第24話



 討伐作戦の流れとしては。

 王宮外苑から隊列を組んだまま北上し、王国と公国の間に存在する平原へと向かう。

 そこで公国側の軍隊との合流を図り、真っ直ぐに黒鉄くろがねの巨人がいる黒い光の地域へと進軍していく予定になっている。

 分断されたここら地域の端っこで決着を付けられたならば、被害を最小限に抑えられるだろう。


 だがもちろん、色々な状況が予想されるので、考えうる限りの軍の編成と展開は、頭の良い人達が考えてくれているらしい。

 私は言われた通り、王女専用の小隊へと組み込まれる。


 この作戦の肝は、シオンによる、あの灼刀しゃくとうと呼ばれた赤く光る剣での一騎掛けだ。

 それ以外の人々は、シオンを補佐したり、黒騎士らの出現に備えたり、黒鉄の巨人をあわよくば罠(詳細は聞かされていない)にハメたりして、援護的な要素が求められる。

 急拵えの連携ではあるが、公国側は早くから、シオンを中心としたこの展開も予想していて備えていたらしい。公国主導のおかげで、王国側の準備はスムーズに運んでいた。


 シオンひとりでは失敗する気がするなんて、よくも考えずに言い切ったもんだ、私は……

 なんでそんな事を思ったのか、少し恥ずかしい気分にはなっている。

 私が配属された部隊も後ろの方だし、そんなに期待されてない感じは、ビシバシ感じた。

 ーーしょうがないよね。王女だし。戦うの素人だし。でも、黒騎士や黒魔獣が出てきたら、前に行こう……倒せないことはないだろうし。それで、一人でも衛兵や兵士の人達が無事なら、そっちのがいい。


 遠くから、『ボェェェェェッ』と管楽器のホルンの音が聞こえた。

 音のする方を見ると、赤い狼煙のろしが上がっている。公国側の合図なのだろう。

 各部隊長たちは、一斉に前進の号令を出して。いよいよ、討伐作戦の開始である。


 私はというと、馬が引く荷車に乗っていた。

 これもかなり苦肉の策なんだけど。私は鉄球を

 が、鉄球を持った私は非常にので(悲しい事だよ……)、騎馬には跨がれないのだ。馬が潰れてしまう。


 歩くからいいと言ったが、そしたらキャロラインに「それはいいですね。シルヴィニア様が着く頃には、きっと戦いも終わって、なんの危険もなく済みますし」、と真顔で言ってきたので。

 技術部の人に泣きついて、どうにかして貰ったのだった。装備といい、ほんとありがとうございます。


 まぁ、輸送用の荷馬車のほろを外しただけなんだけどね。

 だもんで、今私は二頭の馬が引っ張る裸の荷車に、あの鉄球を携えて立っている。そしてその周りを、王女専用の騎馬部隊が取り囲むようにして布陣を敷く。

 その中にはもちろん、キャロラインとゴメスの顔ぶれも混じっている。

 中隊規模のその中央に、私たちの部隊が組み込まれるようにして、一軍は前進を始めた。


 周りには騎乗している部隊しかいない。歩兵部隊は、すでに先行し街の大通りへと出ているだろう。

 今はもう日は昇っていて、気温の上昇を肌で感じた。今日は晴れだろうから、昼に向けてジリジリと、夏らしい気温へとにじり寄っていくはずだ。


 外苑を抜け、私たちの部隊は市街地へと入っていく。


 すると、街の大通りにはたくさんの住民が列になって、私たちを見送るような格好で、一斉に声をあげているのだった。

 みんなの希望を乗っけて、私たちは行く。決して失敗できない作戦へと……


 気になる事が一つあるとすれば、国民のみんなで一斉に『鉄球王女っ、鉄球王女っ』、と大合唱をしていた事だ。

 きっと集めるのにかなりの労力を割いたであろう生花の花吹雪は、とても綺麗で、それが街の大通りを埋め尽くす光景は、めちゃくちゃすごかったんだけど。

 その花吹雪を見事に邪魔するような鉄球王女コールは、マジでやめて欲しかったな。

 気持ちは伝わるからいいんだけどさ。


 街を抜ければ、騎乗している部隊は徐々にスピードをあげて、集合予定の平原へはそんなに時間を要しない。

 歩兵部隊は追い抜かれるが、平原に集合する訳ではなく。一足先に巨人の方向へと進んでいくのだ。

 斥候を兼ねた行軍調整というやつらしい。

 

「シルヴィニア様、我々は出来うる限り、考えられる最高の方法を、これまで準備してきましたが。やはりそれは、予測にすぎません。どうか、あなたも気を緩めることのなきようお願い致します」

「はい、先生……肝に銘じます」


 キャロラインは、二人乗りの馬の後部から。私がいる荷車へと近づいて、注意点を話す。

 部隊は、今のところ調子良さそうに過程を踏んでいる様に思われるが。とはいえ、油断はするなよ、というキャロラインの心配性な性格は汲み取れる。

 横目には、黒騎士に襲われ、シオンに助けられた森が見えた。遠巻きに見ると、意外と小さい森のようだ。もう少しで、公国側との集合場所に着く。

 

 やはり遠くには、そびえ立つ黒鉄の巨人が、どうしても視界に入ってしまい。その度に、未だ慣れない緊張感には襲われる。

 私は手に持つ鉄球の柄を強く握りしめ、ピクニックなどではないと。再度、自身の心に刻みつけた。

 荷車の床は鉄の合板になっていて、私のブーツと合わさってカチカチと鳴る。


 そういえば……この作戦における指揮系統って、どうなってるんだろう。

 国の序列でいえば王国なので、必然的に王女の私という事になるんだろうけど。私自身には、誰も何も言ってきてはない。公国の軍事力が、この作戦の割合の相当を占めるはずだから、やっぱり公国が主導してるんだよね、きっと。


 まさか、うすうす気付いてはいたんだけど。

 王女は戦いに参加しただけで、もうその役目を終えていて。あとは怪我をしないように、後ろ後ろへと追いやる感じなのではないだろうか。

 周りを並走している衛兵達を、順繰りに見ていく。

 

 うぅ、見ても分かんないよ。みんな兜かぶっているし。

 顔が見えるのは、一人馬に乗るゴメス爺やくらいだろうか(というか、いつもの執事服だけど大丈夫なのかな)。しかし、爺やのその表情からは、特段変わった様な気配は感じない。

 変な事といえば、緊張感がないくらい……かなぁ。まぁ、考えても仕方がないので、私は考えるのをやめる。


 空を見上げれば、天気の良さはピカイチ。

「あふぁ〜……」

 私は思わず欠伸あくびを漏らす。起きるのが早かったから、流石に眠い。


「はしたないっ!」

 キャロラインはすぐさま、自身の甲冑の手袋を脱いで。それを私の頭へと命中させる。

「あでっ」

 まさか、遠隔でチョップが飛んでくるとは。そして、騎乗中、走行中であるのにもかかわらずその命中率ね……さすがです。


 周りの衛兵たちは、見て分かるくらいに肩を揺らして笑っている。絶対に笑っている。馬に揺られるがゆえの震えじゃない、アレは。


「いけない、いけない……よしっ」

 私は、頬を少し叩いて眠気を逃す。

 遠くの平原には、公国の旗を掲げた多くの人々が見えてきた。

 遠目でも分かるくらいには、軍隊のそれである。


 また、『ボエェェェッ』とホルンの音が響き、私たちは公国と合流。

 ここで、一時の休憩となった。

 お馬さんへの食事補給や。衛兵、兵士の休憩も含まれる。

  

「ねぇねぇ先生。やっぱり、大勢で動くって、すごく大変なんですね」

 荷車を一本の木の側に寄せて、その木に寄りかかって、私は木陰を利用し休憩していた。

 隣には、兜を脱いで同じく休憩するキャロラインが、タオルで首元を拭っている。

 全身鎧だし、そりゃ暑いよね。


「そうですね。しかし、やはり公国軍の練度は非常に高いと思います。我ら王国も見習う所ばかりで、この戦を終えたら、少しそこらへんも考えないといけないですね」

 キャロラインは、いつも王国の為になる事を探している。

 私は頭が下がる思いで、えへへとはにかむ。


 周りは、馬を休める人々や、自分自身も休む人々。この後の準備に余念がない人々と。それぞれで、この一時の休憩を過ごしている。

 あとは所々に、簡易的な天幕が貼られていて。その中では指揮官クラスの人々が、この先の予定の確認や、ここまでに起こったイレギュラーなりをまとめて、対策などを立てて忙しそうに動いていた。

 と、そんな最中。


 三頭の馬が、こちらにやってくる。

 遠目でも分かるが、先頭を走るのはシオンだ。

 パブロリーニョ公国、第一公子の。ファルシオン・ヴァン・パブロリーニョである(ようやく、フルネームを覚えた)。


「おぉ〜い、シオン〜」

 私は手を振って、シオンを呼ぶ。

 

 パカラッ、パカラッ、パカラッ。

 三頭の馬は私とキャロラインの前で止まる。


 どうしたんだろシオン。何か用事かな……?

 木に寄りかかるのをやめて、私も数歩、そちらへと歩み寄った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る