第31話



 あぁ、こんなに殺意が湧くなんて、前世を含めても初めての経験だ。

「ふっふっふっふ……」

 私は今、どんな顔をして笑っているのだろう。


 頭の上に掲げた柄を、手首の捻りだけで回し。それを鎖が伝えて、ただただ凶悪にブン回る鉄球。

 そして、宙に浮く私。

 冷静に考えたらきっと怖いよね。知ってる、知ってる。

 

 ズンズンと大地を揺らして走る黒鉄くろがねの巨人に、地上を流れる様に進むシオン。それらを視界に収めつつ、少し高い所で俯瞰できているのが私だ。

 走るよりは遅いくらいの速度で、空中を移動している。


 巨人は地上のシオンに、その拳を振り下ろす(そのまま、潰してもいいよ)。

 が、それをまたシオンは上手く避ける。

「ちっ……」、王女としてはよろしくない舌打ちをして、私はシオンと巨人へと近付いていった。

 内心で、使えないデカブツねっ、なんて毒付いてしまう。

 やさぐれてるよね。知ってる、知ってる〜。

 

 シオンは避けざまに、灼刀で巨人の腕を斬りつける。やはり黒騎士みたいに、一刀両断とはいかないみたいだ。

 だが、小ささと素早さを活かして、巨人の股下へと潜り込む。


 私の視界からは、ちょうど巨人の足が邪魔でシオンが見えなくった。

「どきなさいよ……」

 高さで言えば、巨人の腹部くらいの高さを私は飛行している。


 高速で回転する鉄球を、瞬間で、放つ。

 一撃。

 二撃。


 ブンブン、ドゴッ。ブン、ドゴッ、ブン、ドゴッ。ブンブンブン。


 みたいなリズムで、ローターとして扱うパートと、武器として使うパートを交互に挟む。

 流石に腕や足よりかは、腹部の方が頑丈の様で、私の攻撃は激しい音を響かせる割には、貫通したりはしなかった。

 が、黒鉄の巨人の、その黒光りした鎧は、どんどんとその塗装が剥がされた様にくすんだ色合いへと変化していっているようだ。


 三撃。

 四撃。


 巨人は右腕をあげて、私に目掛けてパンチを振り下ろす。

 鉄球を回転させるのをやめて、攻撃方向より右ななめ上方向へと鉄球を放つ。その推進力で、私は瞬く間にその場からの離脱を図る。

 

 巨人の剛腕は空振りに終わり。激しく空気を押し出した余波が、強風となって私のスカートをめくった。

「おい……」、この野郎。


 しかし巨人は、そんな意図しない出来事には無関心で(当たり前だろう)、続けざまに左腕を振り上げて、今度は左のパンチを繰り出す。


 私は放った鉄球に連れてかれて、空中を泳いでいる途中だったが。なんとなく、あの巨人のパンチの軌道は、私を捉えている様な気がした。

 なので私は、右手の柄を引っ張り急制動をかけると同時に、左手で鎖を手繰り寄せる。

 今度は左手で短く持った鎖を起点に、鉄球を振り回した。


 右手の柄で振り回すよりは、リーチが短く。小さい円を描いて鉄球は回転する。

 どうすれば効率的に鉄球を扱えるのか、自然と体が動いてしまって、それを見てる私自身が驚くぐらいなのだ。

 だけど、これはきっと鉄球ちゃんが教えてくれていると思う。

 思うことにしている。


 襲いかかる巨人の、打ち下ろし気味のパンチの、その軌道の下から。私は小さく回転する鉄球をぶち当てた。

 進行方向より九十度下から受けた鉄球の衝撃に、巨人のパンチは弾かれた様に上へと跳ね上がる。

 私は鉄球を引き戻し、それを蹴って、落下方向を変更させた。


 その時に目の端でシオンの姿を確認。

 赤く輝く灼刀で踊る様に、美しく巨人の足首を斬りつけている。

 ほんと、イケメンっていいわね。何をするにも、きっと女の子からキャーキャー言われるんでしょうよ。そんな黄色い声援に、済ました顔で対応するシオンを思い浮かべてしまって……

 あぁー腹が立つ。


 私の鉄球が弾いた衝撃と、シオンが斬っている足首への負荷の為に、仰向けにバランスを崩す黒鉄の巨人。


「チャンスだ、シルヴィ! 畳み掛けるぞっ!」

 そんなシオンの呼ばわる声が、残念ながら私の耳に入る。

 イラッ……


 言われなくとも、「分かってるってのっーー!」

 私はそのまま空中で、グルッと鉄球を一回転。今度は柄部分での、最大限の円を描いて、諸々の遠心力を乗っけて振り切った。

 倒れそうな巨人の、胸の部分を目掛けて鉄球をお見舞いするのだ。

 

 巨人はその一撃にたまらず転倒。

 再びこの草原に、巨大な破砕音がこだまする。


「シルヴィー! 今だっ! コイツを倒すぞっ!」

 シオンは土煙の中から、倒れた巨人の身体に乗って。その赤い灼刀を突き立てる。

 そして、剣を逆手に持ったまま、巨人を切り裂きながら走るのだ。


「へぇ……いいじゃない、その位置」、にやぁ……と、私は口角を上げる。

 どういう顔をしていたかなんて知りたくはないけれど、相当ひどかっただろう。

 

 落下するままだったのを中断し、釣竿でも振るように再び上へと鉄球を投げて、ちょうど巨人が倒れ込んだ真上へと移動する。

「さぁ……すり潰して、あ・げ・るっ」


 右手に力を入れて鉄球を撃ち落とし。

 そして引っ張り上げて、それを足で蹴って自分は上へと上昇しつつ、鉄球は蹴り落とす。

 ただただ、それの繰り返しを高速で行うだけなのだが。まるで、私と巨人の間で跳ね返り続けるスーパーボールみたいに見える。


 無限空中、無限鉄球の雨あられ。そんな風に名付けてみた。

 上下動を繰り返し、倒れている巨人へと、文字通りの無慈悲な鉄の一撃を何回も喰らわせ。

 ついでに地を這う……。もとい、巨人の体を駆け巡るシオンにも、その無慈悲な攻撃を加えてみる。


 まぁ、流石にあまり正確に目標を狙える訳ではないので、ランダムになってしまうが。それを、攻撃の回数で補えばいいのだ。

 いつかはシオンにも当たるはず。


「わっ、わっ、わーーっ!? 君ってやつはっ! 前世が貧乳だと生まれ変わっても性格は貧相になるんだねっ!」

 切れる血管がもう無い。そんな私は、薄く笑って全身に力を入れる。

 どうやら攻撃のスピードが少し上がったようだ。

 ラッキー。


 シオンは鉄球の雨の中、退避するべく、巨人の下腹部から足の方に目掛けて移動していく。

 その間も、剣は巨人に突き立てたままで、駆け抜けながら斬り割いてはいた。


「逃すかっ」

 私はすでに、目標を巨人ではなく、シオンに設定していた。それでもシオンの逃げる方向に沿って、鉄球の乱撃は続いているので、結果的には黒鉄の巨人にも攻撃はしている(エラい、私っ)。


「わっーーっ! 絶対、僕を狙ってるだろ、君っ」

「当たり前じゃないのっ!」

「あぁーーーっ! 言い切ったぁ」

 シオンは剣の持ち手と逆の手で、私をゆびさしツッコむ。


 黒鉄の巨人の身体は、すでにあちらこちらがボコボコに凹んでおり。シオンが斬りつけパックリ開いた部分に、私の鉄球が当たった場合に関しては、ひしゃげて中身(どういった中身なのかは黒くて見えない)にまで深く鉄球は抉り込んでいる模様。

 それでも巨人は体勢を整えようと、所々で立とうとするが。上からの鉄球乱打の圧に、それは叶っていない。


「くそっ、こうなったら」

 ここでシオンは、急に反転。追われるだけだった鉄球の雨の中に、その身を向かわせたのだ。

 と、思った瞬間。

 目にも止まらぬスピードで、鉄球の乱打の中を駆け抜けていくのだ。


「え、何よそれぇ……」

 シオンは十メートルほどを一気に駆け抜けたと思ったら。再度、その目にも止まらぬスピードを、二回、三回と、連続で繰り出していった。

 ハッと、私が目を見張った時には、倒れている巨人の足元から今は、巨人の胸元付近にまで到達していたのだ。


 驚異のダッシュをしながらも、剣は巨人に突き立てたままで。その切り裂いた跡を見れば、シオンの辿った道が見て取れる。

 めっちゃ小癪ぅぅ……なんて、思いながら。私も鉄球の乱打は続けながら、シオンの方へと向かっていく。


 そして……

 私とシオンは、このやり取りを複数回も往復した。


 そうなのだ。

 気づいた時には、あの山のようにそびえ立っていた黒鉄くろがねの巨人は。見るも無惨な姿になって、ピクリとも反応しなくなっていた。

 

 何回も何回も、斬り刻み、すり潰され、恐怖の対象以外の何者でもなかったあの巨人は。

 ここで見事に、王国の王女と公国の公子によって、討ち果たされたのだ。

 不本意ながらも私は、シオンと共闘して王国の未来を守ったことになる。


 なんだかなぁ。

 ……

 …


 

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