第25話



「ご苦労様です、シルヴィニア王女殿下。わざわざご自身から戦列に加わろうとは、まさしく上に立つ者のお手本と言えましょう」


 シオンは馬上から降りてすぐ、そんな改まった言葉とお辞儀をするのだ。

 忠を示す、というヤツだろうか。えらくこそばゆいので、普通でいいのになぁ。と、私なんかは思う。


「ファルシオン公子殿下、ひいては公国の方々には。今回のこの討伐作戦において、多大なるご貢献を賜りまして、王国を代表しまして。このキャロライン・ベーチタクルが、深く、御礼のほど申し上げます」

 キャロラインも、礼儀正しくお辞儀をする。シオンはそれを見て、少し驚いた様な表情になった。

 別に、着込んだ甲冑がカシャカシャと音を立てている事に、何かしらを思っての事ではない。

 単純に、キャロラインまでもが出陣している事に、驚いたのだろう。


「なんと……ベーチタクル殿まで。シルヴィニア王女殿下は、誠に恵まれていますね」

 なんて言ってシオンは、私に向けてウィンクを一つ。

 まぁ、イケメンなんだが。それは置いといて……


「シオン、いいよそんな堅苦しいの。ねっ?」

 私は親指を立てて、シオンへと向けた。

「はは、変わらないねシルヴィ。君を見てると、なんだか安心するよ。僕ら公国は、どうにも武に傾いている嫌いがあってね。最近はずっと、ピリピリしっぱなしだ」

 シオンは、肩をすくめ、さらりとした黒髪が流れる。

 どことなく、疲れた表情が垣間見えた。


「ちゃんと食べてるシオン? 私も今日は頑張るから、お互い頑張ろうね」

 私はおもむろに、じゃらっと鉄球の柄を見せて、ニカっと笑う。

 鉄球は今、木の根元付近に転がっていて。地面に接する部分にトゲトゲが刺さっている状態だ。


「心配ありがとう、大丈夫……」

 ここでシオンは、私から伸びている鎖に。その先の鉄球までを、順番に見ていく。

「まさか、本当に……あの、王国の秘宝。『太陽と朝露のサンズ・オブ・栄光極めしモーニンググローリー鉄の宝玉・モーニングスター』を、この目で見れるなんて……

 ーーそして、それを操る鉄球王女の話は本当だったんだね」


 今だに覚えられないこの鉄球の名称を、スラスラと言えるのはすごい。

 しかも、鉄球王女のあだ名も、当たり前のように知っている模様だ。


「うっ、シオンまで、その妙なあだ名で呼ばないでよ」

「はは、そうかい? 僕は、みんなの君に対する思いが詰まっている様で、すごく良いと思うけどな。

 ーーしかし、その鉄球を本当に振りませるのかいシルヴィ?」


 シオンはなんだか思案している様な顔つきで、そんな事を問う。

 私でなければ、ここまで運ぶ事は難しい代物なのだから。逆にここにあるって事実が、そのまま私がこの鉄球を扱えると見ても、不思議ではないような気がするけど。どうなんだろ……


「うん、いけるよぉ。なんか不思議なんだけど、みんなが重くて使えないって言ってるのが不思議なんだよね。こんなに軽いのに……」

 私は、ヒョイと造作もなく地に刺さる鉄球を抱えて持ち上げた。


「っ、おおぉっ……しょ、正直、この目で見るまでは信じられなかったよ」

「まぁねー。私的には、今着てるこの服の方が重く感じちゃうのよね。ほんと、不思議〜」

 また何やら考え込むシオン。


「君って、まさか……」

「ん〜? なになに〜?」

「あ、いや。いいんだ、忘れてくれ……」

「ん? ……変なのシオン」

 

 どうしたんだろう。謎の間に、シオンの歯切れの悪さ。

 何かを考えているシオンの顔は、イケメンの憂鬱みたいな、女子的には大好物な表情を作り出してるけど。最初の頃に感じた胸のトキメキが、何故か湧かないな。

 なんでだろ。まぁ、良いんだけどね。


「ふぅ、それじゃシルヴィ。僕はこれで行くよ。色々と微調整しないといけない事案が出てきててね。中々、ここ一番の大詰めで間違うわけにはいかないから」

「うん、大変そう……私にも、出来る事があれば言ってよシオン」

「ありがとう、シルヴィ。でも、君は居るだけで、みんなの士気の向上に繋がるから、そのままでお願いしたいな」


 それは遠回しに『危ない事はするなよ』、という風にも受け取れる。

「うぅ、分かった……」、と言ったのは半分ほんとで、半分ウソだ。もちろん、わざわざ危険な行動なんてしないけれど、出来そうな事だと判断したら。

 きっと、私は動いてしまう。


「公国の人間にも、君のファンは多いんだよ。僕なんか比べようもない程……ね」

 と、またまた軽くウィンク。 

 なんかウソっぽいなぁ、と感じつつ。私は、はいはい的な仕草で、片側だけ口角を上げて数回頷いた。


 シオンは一礼をすると、馬にまたがる。はえ〜、流石に公国イチの剣士ともなると、颯爽とお馬さんにまたがるね。かっこいいよ、よっ公爵家っ。などと、遠回しな戦力外通告を根に持っている私は、内心で毒づく(サイテェだよね、分かってる)。


 なんて思っているのも束の間。

『ボォッ、ボエェェェェェェェェェェェ〜』、……一旦吹き止まり、すぐに長い息のホルンの音が聞こえてくるのだ。


 シオンはいざ行こうと馬に鞭を入れ、その前足が高く上がった時だった。すぐさま馬の行動をいなす。

「どうどうどう……こ、これは」

 ぶるんぶるんと、シオンの乗る馬は首を振ってピタリと立ち止まる。


 周りの休憩中の兵士や衛兵たちが、瞬間で立ち上がり、緊張感をそれぞれで発露させていた。

 私は、何が何やらで、オロオロと視線を右往左往せている。

 キャロラインは、すぐに私に寄り添い肩を抱く。


「シルヴィニア様。これは……」

「え、なになにっ!? なんなの先生」

「これは……緊急の時に使う信号です」


 緊急の時に使う信号? とにかく訳が分からない私は、心で復唱。

 え、これってつまり。何かとんでもない事が起こった……って、こと?


「直ちに状況を確認するっ! 行くぞっ」

 シオンは二人のお付きの騎士に一喝。「はっ」、と騎士らは鋭い返事で応え、馬を操る。

 が、遠くから凄い勢いで疾駆する馬が一頭。公国の旗を掲げた騎士が乗っていて、慌てた様子でこちらに向かってくるのだ。

 

「大変ですっ! 大変でございますっ、若っーーっ!」

 慌てた様子で駆けてくる騎士は、大声を出して呼ばわっている。

 声の張り上げ方を見るに、相当大変な事態が起こったに違いない。私にはいまいち状況が把握しかねるので、「え、シオンて……若って呼ばれてるの!?」なんて、バカみたいな事を思っていた。

 

 そう、私以外はみんな。かなりの緊張感を持って、駆けてくる騎士を静かに見守っている。


「伝令申す、伝令申すっ……」

 シオンの近くまで辿り着いた騎士は、転げるように馬上から降りて。馬に乗るシオンの前で、片膝をついて何が大変かの報告をした。


「た、ただいま前衛部隊から、中継ぎへと至急伝令。それをファルシオン殿下にお伝え申しますっ。

 ーー現在、北上する部隊は、大量の黒騎士らの出現により交戦状態に入ったと報告っ! 黒魔獣、黒魔鳥も確認できたとのことっ……」

 息を切らしているだろうに、伝令に走った騎士は、なんとか一息でそれだけを伝える。


「分かった! 数の報告はあるかっ」

 シオンは馬上から勇ましい声を出す。

「ありませんっ! ただ大量という事だけでございますっ」

「分かったっ。其の方は急ぎ、この事実を本部まで伝え、そこで次の指示を仰げっ」

「はっ!」

 騎士はすぐにまた、馬へと乗って走り去る。


「すまない、シルヴィ。予期した中で、最悪の事態が起こっているかもしれない。僕は前線にっ。ベーチタクル殿っ……」

「はい、ファルシオン様、畏まりました。直ちに編成し、順次指揮に従います」

 キャロラインは、事態の具合がある程度察せられるのか、言葉短かに応答する。

 私は、えっ、えっ、と頭を振ってキョロキョロするばかり。


「僕たちは、先に向かいますっ。ではっ……」

 ヒヒーン、と馬はいななき、シオン以下二人の部下たちも、走り出した公子殿下に続く。


 とりあえず、休憩は終わりって事だよね。

「よっし」、と気合を入れて、鉄球を持ち上げた。

「シルヴィニア様、急いで編隊を組み直します」

「はい、先生」

「ゴメス様っ、ゴメス様はいますかっ?」

 

 と、キャロラインが呼んだ瞬間である。

「ふぉふぉ、ここに居りますぞキャロライン女子」

 なんと、私が寄りかかっていた一本の木の、その枝葉の隙間からぶら下がる様に顔を出したのだ。


「うぎゃっーーーっ!?」

 きっと、爺やの頭が私の近くにあったなら。

 私は、驚きのあまり、爺やの頭を蹴っ飛ばしていたかもしれない…… 

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