第30話



 草原に響く音は二つ。

 一つは、私が操る鉄球が地面を砕く音に。

 もう一つは、黒鉄くろがねの巨人が走る音だ。


「うわっ! もうっ、シルヴィやめるんだっ! こんな無益な事っ!」

 綺麗に私の鉄球を躱わしといて、涼しい顔で何を言ってるっ!

 私はすぐに鉄球を引き戻し、再度足場として、また空中を進む為の推進力として。変わらず空をジグザグに進んだ。


「無益かそうじゃないかは、私が決めるのっ!」

「うわぁーっ、無茶苦茶言ってるっ」

「全然、無茶苦茶じゃないからっ」

「えぇっ〜っ!? なんだよそりゃ」


 ふと、頭の後ろで何やら、凄まじい圧力を感じる。

 少しだけそちらに視線を向けると、巨人がもうすぐそこまでに迫っていて、右足を振りかぶって蹴りを放っている所だった。

 大きさのせいで縮尺が微妙に分かりづらかったが、それは間違いなく私をその射程に入れているだろう。


「くっ、なんなのよアンタはっ! 邪魔しないでっ!」

 私は巨人の蹴り足に目掛けて、鉄球をぶつけた。

 鉄球は私の怒りの何かを反映した様に、赤く赤く燃える様な色となっている。


 ドガッーーッ、とド派手な音を響かせて衝突する、巨人の足と私の鉄球。

 赤く燃える様な鉄球は、巨人の黒い鉄で覆われたスネ部分を削り取る様にして、貫通したのだ。

 そして、削られながらも蹴り上げられた巨人の足は、勢いはそのままに、けれども鉄球との衝撃によって多少の軌道をずらされた様で。落下の途中の私のすぐ横を、唸る轟音ともにすり抜けていく。


 もしかしたら、鉄球を投げなければ私に直撃していたかもしれない。

 ま、それはそれとして久方ぶりに、私は地面へと着地をする。

 落ちた鉄球と、それから繋がる鎖を利用し。ピンと張った鎖に足をかけて、落下の威力を多少相殺したので、着地時の衝撃はそれほどでもなかった。


 巨人コイツはマジでうざったいので、もう一撃。

 すぐに鉄球を引き寄せ、そのまま頭の上でグルンと回して、巨人の軸足である、そのふくらはぎあたりへぶつける。


 ゴォぉぉぉっ。と、巨人の悲鳴なのかなんなのか分からない音を漏らして、流石にバランスを崩した巨人は後ろへとその巨体をひっくり返す。

 もちろん、この巨体で倒れるのだ。かなりの地響きを鳴らして、土煙が吹き荒れる。


「すごいっ! すごいよ、シルヴィ! 今がチャンスだっ」

 土煙の向こう側から、そんなシオンの声が聞こえた。

 何がすごい、よっ!

 私はすぐに、鉄球を上へと放って、またまた空へと打ち上がる。


 煙の切れ目から、シオンが見えた。

 彼は嬉々とした表情で、流水の動きを継続させて進路を反転した様で、倒れている巨人へと肉薄していく。

 いつの間にやらシオンの持つ剣は、あの灼刀しゃくとうと名付けていた赤く光る剣へと変わっている。


「はぁぁぁぁっ!」

 裂帛の気合いと共に、シオンは飛び跳ね、倒れた巨人の腕へと斬りつけた。

 やはり、あの森で見たように、巨人の鉄に覆われた体を、まるでバターでも切る様にサクッと、シオンの刃は入り込んでいく。

 しかし……


「くっ、浅いかっ。やっぱり斬り続けるしかっ……」

 巨人に対して、たかだか一人の人間が持つ剣では、刃渡りの長さで切断までには及ばない。

 斬られた部分は、黒い霧状の何かが、まるで蒸発でもする様に立ち上っている。


「まだっ、ハナシは終わってないんだからっ!」

 私は空中から、シオン目掛けて鉄球を放つ。

「ちょっ!? なんでっーー!?」

 その行動を目の端で捉えたのか、すぐさまシオンはその場を飛び退いた。

 私の鉄球はシオンにこそ当たらなかったものの、巨人の腕に追撃の重みを与える。

 赤い鉄球は、巨人の腕の端っこを、削り取る様にすり潰す。


 鉄球を引いて、さらに二段ジャンプをする中で、巨人の腕の方がチラリと視界に入るが。そこの部分も、シオンが斬りつけた跡の様に、黒い煙を産んでいた。


「シルヴィ! 本当に、もう、これ以上邪魔するなら、僕は怒るよっ」

 シオンは流水の動きで、起き上がろうともがく巨人から距離をとりつつ、そんな事を言うのだ。


「私はっ、とっくに怒ってるっつーのっ!」

 立体的に、また鉄球を使い空中を移動する。その進路は、シオンが逃げていく方向へとである。

 

「君は本当に、いつもいつもっ。全然、周りが見えてないっ」

「はぁっ!? じゃあんたは何が見えてるってのよっ!」

 鉄球を振りかぶり、破壊の衝動のままに、シオンに放つ。


「くっ、この分からず屋めっ」

 鉄球自体を軽く避けたと思ったら、シオンは自らの剣で、鉄球から伸びる鎖の穴へと刃を通す。

 そのまま、地面に剣を刺して鎖を固定。

 鉄球を手繰り寄せなくしようって魂胆ねっ。


「だったらっ!」、そのままあんたの脳天に着地してやるんだからっ。

「わっ、わっ! 無茶苦茶だよっ」

 すんでのところで、シオンは剣を引いて後ろへと飛び退く。

 鉄球がフリーになった。


 ならば、と瞬間で鎖を掴んで引っ張って、落下していく自分の方へと鉄球を引き寄せる。

 そうして浮いた鉄球を足場に、すぐさま蹴って、反動で後方宙返りを決めて地面に着地した。

 ほんとどうなってるか分かんないけど、今の私はハイになってて、なんでも出来そうな気分だ。


「相変わらず、君は運動神経が良さそうでなによりっ!」

 地面から見るシオンは、走っていると言うよりは、ほぼ地面の上を滑っている様に見えた。


「うるさいっ! あんたが私を語るんじゃないわよ」

 鉄球を飛ばして空中を移動する。

 そして、空を飛ぶのと同じくして、離れた所で巨人が立ち上がったらしい、そんな地響きが聞こえた。

 構うもんかっ。


「まったく、君のヒスには僕もお手上げだよっ! その鉄球みたいに、無慈悲になんでもすり潰しちゃうもんねっ! だからその鉄の塊は、実に君に似合ってるよシルヴィ!」

 血管のブチ切れる音を、私は聞いた。


「っ……っ! ブチ殺すっ」

 空中にいる私は、自分が落下するのも顧みず。頭上でブンブンと、力の限りで鉄球を振り回す。

 するとどうだろうか、まるでヘリコプターのメインローターみたいな勢いで回転する鉄球は、私の体を、それこそヘリコプターみたいに空中に浮かせたままにしてくれるのだ。


「ははっ、すごいすごい! 怒って空を飛ぶ人なんて、初めて見たよシルヴィ」


 よし、殺そう。シオンあいつを殺して、私も死のう。

 シオンは滑るように、その進路を巨人側へと向けている様だったが。今の私には、そんな事は関係ない。


 位置的には、シオンを挟んで、私と巨人が向かい合う様な構図だろう。

「ほ〜ら、シルヴィこっちだよっ! 前よりも重くなった胸のせいで、あまり早くは動けないかな〜?」

「は、は、は、は……」

 すごい。人間って、怒りすぎると逆に笑えてくるんだね。


 言う事を聞かない私へ、わざと当てつけ。自分共々、巨人の方へと誘導し、私が放つ鉄球の誤爆を狙っているのだろう。そんな魂胆は目に見えているし、巨人討伐が最優先である事は、私の中でも同じだ(怒りに我を忘れているけど、そりゃ頭の片隅にはあるにはあるのよ)。

 だが、この怒りのエネルギーは、間違いなくシオンに発散しないと治らないのも、また事実。


 向こうに見える黒鉄の巨人は、大手を振って走っている。

 眼下には、地面を滑って駆けるシオンの姿が。

 高速で回転する鉄球は、その風圧で砂埃を巻き上げ、私のアーマードレスを少なからず汚した。

 どいつも、こいつも……


 いや、違った。シオンあいつ巨人あいつしかいなかった。私を極限まで怒らせているのは。

「ふっふっふ……いいじゃない。だったらお望み通り、全てを無慈悲にすり潰してやろうじゃない」

 ポツリと、誰に言うともなく、小さく小さく、言葉を吐く。


 ネーナが今の私を見たら、なんと言うだろう。

 きっと、今の私の顔は、相当にイッちゃってる顔になっていると思われる。

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