第26話



 状況の把握はままならぬ中、王国側の衛士たちも公国側の兵士たちも、バタバタと慌ただしく編隊を組み直し。準備が完了した者たちから、シオンが向かったとされる北のエリアへと向けて、馬を走らせた。


 多少のバラつきはあるものの、みな迷いのない素早い行動だと評価できるだろう。

 何が凄いって、公国側の伝達のスピードだ。

 それこそが、王国のつるぎとしての責務を、昔ながらに担っていたパブロリーニョ公国の武力の真髄。

 そして、若干まだ十五歳の若さでありながら、それをさらに強固なものとして磨き上げたファルシオンの武の才能が、歴代の中でも最強の公国軍を形成しているのは間違いない。

 と、キャロラインが言っていた。(う〜ん、すごいっ。それに比べて私は……うぅぅ、やめとこ)


「姫様ぁ〜、速度速めで出しておりますが、乗り心地はどうですじゃ〜?」

「爺やっ。大丈夫、なんとかーっ」

 私は再度、馬に牽引される裸の荷車に、鉄球を携え立っている。

 草原といっても道悪なのには変わりはないのだ。特別に取り付けられた、支え棒を掴んでなんとか凌いでいた。


「伝令っー、伝令っー! 前衛は会敵し、交戦に入りましたっ。よって中衛は、右翼左翼に展開後、挟撃の構えにっ! 後衛の王女殿下は、進路そのままっ。突破された場合の対処をされたしっ」

 急に横合いから、すごい勢いで馬に乗った伝令係が。それこそ、ものすごくデカい声で指示を出す。そして、他の部隊への伝令の為に、すぐに離れていった。


 前方を見ると、左右に散っていく部隊が見える。先行しているはずの歩兵部隊は、どうなっているのだろうか。敵はまだ、視認できていない……が。


 いや、居た。

 前方を埋め尽くす、黒いヤツらが。黒い光かと見間違うぐらいに、大量にだだっ広い草原を埋め尽くしている。


「うわっ! 何アレっ!? あんなに沢山なの〜っ!?」

 短い時間であったにも関わらず、すでに戦場は混戦の様相を呈していて。走っている速度を緩めなければ、すぐに前衛の部隊に突っ込んでしまう事になる。

 百や二百じゃ効かない数の、蠢きひしめき合う大量の黒騎士に、黒魔獣に、黒魔鳥。そして、後ろにそびえ立つ黒鉄くろがねの巨人。(ただの背景であったら、どんなに良い事か)


「これは……シルヴィニア様っ! 一旦、我々は下がります。このままでは、陣形が崩れた時に、我々が邪魔になってしまうかもしれませんっ」

 先の展開を予測したキャロラインは、走る馬の後部に乗ったまま、そんな事を言う。だが、この時にはすでに、私は反射的に動き出してしまっていた。


「えっ?」、なんて声を出したは良いけれど、鉄球を天高く放り投げていたのだ。

 身体が勝手に……なんて言い訳は通用するかしら。

 私はただ、速度を緩めるには、鉄球持ってて重い私が居たら大変かなと考えて、その場凌ぎで、空中に一時逃げようと思っただけなんだけど。


 高く放った鉄球の作用で、鎖から柄。それを握る私まで力は伝わり、一緒に空へと舞い上がってしまう。

「先生、ごめっーーんっ!」

 うわぁ、やっちゃったぁ〜。


「なんしょっとか、あんたはーっ!? バカの考え休むに似たりって、前から言っとろぉがいよーーっ!」

 キャロラインは飛んでいく私に、驚きよりも方言まじりの説教を飛ばす。


「あぁーーっ!? バカって言った、バカって言ったぁ〜っ! 先生のバカーっ!」

 なんて、どんどん遠くなるキャロラインに、私は嘆きの叫びを残して空へと打ち上がる。

 うぅ……私だって、ちゃんと考えてやった行動じゃないんだから、どさくさに紛れてバカって言わなくてもさっ! ……あっ。

 ……ちゃんと考えて行動しろってハナシ? 

 それは、もう。

 飛び出しちゃったからしょがない、後で反省しよう。ごめん、先生。

 

 思いのほか強く投げたらしい、その鉄球の勢いそのままに、私はグングンと高く、高く。流石に高すぎるので、クンッと鎖をひっぱり鉄球の制動をかける。


 あとは重力に従い、落ちていくのみであるが。高所恐怖症じゃなくて良かったと思う。

 眼下に見えるのは、戦う人々と、黒のアイツらだ。

 飛んで落ちるその飛距離は、ジャンプした場所から、おおよそ数十メートル位にはなるだろうか。

 このままだと、もはや前衛部隊が戦う場所のど真ん中に突っ込んでしまう。


 柄は右手で持っているので、左手で大きな鎖リンクを手繰り寄せ。丸くてトゲトゲした鉄球を、左手だけで小さく回した。

 ブンブンと。

 本体自体がもっともっと小さければ、けん玉みたいで。きっとそれを振り回す姿はカワイかっただろうに。この大きさである。

 ぶん回している鉄球は、落ちていく速度と相まって、風切り音が耳に痛い。


 見るべきは黒騎士たち。乱戦にはなっているが、間違っても味方に鉄球を振り落としてはいけない。

 目を凝らし。

「どいて、どいて、どいてぇーーっ!」

 振り下ろす。


 空から鉄球を振り回し降りてくる王女。それを、地上の兵士に衛兵はどの様に見ていただろう。


 ドッガッ、ッーーっ!


 重い、重い鉄球は、四体五体の黒騎士を一瞬で地面深くへと圧し潰し。また、抉られ飛び散った土塊は、四方八方へと鉄球の破壊力を伝える為に飛翔した。


「鉄球王女様ぁーーっ!」

 誰かが叫んだ。

『おおぉぉぉぉぉぉっ! 押し返せぇぇぇっ』

 弾ける様に、何人かが怒号をかける。

 乱戦の最中の私の一撃で、急に活気づいたかの様に周りのそこかしこで、男たちの気合いの声が上がった。


 王女が空から降ってきた事に驚き、戸惑う者はいない(一瞬くらいはビックリしたと思う)。むしろ、その不意な一撃を狼煙に、一気呵成に黒騎士たちを攻め立てるのだ。

 これが、プロフェッショナルというやつだろうか。みんな、カッコイイよ。

 私はスタッと地面に着地を決める。


 なんだか身体が軽い。鉄球も、いつもよりも上手く扱えている様な気がするし、心なしか鉄球この子の呼吸みたいなものまで分かる気がする。ただの物のはずなのに、とても不思議だ。

 慣れない戦いの場で、気分が昂ってしまってそんな錯覚を起こしているのかもしれない。

 とはいえ、そんな事も……


「言ってらんないっ、よねっ!」

 まだ、四体五体をすり潰しただけだ。迫り来る黒騎士を視界に収めて、鉄球をもう一度振り上げて、重い一撃をお見舞いする。


「隊列を組み直せっ! 王女殿下のそばに寄るんだっ!」

「離れている者は、援護をっ!」

「陣形を左右に広げろっ! 王女殿下は中距離でその威力を発揮するっ!」

 兵士や衛兵たちは口々に叫び。私を中心とした戦いの流れを、作り出そうとしてくれているみたいだ。

 なんか嬉しい。自然と上がる口角。


 だがしかし、間近で改めて見ると。まぁ、敵の多いこと多いこと。

 気持ちが悪くなりそうな程、溢れんばかりにガチャガチャと不快な音を立てる黒騎士に。凶暴なそのあぎとを、惜しげもなく開けてヨダレをダラダラと垂らす黒魔獣(数の比率は、大体黒騎士数十体に一匹ぐらいだろうか)。

 うざったく空を飛ぶ黒い鳥は、黒魔獣よりもさらに数の上では少なかったが。それでも数十羽は確認できる。そして、たまに黒騎士などを持ち上げては、下に投下したり。くちばしで空からの急襲をやってのけた。


 そうか、鉄球は中距離のが得意なんだ。と、それを意識しては、少し遠くの敵へとその痛そうなトゲトゲの球体を振り上げ、飛ばす。

 目の端で、チラと見える動かなくなって地に臥す味方達。それを捉えるたびに、私の胸は締め付けられ、また敵に対する怒りが積み上がる。


「いい加減にしてっ!」

 戦える嬉しさと、やはり無傷では済まない味方の存在に、言葉にはできない感情が混ざって、鉄球を振るう手に力が入った。


 私の鉄球は、黒騎士などは一撃ですり潰すことができるが。普通の兵士や衛士では、そうはいかない。

 かといって、シオンみたいに塵に還す能力も持たない為。どう戦うかと言えば、それは、単純に数の利で向かうしかないのだ。

 数人係で取り囲み、鎧の継ぎ目を狙って剣なり槍などを撃ち込む。トドメまでは刺せなくとも、そこである程度の継戦能力を奪えれば、それを放置し。後続の破城槌部隊か、ハンマー部隊にその後の処理を任せる分業制となる。


「振るうよ、どいて、どいてぇーーっ!」

 私は今、一つの回答を得ていた。

 中距離から私が、鉄球でバシバシ黒騎士を潰しつつ、黒魔獣を牽制し。うじゃうじゃと、まとまってる敵を分断させ。

 散っていく黒騎士たちを順次、数人で取り囲んで動きを封じて、ハンマーを持った人がトドメを刺す。


 え、待って待って。かなりイイじゃん! 私、もしかしてかなり仕事してる!?

 なんてね。

 他のみんなの、練度の高い戦闘技術があってこそ、だろう。

 きっと、長い時間をかけて黒騎士らの襲撃に対応してきたからこそ、培われたモノなのだ。

 ……ん? むしろ、この数を最初に相手にしていたら、ここまで成長する時間ってなかった。ってこと……なの?


 変な疑問が頭をよぎったその時。

「姫様ぁ〜っ! ご無事ですかぁあ〜っ」

 私の考え足らずで引き離してしまったゴメス爺やが、馬を鋭く走らせてこちらへと駆けてくる。


「爺やっ!」

「姫様ぁ〜っ」

 良かった無事だったんだ。キャロラインは、と言いかけた瞬間である。


 私の身体が、何か青白い光に包まれたのだ。

「え、な……なにっ?」 

 それは私の全身はおろか、持っている柄から鎖、その先の鉄球までもを全て平等に包み込み。

 そして。

 私の視界が、突如、黒く塗りつぶされた。

 ……

 …


 周りにいた者で、その瞬間を見ていた者は数人。ゴメスも当然ながら、そのうちの一人である。

「ひょっ!? ひ、姫様が……消えた……?」

 ゴメスは馬の手綱を引いて急いで止まる。そして、あたりを見回すがシルヴィニアの姿は何処にも確認できない。

 突然すぎて、何が起こったか理解する事は至難の業だろう。


 ただ、シルヴィニアが消えた以外は、依然として黒騎士らとの戦闘は続いているし。混戦の最中で、この驚くべき事象について、考えを巡らす余裕などあるわけがない。


 青々とした空に、一陣の突風が吹き荒れた。

 この日が、王国にとっても公国にとっても、運命の分かれ道となるのだ。

 この国に生きる全ての人の命運が、今日という日に集約されてしまう。

 それは、どうしようもなく、避けられない事実である。


 はたして……

 ……

 …



「な、なに……」

 急に視界が暗転したかと思えば、瞬間で目の前に広がる草原。

「はっ、えっ……」

 驚きを隠せない私は、ついつい声を漏らす。

 そして、ふと前方の方に視線を動かせば……


「はっ!? えっ!? うそっーーーっ!」

 際限なく左右に伸びる黒い光の壁に。それを割って、禍々しく直立する黒鉄くろがねの巨人である。

 両方とも、こんなに間近で見るのは初めてだ。


 え、なになに……ちょっとよく分かんない。どゆことっ?

 と、状況の把握もままならないのに、さらに隣で誰かの声がする。


「まさか……そん、な……」

 そこには何故か、剣を持って同じく驚愕のうちに佇むシオンが居るのだ。


「え、シオンっ!?」

「わっ、シルヴィ!?」

 お互いの驚きようを見るに、シオンも意図しない出来事なのだとは思うけど。

 マジで、なにが、なにやら……


 はっとして後ろの方を見ると。遠くに、大量の黒騎士やら黒魔獣やらの黒く蠢く姿が確認できた。

 こちらに向かっている様子はなく、むしろ遠ざかっている様な印象だ。

 目の前に黒い光と巨人で、後ろには黒騎士たちがいて、遠ざかっているという事は。王国はさらに、その向こう側ということになる。

 なにこれ。もしかして、場所が移動してるの?


 再び視線を、前方の巨人へと向けた。

 ゴクリ……

 なんだか喉が渇いたなぁと思うのだけど、今はそんな感じじゃないよね。


 それだけは、分かる。

 流石にね。

 

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