第28話
「え、その……シルヴィ」
イケメンが、目を見開きつつ、口をパクパクと動かす様はどこか滑稽だった。
「ど、どうしたのシオン?」
迫り来る巨人を前にして、私も我を忘れて、口パクのイケメンを凝視する。
「そんな、まさか……」
絶句とはまさしく、今のシオンの事であろう。
「え、ちょっと。やめてよシオン。何よ、どうしちゃったのよ」
風の勢いが強まっていく兆候を感じた。
ズンズンと、
なんだか変な
「ちょっとシオン! 来るよ、デカいのがっ」
「君は……もしかして、◾️◾️◾️ちゃん……?」
急に吹き荒れた突風で、シオンのその言葉の重要な部分が流されてしまう。
が、その唇の動きには覚えがあった。
「え、うそっ……」、前世での私の名前。それを言っている様に、唇が動いて見えたのだ。
待って待って、なんで私の名前を……?
「えっ、まさかっ、◾️◾️◾️くんっ!?」
私のその言葉は、今度は巨人の踏み鳴らす地響きに掻き消された様であったが。シオンも唇の動きから、目をさらにカッと見開き驚愕を隠さない。
「住所……は」、と彼はそのダークブラウンの瞳で、私を凝視しながら言った。
「「◾️◾️市っ、●●町、▲▲ー●●ー◾️っーーっ!」」
一斉に二人で叫んだ言葉は、突風と巨人の足音のダブルパンチで、今度も見事に掻き消えたが。やはり、私とシオンの口の動きは、同一な動きだったと思う。
マジか……マジかっ!?
はぁぁあああああっーーーーっ!
前世での最後の記憶が蘇る。
冷たい感じの機械音と、椅子に座る男。
ベットで横たわる私は、その男に手を差し伸べて。そして……
そしてっ!
「そんな事が……いや、むしろ……これは、そう言う事、なのか……」
シオンはぶつぶつと何かしらを呟き。両手で握っていた剣を片手に持ち替え、もう片方の手は、腕ごとブラリとだらしなく下げている。
私はというと。
肩の力を抜いて呆然と、シオンを見つめていた。
鉄球の柄は握ったままだ。
シオンと初めて会った時の事を考える。
今思えば、シオンの言葉の
シオンに対する気持ちが、すぐさま落ち着きを取り戻した事も、無意識にそれらを感じていたからではないか。そう思えてしまう。
いや、どうでもいいか……そんなこと。
「ねぇ……」
巨人の鳴らす地響きは、物理的には近づいて来ているのに、どこか遠く。耳の奥の奥の方で、カワイく鳴っている。
強風が、私の自慢の金髪を激しめに撫でた。ネーナが、せっかくセットしてくれた編み込みも解け、バラバラと所在なさげに目の端で捉えてしまう。
「あんた……なんで、あの時、あんな事言ったのよ」
今の私は瞬きもせずに、ただただ目の前の男を見つめている。
が……
「っ!? シルヴィ危ないっ!」
ふと、背後を見た。
ぼんやりと、「もう、そこまで来てたんだ」なんて。そんな感想を覚えた。
ようやく遠くで鳴っていた音が、現実の音として戻ってくる。
巨人のパンチ。その剛腕は、轟音を伴って真っ直ぐにこちらへと向かってくるのだ。
「ちっ……」、と私は舌打ちを一つ。握っている柄を振った。
その力は鎖に伝わり、そして繋がるトゲトゲの球体へと順番に、意図した運動を見せる。
鉄球を自分の後方に動かしたのだ。
勢いよく後方へと投げ出された鉄球は、やがて私自体の体を引っ張り、巨人の攻撃から身を躱わす役割を担う。
シオンもすぐさま後ろへと飛び退き、巨人のパンチを避ける事に成功している。
おいおい……危ないとか言って、身を挺して私を助けるとかしないのかよ。
巨人の拳が、地面へとめり込む。
爆発みたいな凄まじい音が鳴り響き、地面のカケラが飛散する。
私は鉄球に引っ張られ宙を泳いでいたが、攻撃を避けられたのを確認後。すぐにもう一度、持ち手の柄を引っ張り鉄球に制動をかけて地に落とす。それを支点に、体を捻って体勢を変えた。
くるくると体操選手ばりに、三回転くらいは回ったかな。
そしてスタッと、地面を
鉄球に身を任せると、体の動かし方すら教えてくれる様な錯覚があった。
また一つ、鉄球ちゃんと仲良くなれたのかもしれない。
「まぁ、どうでもいいけど……」
ゆらりと、巨人の攻撃で巻き起こった土煙の先を、私は見る。
もちろん、シオンを探しているのだ。
巨人を挟んで反対側。距離を取ろうと、走っているシオンが見えた。
よくは分からないけど、かなりの速度で走っている様に感じる。
私は乗っている鉄球からジャンプ。
足が離れた瞬間に、また持ち手を振って、鉄球を高く空中へ放った。
ほんと、どうなってるかは分からないけど、まるで重力を無視した様に鉄球は投げ出され。また、鎖に繋がる私の体を空へと打ち上げるのだ。
ある程度打ち上がった所で、再び鉄球を強く引っ張り、こちらへと手繰り寄せる。
トゲトゲの部分を上手く避けて、手繰りよせた鉄球を踏む。そして、それを蹴って跳んだ。
二段ジャンプというやつだろうか。
なるほど、これを繰り返せばどんな高さでも、私は越えていけそうだ。
と、そこで巨人に動きがある。
先ほどとは反対の腕で、今まさに空中にいる私目掛けてパンチを放つ。
「……邪魔ねぇ」
いつもだったら右往左往していただろうが、もはや目的は黒鉄の巨人にない。
素早く鉄球を引き寄せ、今度は巨人にちゃんと当てる。それも、巨人が放ったパンチに私の鉄球を当てるのだ。
金属と金属とが衝突する、激しい金切音が空中に霧散し響く。
巨人のパンチと私の鉄球は威力が釣り合ったのか、双方で一瞬だが動きを止めた。
私の体は重力に従い落ちていくが、素早く鉄球を戻し。もう一度鉄球を蹴ってジャンプ。
それから鉄球を振り上げ、再度、私は打ち上がる。
「ちょっとどいててっ!」
打ち上がり様、鉄球を引き戻し振るう。
私の攻撃は、今度は巨人の背中らへんに命中。ガギィィンと音を鳴らして、バランスを崩したらしい黒鉄の巨人は、その大きな膝を地面についた。
濛々と上がる煙を目の端で捉えつつ、空中に居る私は、もちろん重力に捕まって下へと落ちる。
が、その目線はある一点を追うのだ。
そう、シオンへと、私のその視線は固定されて動かない。
「おいおい、前衛うんぬんはどこ行った……」
何をしようとしているのか、シオンは剣を構えている。数十メートルは離れているだろうか。
でも、目が合った感じがする。
私は鉄球を使った上下の移動方法で、シオンのいる場所へと空中から向かう。
巨人は一旦、無視しておく。
着陸する時には、大地に鉄球を叩きつけ。その反動を利用し、危なげなく地面に降り立つのだ。
私がすごいのか、鉄球がすごいのか。もはや私には分からない。
どっちでも良かった。
「はぁい、シオン。何やってるのぉ……?」
私は笑いかけているつもりだけど、シオンの間抜けな表情を見る限り。もしかしたら、笑えてなかったのかもしれない。
「し、シルヴィ……」
「ねぇ、なんで、あの時……これから死ぬ私に、あんなこと言ったの?」
「……っ」
「あれ、ダンマリ? つれないじゃない。確か私たちって、夫婦じゃなかったっけ? ねぇ、シオン……あはは」
「シルヴィ、その話は後にしよう。その、今は巨人を倒さないとだし」
「えぇ、いいじゃん。答えてよぉ」
ゴ・ゴ・ゴッ。
膝をついていた巨人が、立ち上がる音が後方より聞こえる。
「ねぇねぇ、なんでなんでー? なんで私は、死ぬ直前に、あんなことを言われないといけなかったのー?」
精一杯、にこやかにしているつもりなんだけど。それとは反比例する様に、シオンの顔は青ざめていく印象を受けた。
「そ、それは……」
ズズゥゥゥンーーッ。
また、巨人が歩き出した音がする。
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