第29話



 シオンは伏し目がちに、けれども抜身の剣は両手で構え。私と相対している。


「それは、その……」

「え、聞こえない。もっと、大きな声で言ってシオン」

 努めて優しく言葉にしているはずなのだけど、伝わってるかな。

 

 地響きが迫る。

「シルヴィ。今は、あの巨人に専念しないか?」

「え〜、聞こえなぁーいっ」

「あっ! シルヴィ、後ろ後ろっ!」

 シオンは目線を私の後方へと移し、そんな事を叫ぶ。


 何よ、その後ろ後ろって。と思いながら、一応で後ろを振り向く。

 そこには黒鉄くろがねの巨人が、まるで地面を掬い取る様に拳を潜り込ませて、私たちに向かって攻撃を仕掛けている途中だった。

 草原を割って進む巨人の拳は、土なり岩なりを巻き込みながらも、少しも速度を緩めず。真っ直ぐにその凶悪な一撃を、惜しげもなく見せつける。


「もうっ、ウザっ!」

 私は鉄球を使った回避行動で、再び空中へと逃げた。

「くっ……」

 シオンは構えを解いて、地を這う様にその場から離脱する。その姿は水が流れる様に流麗に、残像を残して遠ざかる(なんだその動きっ!)。

 巨人を挟んで私とシオンには、幾らかの距離が生まれてしまう。


「くぅぅっ、逃さないからっ」

 もう、私の中では黒鉄の巨人を考えるスペースは無かった。

 鉄球をクンッと引っ張り、そのたびに足場として利用しては跳躍し前方へと投げ振るう。その繰り返しで、立体的な軌道を描いて空中を移動するのだ。

 地に足を着かずに空中をジグザグに移動する。もちろん、シオンの逃げる方向へと。

 こんな事もできるなんて、なんて鉄球って便利なんだろうと思いながら。私は空中を進んでいく。


 ただやはり、シオンの逃げるスピードには追いつかない。

 だったら……


「逃げるんじゃない、わよっ!」

 中距離としての武器の性能を活かして、攻撃にも転じれる。シオンの進行方向へと、鉄球をぶつけるのだ。


「おわっ! ちょっ、シルヴィ! シャレになってないよっ! 何やってんのっ」

 小賢しくもそれを華麗に躱わすシオンは、批難の声を私に浴びせた。

「あんたが逃げるからでしょうがっ! 逃げないで、私の質問に答えなさいよっ!」

「逃げるってっ……僕は、巨人の攻撃に距離をとっているだけじゃないかっ!」

 シオンはさらに速度を上げて遠ざかる。


「私の質問からも、距離を取ろうってわけね……いい度胸じゃない」

 私は奥歯を噛み締め、立体的な機動の速度を可能な限り速めていく。

 後ろの方で何やら大きな音がしたが。そんなことは、今は重要ではない。


「ほらっ! ほらシルヴィ。後ろ見てっ、巨人もこっちに走ってきてるじゃないかっ!」

「はっ。そうやって逃げるとこ見ると、結局私に説明できないんでしょ、あんたっ」

「な、何を言ってるんだ君はっ!」


 シオンはおよそ人間ではあり得ない速度で走ってはいるのだけど、それでも地面を走っている事には違いない。

 弧を描くように逃げるので(なんで、直線的に逃げないのかは知らんっ!)、空中を横断できる分のアドバンテージは、私にありそうだ。

「いいから、私の質問に答えなさいよっ!」

 またシオンの予測進路に、鉄球を振るう。


 それを軽やかに避けるのだから、シオンも目がいいのかもしれない。

「本当にっ! ちょっ、変だよこの状況っ! なんで僕がっ、君と、あの巨人に追われる形になってるんだっ!」

 流水の様に残像を残しつつ走るシオンは、そんな事を叫ぶ。


「知らないわよ、そんな事っ!」

 足場、引っ張る、足場、引っ張り、そしてシオンに攻撃。

 私の視線は、シオンにしか向いていない。


 逃げ惑うイケメンが言ったように、どうやら黒鉄の巨人は、後方から私たちを追っているのだろう。 

 山ほども大きい巨体が、無理矢理に押し返す空気と。走るたびに地面が振動する音とが、私の後頭部にそれなりの圧をぶつけている。

 だけど、そんなのは今の私には関係が無い。


「おわっ! もうっ! 変わってないじゃないか君はっ! 人の話なんかロクに聞いてないんだっ!」

「はぁっ!? あんたがそれを言うかっ!」

 かっかしているのは認めるが、流石にそれは言いすぎだろっ。

 あの時の、私に投げた言葉の意味を、私は問うてるだけなのだから。


「君はいつもそうだっ! いつも僕の話なんて聞いちゃいないっ」

「何をっ! 私の質問から逃げてるあんたが言うなっ!」

 振るう鉄球。

 目標には当たらず、ただただ草原の大地を抉る。


「だからっ、そんなだから僕はっ……くっ。シルヴィ! 何度も言うけど、今はこんな事をしてる場合じゃないんだって、君にも分かるだろっ!?」

「はぁっ!? !? あんたっ……あんた言うに事欠いて、私の気持ちをっ……このっ」

 何も分かっていない。この男は、私の何も……分かってなどいないのだ。


「あんたぁ……ちょっとイケメンに生まれたからって、調子ノってるんじゃないのっ!」

 怒りのボルテージが、胸のうちでどんどんと膨らんでいくのを感じる。


 シオンは逃げつつも、ここで大きく声を張った。

「はっ、それは君もだろっ! 随分、美人に生まれた様だし……それに、ね?」

 空中をジグザグに横断する私に、わざと見やすい様にシオンは、ジェスチャーをする。

 自身の胸の前で、両手を使って大きく弛んだ半月を描くのだ。

 描くのだ……


 はぁっーーーーーーーーーーーーーっ!?


「っ……っ! こ、殺す。ブチ殺すっ! 絶対にブチ殺すっ!

 ーーやっぱりあんた、私の事っ、貧乳って思ってたんじゃないっ!」

 私の脳みそを、怒りがブチ抜いていく。

「あぁくそっ! しまったついっ……」

 しまったついじゃねぇぇぇっ!


 力の限りで、鉄球をシオンへと振るう。

 気のせいだとは思うけど、いつからか私の鉄球は、変に赤みを帯びて熱を放っている様な。そんな感じに見えるけど、多分気のせいだ。

 今はそれどころではない。


「えっ、ちょっ、シルヴィ! それっ! 赤くなってるっ! 僕の灼刀しゃくとうと一緒だっ。これはっ……」

 そうか、やはり君にもできるのかっ。などとのたまっているが、委細を無視する。


「知るかそんなことっ!」

 私は器用に空中を飛び回り、この火照った鉄球思いをアイツに投げた。

「おわぁっ! い、いい加減にしろシルヴィ! 僕の前世の過失は、巨人を倒した後でいくらでも謝ってあげるからっ。今は、お互いになすべき事をするんだっ」


 はぁっ!? 謝って!? 前世の過失ぅぅっ!?

「ふっ、ざけんなぁぁぁっ! あんたのその居丈高な物言いがっ!」、どんだけ私を傷付けたと思ってるのよっ。

 沸騰している。間違いなく、私の頭は沸騰しているだろう。

 そのくらいの自覚はあるのだ。

 だが、止まれない。


 巨人が踏み締めるから大地が揺れているのか、最高潮の怒りの表れで地面が揺れて見えるのか。

 もはや私には判別が難しかった。


「落ち着いてっ! ねぇシルヴィ。君と僕は、王国の為、公国の為に、戦いに身を投じた者同士だろ!?」

「うるさい、うるさい、うるさーーいっ!」

 乱される心と反比例して、私は移動速度と攻撃速度を速めていく。


「落ち着けってシルヴィーーっ! まるで怒った君を象徴している様に、その鉄球は真っ赤っかじゃないか。やめるんだっ! このままじゃ、本当に良くない方向にしかいかないよっ!」

 ああっ、ほんとにお前は……イチイチ、イチイチ、腹のたつぅぅ。


「なんであんたはっ! 死ぬ寸前の私にあんな事を言ったのよっ! 私はっ、私だってぇ……」

 何を言いたいかがまとまらない。私だって、色々我慢した。それでも、長くずっと一緒にいたからっ……

 だから、最後くらい、それが正しいんだって信じたかったのに。

 なのに、あんたは。


「なのにあんたはっ、最後の最後で私を地獄に突き落としたんだっ! 嘘でもいいから言うべき事があったんじゃないのっ!」

 悔しさで、いつもならすごくカワイイ私の瞳は涙を溜めて。今にも溢れそうになっている。

  

 私は鉄球での空中移動を続け、シオンの方も残像を残しつつ駆けていた。

「そんな、君は……そうか。それは……」

 その二人を追う様に、山より高い巨人が走って、その地響きを広い草原に撒き散らす。


 もしかすると。

 とても……とても奇妙な絵面になっていたのではないだろうか。

 

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