エピローグ:後日談
第33話
エピローグ:後日談
あれから。
巨人討伐作戦の日から、一週間が過ぎた頃だろうか。その、穏やかな朝である。
結論から言えば、死者数は合わせて二百五十三名。
負傷者は五百名前後を確認しており。
全ての黒騎士や黒魔獣、黒魔鳥の討伐に成功し。また、
と、王国と公国の上層部からの共同発表をもって、全国民に知らしめられた。
もちろん民衆はすべからく歓喜に沸き。王国と公国軍の両軍に、惜しみない賞賛を降り注いだ。
そして、これが最も重要な事なのだが。
討伐作戦以来、黒騎士らの襲撃は、一つも確認されていない。それに呼応したかの様に、大地を分断していた、あの……
黒い光の壁が、日を追うごとにその色をどんどんと薄めっていったのだ。
私は、寝室のテラスから遠くの方を見ている。
そして、たった今。
黒い光が、全て消えて無くなるのを確認した。
「よしーーっ!」、と拳をグッと引き寄せガッツポーズをする。
その少し後に、遠くの方から『ボェェェェェェェーーッ』、と。黒い光が消えた旨を伝えるホルンの音が小さく響く。
ホルンの音が響いた一秒後。街の方から、一斉に換気の声が上がる。
それは、王宮にいる私にも十分に伝わってくる程の音量であった。
国民全員で、今日という日を祝っているのだ。
私も素直に嬉しい。
約十五年ぶりに王国と公国は、散々悩まされていた大地の分断から、解放された。
もちろん、まだまだ謎な事は多い。
黒騎士とはなんだったのか。黒い光は何故大陸を分断したのか。そしてあの巨人とはなんだったのか。とか、考え出したらキリがない。
だが今はそんなことは忘れて。みんなでただただ喜びに耽るというのも、きっと許されていいよね。
細かい謎は、この先の研究者やら偉い人が、順次明らかにしていってくれるだろう(多分……)。
今はただ。
「シルヴィ! やったやったやったよぉ〜っ!」
寝室の扉を勢いよく開けて、私に駆け寄ってくるのは。王国内で一番の親友である、ネーナ・ハッシュルトン。王女のそば付き侍女である。
「ネーナ!」
「シルヴィ〜」
私たちは飛んで跳ねて、お互いを抱擁した。
「やったねっ〜良かったねぇ〜、シルヴィ〜。これで、これで……」
「うんうん、ネーナ〜……うんうん」
彼女の瞳はうっすらと潤んで、それを見て私の目も潤む。
散々悩まされ、実は王国崩壊の危機でもあった資源問題。これが解決の兆しを見つけられたというのは、ほんとにほんとに、嬉しい出来事なのだ。
「あ、そうだネーナ。そういえば、先生は見なかった?」
「え、キャロライン様〜? そう言えば見てないなぁ。もしかしたら執務室とかかなぁ」
私はこの嬉しさを、姉の様に慕うキャロラインとも分かち合いたいと思ったのだ。
「うーん……あっ。じゃあ……」
ある事を思いついた私は息を吸うと、寝室の天井に向かって呼ばわってみる。
「爺や〜っ、爺やっ、そこに居るーっ?」
それを見ているネーナは、不思議そうに首を傾げて私の瞳を覗く。
「ふぉふぉ、ここにおりますぞ姫様」
その声は私の背後から聞こえた。
そう、天井ではなく、音もなく忍び寄り、私の背後にっ、だ!
ネーナは驚愕のあまり、声すら上げられていない。
「そこねっ!」
私は寝巻き姿のまま、急に現れた背後の気配に向かって後ろ回し蹴りを放つ。
「ふぉ、良い蹴りですじゃ姫様ぁ〜」
爺やはそれをヒラっと余裕で回避し、すぐさま後方へと飛び退いた。
「やっぱり居たのね、爺や……まぁ、居るだろうとは思ってたけど」
あの巨人との戦い以降、私は何故か体術がすこぶる向上してしまって。前よりも一層、アクティブに動く王女になってしまったのだ。
なので、爺やをこうやって呼び出しては、蹴りの練習をしていた。
爺やには一回も当たった事ないけど。もしかしたらゴメス爺やは、かなりの実力者なのかもしれない(なら、遠慮は要らなそうね)。
「し、シルヴィ……」
「あ、ごめんごめんネーナ。びっくりしたよね……なははは。
ーーまぁそれは置いといて、爺やっ。キャロライン先生がどこに居るか知らない?」
「ふぉふぉ、キャロライン女史ですか。ええ、ええ、知っておりますとも」
爺やはシワひとつ無い執事服の襟を正し、咳払いをする。
「霊廟に……キャロライン女史は、前国王とその王妃様が眠る、地下の霊廟におりますじゃ」
「あ、あぁ……先生。そうなのね、霊廟に……」
王宮の地下には、代々の国王と王妃が眠るお墓があるのだ。
そうか、先生。私の父と母に、今日の出来事を報告しに行ったのね。
「ネーナごめん。私、ちょっと一回、霊廟に行ってくる」
「シルヴィ……うん、分かったぁ。じゃあ、ちゃんと厳かな礼装にしなくちゃね」
と、言ってネーナは腕をまくる。
そして二人で見合って、ニカっと笑う。
「ふぉふぉ、良きかな良きかな。おおっ、そう言えば……姫様っ。公国のファルシオン公子殿下から、この日の為の祝辞が届いておりますぞ」
爺やは自分の懐をゴソゴソと探りだす、が。
「そんなの破って捨てておいて。代わりに……そうね、『今度、私の視界に入ったらブッ殺すっ』って返信しておきなさい、爺や」
私は片目を瞑り、爺やにウィンク。
「ふぉふぉ……ふぉっ!?」
王国執事長のまんまるお目々が、二度見からの、殊更カッと開かれ。言葉をなくしている模様。
なんかその顔、めっちゃ笑える。
「ま、いいや。さっ、用は済んだから、早く出てってよ爺やっ。着替えるんだからっ」
問答無用で、寝室からの退場を促す。
その後ネーナと、グッと親指を立てあって、さぁ、着替えの準備だ。
……
…
地下の霊廟は、見渡す限り石に囲まれ、普通の民家であれば二軒三軒は並んで入るかというぐらいの広さがある。
その広間の中央には、石碑として巨大なモニュメントが建っていて。そこの近くで、キャロラインは膝をつき、両手を腕の前で組んで祈っている。
「先生……失礼致します。シルヴィニアです……」
霊廟に赴くのに必要な、白の礼服を纏って、私はキャロラインの後ろに立った。
「……シルヴィニア様」
どこか色っぽく、濡れそぼった瞳をこちらへと向け。祈りを中断。
立ち上がってこちらへと歩み寄る。
「シルヴィニア・エル・リンスカーン様。この度の功績、誠に……誠に、ご苦労様でございました」
キャロラインは静かに深く、お辞儀をした。
「そんな、先生……」
私たちはお互いに軽く挨拶を済ませると、二人で並んで中央の石碑を眺める。
「シルヴィニア様の成された偉業を、前国王と王妃様に報告していました」
「うん……」
なんだか気恥ずかしさが、先に立ってしまう。
少しの沈黙が流れる。
地下の霊廟は、静謐な空気が漂っていて、心なし涼しい。今度から避暑する時に使おうかなと、ちょっと思った。
「国民の中であなたが今。なんと呼ばれているか、知っていますか? シルヴィニア様」
「えぇっ、なんでしょう。悪口とかじゃないですよね、まさか……」
ふと頭によぎってしまって、不安に駆られる。
「ふふ……まさか。救国の立役者を、誰も悪くなんて言いませんよ」
「えぇ〜、ならいいんですけどぉ。でも、褒めてくれるのは、なんだか嬉しいな」
「みなはこう呼んでいます……巨人圧殺の鉄球王女、と……」
巨人圧殺の鉄球王女……?
それ、めっちゃ悪口じゃない!?
「えっ、それ……えっ!?」、もはや言葉に窮する。
「ふふ、素晴らしい異名だと思います。この国の民の、あなたに対する慈愛と敬意を表していて……シルヴィニア様。
ーーあなたは、本当の意味でこの国の王たる資格を得たのです」
キャロラインは私に、優しく微笑みかけた。
や、待って待って。姉のように優しく微笑まないで。その異名は、全然っ、嬉しくないからっ!
やめてぇっ! 優しく肩に手を置かないでぇぇぇっ!
「ふふ、今日から他国との国交も回復していくでしょう。そうなれば、きっと素敵な諸外国の王子様とも出会えるかもしれませんよ?」
「えっ!?」、それは……いいかもぉ。最近は、婚活にも割と前向きなのだ私は。
「なるほど、王国を今よりも盤石に……ですね、先生。えへへへぇ」
「シルヴィニア様。それはそれとして……そのだらしのない顔は、やめな、さいっ!」
久々にキャロラインのチョップが、おでこに炸裂する。
「あでっーー!?」
今日の予定は、これから国民総出の式典に出席する事と。分断が解かれた故に、諸外国に送る使者を選定する会議。
それからフレイア・ベルク修道院を訪問し、夜には祝賀祭が催される。
腕によりをかけた料理が、国民全てに振る舞われ。今日という日を、夜通し祝うのだ。
私はその全てに参加して、その全てに何かしらの発言をすることになるだろう。
何故ならば……
私はこの国唯一の王女で。
そして、二度目の人生を、ちゃんと前向きに生きていくっていう覚悟をした女だからだ。
前世なんて関係ねぇっ!
鉄球の様に硬い意志で。
私と、私の好きな人たちの。
その幸福を邪魔するモノがもし居たならば。
全て、もれなく、マジで、完全に……ケチョンケチョンに。
すり潰してやるんだからっ!
それがっ。
『鉄球王女』
シルヴィニア・エル・リンスカーンなんだからねっーーーーーーっ!
鉄球王女 〜二度目の人生、アイとはナニかを考え出す〜 シエテラ @sieterra
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます