第23話
まだ空が白む前から、王宮内は
現在、かくいう私も戦いに出る準備をしているのだ。
「シルヴィ、どう? こっち苦しくない?」
「ううん、大丈夫ー」
甲冑を着込むなんて初めてだ。ネーナに手伝ってもらって、私専用にあつらえらた武具の装着をしている。
昨日の段階で、かなり私の装備について色々な意見が出た。
もしもの事を考えて、装甲は厚めの方がいいのではないか。
民衆に幅広く受け入れられる様な、派手な装いがいいのではないか。
王女らしい威厳を損なわない様な、厳かな方がいいのではないか。等々……
最終的には、全部の意見を合わせた様なものに落ち着く。
シルエットで見るとドレスではあるのだが。胸部を覆う鉄の胸当てに、二の腕くらいまでの長い鉄甲。ロングスカートから覗く足には、膝上まで伸びる脚半(半分鉄で、半分皮)を装備している。
ドレス部分にあたる布生地の部分は、特殊な裁縫がされた防刃仕様のものが使われているという。
コルセットも含め、やはり頑丈さに主眼を置いた出来なので。どうしても、着心地は悪い。
そして、鉄の部分はどれも白色の塗装を施してあり。服部分でも、鉄の部分でも、所々で上品なアクセサリーがワンポイントの洒落っ気として付いている。
これがまた、中々カワイイのだ。
洒落っ気と言ったが、一応アクセサリーには、おまじない的なものの意味合いがあるらしい。
まぁ、ある程度カワイイのなら、別になんでもいいんだけど。戦場に向かう為の服だしね。
ちょっとでもカワイイ要素があれば、それでなんとか自分を誤魔化せる……と、思う(鎧に、カワイイもカワイくないも無いよね)。
自分で戦いたいと言った手前、文句は言えない。
むしろ、私の装備の為に、どれだけの人々が昨日から夜通し頑張ったことか。感謝は忘れず。また、その人達の期待にも応えないと申し訳なさすぎる。
私は決意を新たに「よしっ」、と気合を入れた。
「シルヴィ、ほんとは私は反対なんだからね。シルヴィが戦いに行くのなんて……」
「ネーナ……」
装備の最後の調整を終えたネーナは、ポツリとそんな事を言う。鎧の着付けもできるのだから、私の親友はほんとに優秀だ。
ありがと、ネーナ。
「ごめんね。でも私、この国のみんなが好きだから。だから、私に出来ることは、どんな事でもやりたいし、やらなくちゃいけないと思う、の……」
もちろん好きなのは、ネーナやキャロラインや、私に関わる人々ではあるけれど。その人達の友人知人、親や兄妹まで含めれば。この国のみんなって括っても、嘘じゃないよね。
「……うん、分かってる。でも……でも絶対に、無事で帰って来てね。じゃないと……」
ここでネーナは、私の背中に自らの額をつけ。半ば寄りかかる様に、体重までもを私に預ける。そして、小さな声で「じゃないと、絶交なんだから……」、と言った。「……うん」、と私も小さく答えた。
じゃらっと音を鳴らして、私は立ち上がる。
「ネーナ。行ってきます……」
「はい、行ってらっしゃいませ。王女殿下のそば付きとして、その勝利のご報告を、心からお待ち申し上げております。
ーーシルヴィニア・エル・リンスカーン様に、太陽の女神、フレイア・ベルクの加護を……」
親友は、優秀な侍女らしく丁寧に深く、そしてゆっくりと私に頭を下げた。
ザッと歩き出し、王宮の外苑に張られた王女専用の天幕から、私は出ていく。
いよいよ、出立の時である。
外にはすでに、多くの衛兵や有志の者がその足並みを揃えて整列している。
衛兵が五百人。有志が百人。ズラッと隊をなして並ぶ。
「ふぉふぉ、姫様。準備はよろしいようですな……では、こちらの壇上に」
いつもと変わりのない執事服に身を包むゴメス爺やが、音もなくサッと現れて私を迎える。
「まさか、爺や。着替えの最中も、覗いてなんかいないでしょうね?」
「ふぉっ!? まさか、まさか。不肖このゴメス、姫様の着替えを覗いたことは、一度もありませんですじゃ」
正直、いまだに信じてはいない。爺やがすごい訓練を積んだ、隠密行動のプロだなんてね。
でも、私の寝てる所を密かに見ていたと言うのだから、着替えとかも。って、ついつい考えてしまって、言葉が自然と出た。
「ほんとに〜?」、とジト目で爺やを見つつも、促された壇上へと足を運ぶ。それは簡易的にこの場に設けられた壇上で、一メートルくらいの高さしかない。
その壇上の隣にいる全身鎧の衛兵は、私に軽く会釈をすると、手を差し出した。
「シルヴィニア様、おはようございます」
んっ!? その声は……
「えっ、まさか先生っ!?」
「はい、そうです。キャロラインでございます」
「いや、ちょっと待って先生……な、なんで?」
「なんで? シルヴィニア様が戦いに赴くのですから、当然私も同行しますよ」
「いやいや、えっ……先生、戦えるんですか?」
ゴメス爺やも、多分すごいのであろう実力を隠していた。ならば、キャロラインも実は隠し持った戦いの才能が……
「いえ。私は武道の方はからっきしですよ」
いや全然ダメじゃん。
「……や、だったら危ないですよ、王宮ここにいて下さいっ」
「できません」
キッパリと、キャロラインはその鎧ごしに言い張った。
「な……なんで先生」
「あの夜に、覚悟を決めると言ったでしょう。あなたが戦うのならば、私はその近くで、せめてあなたの盾になります」
「え……っ」
「ふふ、妹を守るのは、姉としては当然じゃありませんかシルヴィニア様」
うぅぅ、先生。
あの夜の時の感情が戻ってきて、少しじんわりと目の奥が熱くなる。
これはもっと気を張らねば。
そして、絶対に無事に帰る。
王女としての責務を果たす時が、今なのだ。
「ふぉふぉ、安心めされ姫様。この爺やも姫様たちに同行しますじゃ。お二人の命は、爺やがなんとしてもお守りいたしますじゃ」
「……あ、うん。お願いね爺や」
なんだろう。爺やの言葉には説得力が有るような無いような。あの夜に、背中越しにヌメっと現れて以来、冷たい態度をとってしまう。
爺やは気に留めてないようだけど。まぁ、いいか……
私はキャロラインの手につかまって、ゆっくりと壇上の階段を上がっていく。
「シルヴィニア様。集まった皆様に、これから出立をすることと。戦に赴くにあたって、王女殿下より激励の言葉をおかけ下さい」
前もって聞かされていたけど。寝る前も、起きてからも、準備している間も、ずっっっっっっと考えてはいたのだが。何も思い付いてはいなかった。
「あ、はい。なんでも、いいんですか……?」
「なんでも? ……いえ、これから戦地へ赴く方々の、士気を上げる事が重要です」
「士気、士気ですか。なるほど……」
ノリで行こう。私は考えすぎてもダメなのだ。出たとこ勝負が、性に合ってる……よね、きっと。
カツカツと階段を踏み鳴らし、壇上から外苑に集まった人々を見渡す。
誰も彼も、一様に直立不動で私語などを漏らす者は一人もいない。
そんな中で、私は彼らから一斉に注目を浴びる。
ここで何かを言うのだろう。後ろの人まで届くかは分からないが、ある程度は大目に見てくれるよね。
隣のキャロラインは、兜のバイザーをあげてコクリと頷く。
「……っふぅぅ。みなさぁーーんっ」
もう、単純に自分が思っていることを言うしかない。
「今日ぉー、あの巨人をみんなで倒すんですっ! 死んではダメですっ。無事に帰って、みんなで笑いましょーーっ! いいですかっ、みんなで無事にっ、またこの国へ帰ってくるんですっ。いいですかぁーーーーっ!」
うぅぅ、なんか変な感じになってる気がするなぁ。
静寂が、王宮の外苑に訪れる。
隣のキャロラインは、兜のバイザーを静かに下げた。
え、えっ!? 何それ、ダメ!? ダメだったかなっ。と、思った瞬間。
『ぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』
一拍置いて、怒涛のような歓声が鳴り響く。まるで、王国を丸ごと揺らすんじゃないかという。そんな、みんなのリアクションだった。
え、あれで……良かったの、かな?
キャロラインが再び手を出して、私はそれを掴む。それから、またゆっくりと階段を降りるのだ。
「……王女としては全然ダメでした、が。あなたは、それで良いのでしょうね。大変、素晴らしかったですシルヴィニア・エル・リンスカーン様」
微妙な言い回しだったが、ふと。これがキャロラインなりの、人を褒める言い方なのかもしれないと思った。
「えへへ……」
私は微笑み、壇上を後にする。
さぁ、頑張ろう。
ネーナの為に、キャロラインの為に、みんなの為に。そして……
自分の為に。
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