試さない理由は……あっちゃいけない」




少なくとも、このBOMBという機関の仕事の内だと、どんな手段を使っても依頼優先。


『嫌だ』という理由だけで、可能性を消してはいけない。




「ただ、俺の能力は例外で、その人の私生活から過去、未来まで全て見ることが出来てしまう。それはそれでBOMBで禁止されている」


「あぁ」


「どうするべきだと思う?トーマ」




どうしたい?


トーマ。




お前を追い詰めているわけじゃない。


ただ、聞こえによっては、追い詰めているように聞こえるかもしれない。




違うんだ、俺はお前に選択権を与えただけだ。


過去を知っているから、知ってしまったから、少なからず同情の気持ちもある。




ただその気持ちすらも、お前には伝えられないが。




「……悪い、威鶴」




その答えは、NO。


トーマはまだ、過去を吹っ切っていない。




それを少し、悲しく思う。




「大丈夫だ。トーマの記憶が手っ取り早いだけで、その男を知ってる奴なら誰だって──あ」


「あ?」




俺は言いながら、一つの可能性に気が付いた。













XXビル7階。


パスワードは1298




ガチャリ、開いた扉の中にいるのは、つい先日敵にしていた面々。




俺に向くなり「うげっ」と声を発した、その男。




「今度は何だってんだ?竹原の連れさんよぉ」




そこにいたのはこの前のトーマの妹の依頼で来た時に対立したここのTOP、八坂。


そう、この男はトーマの知り合い、つまりあの男を知っている可能性がある。




「少し占いみたいなもんさせてくれ」


「は?お前いきなり何──」




後ろに居たトーマが、「確かにコイツなら目合ってっかもな」なんて言うのと同時に、八坂に走り出す。


よし、今日は飛び道具の奴はいないな。




「何しに来た!」




そう言ってトーマの前に立ち塞がったのは、あの時の女・ユーキちゃん。




今日は他の三人……一人はどうなったか知らないが、この二人以外はいない。


トーマが、ヤッた奴は病院だろう。




八坂とユーキが対立している隙に、俺は素早く八坂の背後に回り込む。




「な、お前……」




両手にギリギリと指を食い込ませ、手を使えなくさせる。




「いで、痛い、テメー何すんだよ!」


「ツボに軽くツメを食い込ませている。痛いだろう?」




力がない、俺みたいな奴は、こういうのが向いている。


強く押せば身悶えるほどに痛みを感じる一点。




それに確実に、食い込ませる。




「言ったろ?ある意味強いってな」




トーマが八坂を見てそう言った。




「八坂さん!!」




ユーキは動けない。


TOPが最優先だからだ。




「八坂、今日は頼み事をしに来た」


「頼み事をする態度じゃないだろコレ!?」


「占いに付き合ってくれるだけでいいんです」


「だからさっきから何なんだよ占いって!?」




隙あらば暴れようとする腕を、ギリギリと締めつける。


八坂が暴れようとする以上、向き合って視線を合わせる事はむずかしい。




じり……ほんの少し聞こえた音を、俺は逃さない。




八坂が行動する前に、俺は八坂に膝カックンをして、そのまま座らせた。


一瞬何が起きたのか理解をしていない八坂は、ポカンとした顔でまっすぐ前を見つめる。




「足技で攻撃しようったって、前兆でわかるんですから無駄ですよ」


「前兆って、お前一体……」


「おとなしくしてれば、すぐ終わる。抵抗するなら喉を潰す」


「こえーわ!!」


「殺す気あるだろお前!?」




トーマまでもがツッコんで来た。




別に殺す気はさらさらない。


いつか言ったように、殺人鬼になるつもりもない。




ただ三途の川の橋をわたらない程度に痛みつけようと考えただけだ。




「で、どうする?協力するか、のど──」


「すりゃいんだろすりゃー!」




ヤケになったようなそんな声が、八坂のロから叫ばれた。




「そうか、助かる」




そう言ってパッと手を解放してやった。


さっきまで掴んでいた場所を見ると、指先1つ分、赤くなっていた。




それを見て、八坂も苦笑い。




「まだ殴られてた方が痛くなかったわ」


「少し力入れすぎたかもな」


「……」




そうか、そんなに痛くしてたか。


まぁ終わった事は気にしない。


ユーキをトーマに抑えつけさせ、俺は正座から胡座に座りを変えた八坂と向かい合う。




「で、なんだよ占いって」


「知らないのか?名前とか星座とか誕生日なんかから過去や未来を──」


「ちげーよ!お前何がしたい?目的はなんだ?」


「お前の過去に用がある」




それを言った瞬間、八坂が立ち上がろうとする前兆を聞き、俺はその頭をガシッと鷲掴みにした。


細部まで言うなら、コメカミを指圧。




背後にいるユーキからも、息使いが乱れた事から動揺を知る。




……ははーん。




「別にお前らの恋愛事情が知りたいわけじゃない」


「な……!!」


「知りたいのは……3年前くらいか?トーマ」


「3年前の12月辺りだ」


「わかった。だそーだ、八坂」




口には出さないが、すごく嫌な顔をしている。


同時に俺を睨んでいる。




ありがたい、見やすい、からな。


俺は八坂と瞳を合わせた──。


浅い過去はいらない、と、丸三年をすっ飛ばす。


そして冬の乱闘を探す。




──あった、この辺り。




高校生の男たちが大人数で乱闘している。


その中にトーマの姿もあった。




そして写真で見た男も……髪は写真より短いが、見付けた。


ただ、こちらを向かない。




一瞬でいい。


そして本当に一瞬、睨むようにこっちを向いた男に──乗り移る。




今度はその頃からの三年未来、つまり現在まで戻る。




そしてようやく、掴んだ。






「トーマ、ビンゴ」




それだけ言って、俺は続けて見る。




どうやら強盗犯が電話をしている所に偶然にも遭遇。


そして襲われた。


抵抗はしたが、視界が大きく揺れる……恐らく後頭部を殴られでもしたんだろう。




そしてパタリ、視界が途切れた。


ただ、あの女……依頼人の女と違ったのは、途中で意識が戻ったこと。


薬で意識が途切れたわけじゃないから、気が付いたのか。




車の窓から見える、空の景色。


建物も少し見える。




上を通過する電車が見え、すぐに景色が止まり、パッと目をつむった。


どうやら着いたらしい、そして、意識がないフリをしたんだろう。




「トーマ、絞れた。8~10両編成の緑の線が入った電車、道路上を通過する位置」


「すぐ周ベさせる」




それ以降は、女と同じく真っ暗。


同じく殺す気はない。




とりあえずここで彼の未来を切り、八坂の過去も切った。




「……電車がなんだって?」




とてつもなく不満そうな声が響いた。




「占いじゃなかったのか?」


「お前ら二人は永遠の愛を誓うだろう。よかったな。以上!」


「それ本当に占いか!?テキトーだろ!?」




なぜバレた。


まぁいい、コイツのおかげで情報が絞れた。




「協力ご苦労だったな」


「……本当に用ってこれだけなのか?」




不信がる八坂。


何を想定していたんだか。




「無駄な争いはしない。トーマ、戻るぞ」


「おーよ」




トーマを連れて出入口へと向かう。


そういや、さっきチラリと過去を見た時に気付いた事があった。




前回は全員の精神に投下したから、そうだな……。




「八坂」




出入口に立ち、八坂を見る。




「まだ何かあるのか?」


「いや、いがいな所があるんだな、って思って」




俺は静かに、爆弾を投下した。




「お前、実は純情だったんだな」




カァッと赤く染まる八坂にもう一言。




「初恋、精々頑張れよ」




バタン、扉が閉まると同時に、怒りの雄叫び。




そうだ、過去でほとんど女が視界に入らなかった。


毎日喧嘩ばかり。




ただユーキと会ってからは違った。


他の男と同じように扱っていたし、信頼もしているようだった。




先日バラした事によって、意識し始めたのかもしれない。




「まぁ、いい傾向だろう」




エレベーターの中でポツリ、呟く。


それに反応したトーマ。




「お前キチクだよな」


「別に、誰に恋してるかとまでは言ってない」


「それ変に誤解生むかもしれねーよな……やっぱキチクだ」




チン、という音と共に1階に到着。


さて、とりあえず報告が終わったら、絞り込みはマサルと雷知の仕事だ。




朝日が出るまであとニ時間。


俺たちはいつも通り、BOMBへと戻って行った。

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