合同捜査、始動
過去を切り、現実に戻り彼に尋ねる。
「彼女から何か聞いていませんでしたか?」
「いえ……様子がいつもと違うから聞いていましたが、答えませんでした」
彼女の異変には気付いていたのだろう。
しかし、攫われるとまでは考えていなかった。
ただ、忘れようとした。
だから誰にも話さなかった。
そう感じる。
「彼女の状況は最悪です。数ヶ月先までの安全は確実ですが、精神的に追い詰められる状況下です」
身の危険を考えると、現状はまだいいが。
「この件は私の方から紹介した例の機関に回します。あなたは夜、指定の場所へ行ってください。私からは以上です」
「あ、ありがとうございました……」
彼の震える指が視界に入る。
安心どころか、不安を膨らませてしまった。
でも、嘘を言うよりは、事実を伝えた方がいい。
事実を伝える事が、私の仕事でもあるから。
「一度家でじっくり整理してみて、自分を落ちつけてください。あなたが焦っても状況は変わりません」
「……はい」
彼を外まで送り、私は一度自分のマンションに戻った。
現在午後5時、BOMBから連絡が来るのが10時頃だとして、それまで5時間、睡眠をとろう。
一度部屋着に着替える。
アクセサリーも取り、ウィッグも外し、メイクを落とす。
――寝るのが怖い。
消えちゃいそうで。
男スイッチ、on。
一つ、ため息をついた。
「寝るか」
布団にもぐり、深い眠りについた。
深夜9時半。
BOMBから呼び出しのメールが来た。
眼帯を装着。
動きやすい黒の服装。
――22:00
BOMBの事務所に着いた。
「威鶴!」
ついて早々、慌てて俺のところに来たレインに、まず渡辺春の確認をする。
「ちゃんと彼、来ましたか?」
「さっき話を伺ったわ」
今のところは順調か。
「トーマはまだ来てないけど……」
「アイツは平気で遅刻するんで」
もう慣れた。
もしかしたら、例の行方不明の元仲間を探しているのかもしれない。
BOMBには依頼しないのだろうか?
一体どれ程探しているのかは不明だが、せっかくこの組織に居るなら使えばいいのに。
「威鶴、一旦彼に付いて先に個室行ってなさい。トーマは後で連れて行くわ」
「あぁ、はい。お願いします」
なんだかトーマがすみません。
まるで親になったような気持ちだ。
案内の男が俺の前に来て礼をする。
「部屋には依頼人と、事件の担当二人が先に来ているわ」
「わかりました」
そう言ってから、俺は個室へ向かった。
そして扉を開けた瞬間
「来た!!」
そんな大声が部屋に……廊下にまで響き渡り、肩が跳ねた。
入口から見て左にいる渡辺春も苦笑い。
その対にいる、煩い男の隣にいる男が、煩い男を容赦なくグーパンチ。
うわ、痛そ。
何が起きているのか一瞬わからなかったが……どうやらでかい声を上げた奴はうちのメンバーらしい。
「わりぃわりぃ……イテテ」
「お前はいつもリアクションが煩いぞマサル!」
「だからわりぃっつってんだろー?」
「反省をしろバカが」
そのやり取りを呆然と見ていることしかできなかった。
気を取り直し、俺は渡辺春の隣に座る。
煩そうな奴が裏の仕事なんて、珍しい。
「でもお初だぜ!?あの噂の超絶頭がキレるバイト!バイト!バイト!」
「バイトバイトうるせぇ!」
そしてまた殴った。
どうやらこの『マサル』って奴は黙ることが出来ない性格らしい。
「確かに、バイトですけど……」
なぜそんなにも『バイト』を強調するのかわからない。
テンションに付いていけない。
「威鶴悪い、紹介が遅れた。このバカ煩い奴はマサルだ」
「バカってなんだよ!」
「バカ以外にお前を表現できる単語はこの世にはない!」
「ひでぇ!!」
まるでどこぞのコントを見ている気分だ。
この二人が例の強盗犯を追っていると思うと、なぜだろう、不安だ。
そしてもう一人も名乗る。
「それで、俺はライチだ」
……。
うまそう。
いや、違う違う。
フルーツじゃない。
「あぁ、よろしく」
「ちなみに雷を知ると書いて雷知だ」
意外にも、漢字にするとかっこよかった……。
少し悔しい。
「そうか。俺は威鶴。二人とも俺のことを知っているようだけど、一応。今回はよろしくお願いします」
そう言って俺は小さく頭を下げると、次は依頼人が話しかけてきた。
「あの、イヅルさん、一つ聞きたいことがあるんすけど」
『威鶴』としては初対面の渡辺春から、その質問の推測が立つ。
「なんですか?」
「『イヅル』って名前……なんすけど」
占い師も俺も同じ読みで『イヅル』。
ただ、性別が違う。
依鶴は女。
威鶴は男。
同一人物かと聞きたいのだろうが、まず性別が違う。
彼は少し混乱しているのだろう。
「ここを紹介した占い師の依鶴なら、俺の家族みたいなようなものだと思っていい。ここに居る奴らは全員本名ではないですから」
「あ、そうなんすか。じゃ、はじめまして威鶴さん。渡辺春です」
「よろしく」
ようやく自己紹介が一段落ついた。
そして。
なぜ奴は来ない?
「もう一人、俺のパートナーが来るはずなんですが。そいつはトーマと言います」
「あ、族上がりのバイト!」
まっ先に反応したマサルに、どんな覚え方だ、と呆れる。
「何かあったのか?」
そう雷知が心配を含んだ声で聞く。
心配になるのもわかる。
連絡もなしに遅刻だ。
ただ付き合いが長い俺は、もう一切の心配はしない。
なぜなら
「ただの遅刻魔なので」
心配する理由がないからだ。
雷知の疑問にバッサリと答える。
こんな時まで遅刻か。
俺だけならまだしも、部外者が三人もいるんだぞ。
少しイラついていたところに、ガラリ、扉が開いた。
「わりぃ、ねーちゃんが――」
「遅い。お前床で正座してろ」
「そりゃないぜ威鶴ぅー」
嫌そうな顔をして言うトーマだが、お前が悪い。
ようやく全員揃った。
トーマの後ろからレインが現れ、奥の席へ座る。
「威鶴、トーマ。今回は例外として長期間働いてもらうことになりそうだわ」
「マジかよ」
心底嫌そうな顔をする、ソファーの上で正座しているトーマ、というか俺がさせた。
ソファの上なだけありがたいと思え。
「ねーちゃん、どんな依頼?」
「いい加減レイン様とお呼び、トーマ」
様はいらないだろう。
レインは時々、本気なのか冗談なのかわからないことを言う。
彼女の性格は未だに掴めない。
「悪いわね、アンタにはトバッチリで急遽仕事にしてしまって」
「トバッチリ……?」
「今回の件は、威鶴の紹介よ」
じ、とトーマから視線を受けるが。
「見るぞ(過去を)」
「勘弁」
そう脅せば目を逸らされた。
この近距離なら、トーマがサングラスをかけていたとしても余裕で見れる。
ただ、俺は眼帯をしているが。
「ねーちゃん」
「レインよ」
そう強い口調で名乗るレインは、トーマの『ネーチャン』癖を直そうとしているのか、はたまた単に嫌なのか。
しぶしぶトーマは名前に言い直す。
「……レインさんよー、俺いまいち把握してないんだけど。今までの依頼とは少し違うことくらいはわかるけど」
確かにトーマはこの件に関しては一切関係ない。
『依頼が来た、集合』としか言われていないんだろう。
「そうね。まず依頼の説明は、威鶴から説明した方がいいかしら?」
「そうですね」
そう提案され、俺はまずどこから話し始めるかを考える。
依鶴という占い師の存在からか、単に知り合いから依頼が来たと言うか。
そう言えば、今日昼間にトーマの姉と初めて会ったが、依鶴としてトーマと会ったことはないな。
説明が面倒だ……。
よし、依鶴を省こう。
「あるショッピングモールの一角にいる、結構凄腕の占い師がいる」
「……?あぁ、そうなのか。……それってお前と同じ名前の?」
すでに知っていた……!!
知っているというのは想定外だった。
「ねーちゃんが会ったらしいんだけど。なんかすげーテンション高く電話して来た」
「あ、あぁ、それ。その占い師だ」
会ってなくても電話はするのか。
まぁ知っていても問題ないだろう。
構わず説明を続ける。
「今日、依頼人の渡辺春さんはそのショッピングモールに来ていてたが、目を離した隙に連れの彼女が消えていた」
「あぁ」
「放送で呼び出しても来ないから、その占い師に占ってもらったところ……どうやらこの件には事件性があることが分かった」
「占い師すげー……まるで威鶴みたいだな」
えぇ、威鶴ですとも。
依鶴は威鶴であって威鶴でないものですとも。
「その事件は、BOMBでも依頼されているものだったから、この二人と組んで依頼を遂行しようということになった」
「あぁ、それで今回は四人か」
「そういうことだ」
トーマに簡単に説明したところで、ようやく今日の本題に入る準備が整った。
レインが俺に確認をする。
「そうしたら……威鶴、渡辺さんはこの後必要?」
「暫くは大丈夫です。今回は顔合わせだけで」
「わかったわ」
そう言うとレインは管理に連絡を入れ、案内人を呼び出した。
少しすると再び男が現れた。
渡辺春を出口まで連れて行く為に。
「よろしくお願いします」
渡辺春は最後に一言、そう言ってからこの部屋を出て行った。
「――さて、威鶴」
「そうですね……」
レインが言いたいことはわかる。
たぶん、能力の説明だ。
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