5章 『鉄球王女』

第27話



 5章 『鉄球王女』



 視界が急に暗くなったと思いきや、一転。

 目の前に広がる草原に、ここら地域を分断した黒い光に、そして……

 山のようにそびえ立つ、黒鉄くろがねの巨人。


 さっきまで確かに、黒騎士らの大群と戦っていたはずなのに。私はいつの間にか、巨人の間近に移動してしまっている。


「ねぇシオン、これってどんな状況?」

 よく分からないまま、取り敢えずで、同じ状況に陥っている公国の第一公子に私は聞いてみた。


「……僕も、分からない。分からないんだけど……」

 シオンは困惑気味の表情で、私の目を見る。

 けど、の続きを私は静かに待った。


「これは、その。確証が取れる事じゃないんだけど……」

「だけど……?」

「状況的には、明らかな何かしらの意図は読み取れる」

「何かしらの……いと?」


 正直私は、カワイイ仕草で首を傾げることしか出来ない。(カワイイは余計だったか……ダメダメ、なんか余裕あるな私)

 予想外の事態に、脳が考えることを放棄してるみたい。


「あぁ、なんと言うかな。まるで……

「決められている……? なんで?」


 シオンは伏し目がちに俯いて、小さく息を吸った。

「もしかして。もしかしてだけど、シルヴィ……君は、前世の記憶を持ったまま、この世界に生まれたんじゃないかな」

「っ……!?」

 シオンの口から紡がれた言葉に、私は息を飲む。は誰にも言っていない私だけの秘密なはずだ。

 それが何故、シオンから……?


「……やはり、そうなの、か」

 君も……?

「え、シオン……あなたも、なの?」

 私のその問いかけに、シオンは目線を外さぬままに、小さく頷いた。


 これには私も目を見開いて、驚愕を表現してしまう。まさかシオンも、私と同じ境遇だったなんて。

「これで、色々と説明がつくことが多い」

「せ、説明って……?」

 色々起こっているのは私の頭の中で、もうパンク寸前だったりする。


「僕と、君に備わった、特殊な能力について……」

 どうしよう、考えるのやめようかな。えぇーと、今は何をすればいいんだっけ。

「君の鉄球を扱える能力とか、僕の剣にまつわる特殊な技術……とかね」

 どんどん話を進めようとしているシオンは、何故か自嘲気味に笑う。

 待って待って、追い付かないんだってば。


「もしこの能力が、前世を持ったままの僕らに与えられた力ならば。国の兵士たちに、どんなに訓練しても、技術の体得ができなかった事に納得もするし。

 ーーまた、戦闘に特化している理由も。事で、ある程度推測できるだろう」

 ふと、今は風が吹いていない事に気がついた。

 あたりはやけに静かだ。


「え、えっ? ごめんシオン。全然っ、分かんないの私っ。追いつけない、追いつけないっ」

 手をバタバタと、私はなんだかバカみたいに振る舞っている。ほとんど、耳に入ってこないのだが、シオンが私と同じ、生まれ変わった人間だという事だけが、ぐるぐると頭の中を廻っていた。

 なんだろうこの気持ち。旅先で、同郷の人に会えた様な、妙なテンションになってしまって考えがまとまらない。


「ふふ、いや。いいんだ。あの黒い光が出現した事とも、こうなると僕らは無関係じゃないかもしれない」

「え、どうゆう事……?」

 シオンの言葉を、脳がうまく処理してくれないので。『どうゆうことーっ!』、が私の容量キャパを越えて溢れる。


「僕らの生まれた年に、王国と公国は世界から分断されているからね。色々な符号が、ここに来てピタリと嵌まる様だ……気味が悪いほどにね」

 と、何故かシオンはウィンクする。


 シオンは同じ前世を持ったままの生まれ変わりで、生まれると同時にあの黒い光が現れて、私たちは黒騎士とかと戦っていたはずで、なのに二人でいつの間にかこの場所にいて、鉄球がよく馴染んで、剣が上手くて……

 って、なになにっ!? 

 情報が多くて、もうパンクです。


「う、うぅ……あのさ、じゃ、シオンは。シオンってさ、前世はもしかして日本人だったりする?」

 結局、他のことはどうでもよくて、色んな疑問をぶった斬ってそんな事を聞いてしまった。

 それが一番、どうでもいい様な気がするが。思いついたのだから、仕方がない。


「え、ああ……そうだけど。そう聞いてくるって事は、もしかしてシルヴィ……君もかい?」

「あ、やっぱりー。なんだー、だからなんか気が合うのかな。それだけが気になって気になって、他はなんか。ごめん、全然頭に入ってこなかったよ〜」

 あはは、と二人して笑った。

 と、その瞬間。


 ドォォンッーー!

 けたたましい音と同時に、揺れる地面。二人して、音の方へと視線を移す。

 黒鉄くろがねの巨人だ。

 動いている。

 いや、足を一歩踏み出したと言った方が正しいだろうか。


「あっ……」

「く、やはりか……」

 一番忘れてはいけない存在を忘れていた。


「シルヴィ……これは多分なんだけど。二人で、あの巨人を倒す事になりそうだ」

「えっ!?」

 なんでー、の言葉が出てこない。二人でって、言った!? 二人でっ!?


「因果関係は分からないけどね、巨人が出現するから僕らが居るのか。僕らが居るから巨人が出現したのか。どっちにしろ、ここにこうして二人で移動させられた所を見ると、これが僕らの果たすべき使命なんだろうね。

 ーー王国と公国を守る為に僕らみたいな存在が、生まれた意味なのかもしれない」

 なんてシオンは言って、抜き身の剣を両手で構えた。


「使命……生まれた意味……?」

 はたしてあの巨人に。鉄球とか剣とか使えるが、小さな人間が、戦いを挑んで勝てると言うのだろうか。

 私は鉄球の柄を握る手に、力を加えた。


「ねぇシオン。後ろのみんなは大丈夫かな。黒騎士とか、いっぱいだったし」

「うん、やれる訓練は積んできたつもりだよ。僕の見立てだけど……あの巨人を僕らで抑える事ができれば。少なくない人数の被害は避けられないけど、でも。きっと、彼らなら、十分。

 ーーあの数でも、鎮圧は可能なはずだ」

 言い切った形の、その自信のある言葉は。私の気がかりを少し払拭してくれる。

 どうか、爺やにキャロラインが無事である事を、切に願う。

 

「そう、それならあとは……

「あはは、そうっ。そう言う事だね」

 取り敢えず、ここまでに起こった疑問は置いておくとして。ただ、倒せばいいとうのは、私的にかなり分かりやすくて助かる。

 できるかどうかは、この際考えない。

 みんなの為に、やんなきゃいけないんだから。


「うぅ、分かりやすいと、何故か力が出てくるぅ……」、鉄球に視線を移し。お願いね、鉄球ちゃん。とエールを送る。


「いいかいシルヴィ。君のその鉄球は、相手の足止めにかなり有効だ。だから、射程ギリギリで振り回して欲しいんだ。できるかい?」

「うん、多分できると思う。さっきまで戦ってた黒騎士たちに、似たような戦法使ってたの。周りの人の助けもあったけどね」


「いいね。まさしく、それでお願いしたい。僕は前衛で注意を引きつつ、隙あらば斬り刻んでいくつもりだ。時間はかかるだろうけど、堅実に行きたいと思う。

 ーー相手の攻撃が来た時は、素早く逃げてね」

 シオンはこちらを向いて、再びウィンク。


「うん、やってみる」

 私も、ウィンクで返す。怖いは怖い。正直なハナシね。でも、やってやる。

「あ、そういえばシオンて。前世では結婚してたの?」

「ん? ああ、まぁそうだね。してたよ……」

 

 ズゥゥゥンッーー!

 黒鉄の巨人は、また一歩。大地を踏み締める。

 黒い光から出てきた巨人は、ただただデカい。ほんとに倒せるのか。強気に振る舞っても、ついつい頭によぎってしまう。

 ここらで、軽い世間話などで気を紛らわせようと思ったのだ。


「そうなんだ。実は私も……」

「……そうか。君もか」

 二人の視線は。ゆっくりと、だが確実にこちらへ進路を向ける前方の巨人に。しっかりと向いている。

 鳴り響く、地響き。


「で、聞いてよシオン。その前世の夫ってヤツがまぁ、サイアクでさぁ……」

「うん……」

 シオンは剣を持ったまま、低く構える。

 何も言わずに聞いてくれてる所を見ると。気持ちを紛らわす為の会話だと、シオンは分かってくれているのかもしれない。私は話を続けた。


「肺の病気で、もうすぐ死ぬ寸前の私がさ。生まれ変わっても一緒になってくれますかぁ、って聞いたら。あの野郎、『あぁ、いや……それはいいかな』って言ったのよっ。ヒドくなぁ〜いっ?」

 軽口の部類だ。視線は巨人からは外していない。


「えっ……っ!?」

「え……?」


 シオンの大きな疑問符に、私もついつい彼を見てしまう。

 なんだか、すごくびっくりした表情で、口をあんぐりと開けて。

 まさしく、鳩が豆鉄球てっきゅうを喰らった様な顔になっていた。


「え、どうしたの……シオン?」


 互いに武器を構えたまま、顔だけを振り向かせて。見つめ合う。

 地響きが、二人のあいだを通り抜け。

 さっきまで凪状態のこの場所に、再び緩やかに風が巻き起こりつつあった。

 

 

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