第21話



 はたして巨人討伐は可能か。そんな疑問が、途中で上がった。

 倒すしか道は無いので、出来る出来ないの話は見当違いにも思えるが。もっともな意見でもある。


「可能だと、私たちは考えています」

 シオンは、はっきりと。臆面もなくそう言った。

 その堂々たる言い様に、王国側の人間は感嘆を漏らし、ザワザワと謁見の間に響く。


 すごいっ。言い切ったシオン。

 私はただ黙って、壇上に立っているだけだが。視線を彼に送って、瞬きをせずに見つめた。

 シオンはそんな私の視線に気付き、小さく頷く。

 ヤバっ、本当に自信あるんだ……かっこよ、シオン。

 今のこの胸の高鳴りは、シンプルに尊敬の念がそうさせる。出会った時に感じた、異性として意識するような感覚は、不思議と無い。ないはず……多分。


「皆様も、お聞きになった事があるかもしれませんが。私には、人には真似できない特技があります」

 そう言うとシオンは急に席を立ち。腰の剣を抜き放って、天に掲げた。


 本来であれば、謁見の間での抜刀は危険行為。しかし、話の続きが気になる者が大半なので、咎める事はしない。

 騒然とするだけで、またザワザワがこの場を埋め尽くす。


「ご覧下さい。これが私の特技……灼刀しゃくとうです」

 はっ、と気合を込めるシオン。すると、剣が紅く輝き出したのだ。

「あっ……!」、と私は目を見開いた。あの時の、私と修道院の少女を助けてくれた時の、黒騎士を塵にした赤く光る剣である。


「おお〜っ」、とそれを見ていた人々も、続いて歓声を上げた。


「この灼刀しゃくとうによって、黒騎士などを倒すと。奴らは塵に還ります」

 シオンの言葉に、一同は再び感嘆の声を上げる。

「この技が、黒騎士たちの弱点なのでしょう。なので、類似点の多い、あの黒鉄の巨人にも通用すると。私たち公国の人間は考えています」

 今度は拍手を交えて、この場の全員でシオンを讃えた。


「ですがっ! ……ですがこの技は、私にしか扱えません。誰でも使えるようにと、色々と試行訓練をしましたが。誰一人として、扱えるようになった者はいませんでした」

 今度は逆に、皆は水を打ったように静まり返る。

 シオンは剣を鞘に素早く戻すと静かに椅子に座り、ひと呼吸。


「なので、我々の勝機は。人海戦術によって、あの巨人を翻弄し。あわよくば転倒させ。

 ーー私がこの灼刀しゃくとうで、巨人を斬り刻みます。これには……これにはきっと、我が兵士も、王国の衛兵たちも。多くの命が消えるかもしれません。しかしっ!」

 皆は静かに、言葉の続きを待つ。

 シオンは大きく息を吸い込み、力強く言葉を紡ぐ。


「しかしっ、どうかお力添えをお願いしたく存じます。王国と公国のこれから先の未来の為ならば、私は喜んでこの命を捧げます。なので、どうか……皆様におかれましても、ぜひ私に王国と公国の命運を託して頂きたいっ。

 ーー刺し違えてでも、必ずやあの巨人を討って見せます。どうか……」

 シオンはここで深々とお辞儀をした。

 その瞬間に、ワッと沸いたかの様に、謁見の間は盛大な拍手に包まれる。


「すごい……」、私はその光景に思わず賞賛を零す。

 シオンは、暗雲立ち込めるみんなの気分を晴らし。そしてみんなの心を、ガッチリと掴んだのだ。

 ほんとに、あの巨人を倒せるかもしれない。

 そう思わしてくれるシオンは、私などよりもはるかに王に相応しいと。思ってしまった…… 


 王国と公国の会談は、話も佳境に入っていく。

 最終的な議論の争点は、巨人討伐作戦の決行日をいつにするかという点だ。


 やはり、黒鉄くろがねの巨人が一切動きを見せないのは、何かしらの準備をしている可能性を否定できず。

 早々に全軍あげての攻撃が必要であると、多くの意見が並ぶ。


 また、今にもあの巨体が動いて、王国や公国に攻めてきた場合。籠城しながらの防戦では、たとえ万が一勝ったとしても、人にも街にも甚大な被害は避けられないだろう。

 黒い光の分断がいつまで続くか分からない状況で、その甚大な被害は、国の存続が危ぶまれ、かなりの致命傷となる事は目に見える。

 それはもはや、国が滅ぶのを待っているだけに等しいのだ。


 攻撃は最大の防御。

 その意見に反対する者は、もうこの場には居なかった。


 黒鉄の巨人討伐作戦。その、決行日が決まる。善は急げと、明後日みょうごにちの早朝に決定した。

 そして、私も……

 ある決意を胸に固める。


 その日の夜。

 私はキャロライン先生の寝室へと訪れていた。

 コンコンコン、と扉をノックする。


「はーい、只今……」

 扉を挟んだ奥から、先生の声がして。床を鳴らす音が、こちらへと近づいた。

「夜分にすいません、先生」

 ドアノブが回って姿を現した先生は、寝巻き姿の上にカーディガンを羽織っている。


「シルヴィニア様……どう、されたのですか?」

「あ、その……先生に、お、お話が……ありまして」

 私の神妙な表情に、先生は少し怪訝な顔を作る。「分かりました。お入り下さい、シルヴィニア様」、と自室へと招き入れてくれた。


 初めて入るキャロライン先生の部屋は、性格をそのまま表した様に整理整頓が行き届いて綺麗なお部屋だ。

 壁には本棚がズラッと並び、本自体も色分けや大小ごとに見事に棚に収まっている。先生の勤勉さが、ここにもよく現れていた。

 奥にはベットが置かれ、質素ながらもどことなく漂う気品は演出されている。


「あの、すいません。夜分遅くに……」

「いえ、その。シルヴィニア様が、私を訪ねてくるというのは初めてですから、少し驚きましたが……いえ、どうぞお座り下さい」

 王宮の一角に位置する先生の部屋は、私の寝室とは真反対に位置する。基本は、王女が訪ねていく事なんておよそない。

 もちろん、私の苦手意識もそれを後押ししているだろうが。


「あ、先生。このままでいいので、お構いなく。どうぞ、先生もこちらに……」

 何かお茶的なものを出そうと動く先生を私は制し、対面に座ってもらう。

 妙に改まった雰囲気が流れ、少しの沈黙が二人の間を行き来する。


 菜種油を用いた小さなランプが、煌々と灯りを作り出し。私と先生に挟まれて、ゆらゆらとした影を背後に写し出す。菜種油の独特な、燻した様な苦みのある匂いが鼻腔をくすぐった。


「先生、あのっ……そのっ。私も今回の戦いに参加させて下さいっ」

 私は座りながらだが、両手を重ねて太ももに差し込んで、頭を下げる。

 先生の顔が今はどんなものか、見えていない。

 またの沈黙。


「……やはり。それを言いにきましたか」、と先生はポツリと漏らす。

「えっ……」

 向き直った私は対面の先生を見るが、先生は座ったまま顔だけを少し左斜めに下げて、寂しそうな表情を作り出す。

 ランプの灯りで、そう見えるだけかもしれないけど……


「……ふぅ、シルヴィニア様。再三申し上げている通り、王女がいくさに出るなど前代未聞ですし。その必要性も皆無なのです……だから」

「わかってますっ! でも、でも……先生」

 強めのアクセントで、先生の言葉を遮って私は続ける。

 私にだって、私なりの理由があるのだ。

 

「私は、あまり王女らしくないし。出来る事も少ないですし……いつも、怒られてばっかりですし。危ない目に遭って、周りに心配ばかり、かけちゃいますし……でもっ」

 続く言葉を待つ様に、キャロライン先生は黙して語らず。真剣な表情で、私を見据えている。


「私はみんなと一緒に戦いたいですっ。その、今日の……シオンを見ていて、その思いは非常に強くなりました」

 鉄球で黒騎士や黒魔獣を倒せる私は、戦力になるかならないかで言えば、確実に戦力にはなると思う。

 しかし、こと軍隊などの集団戦闘においては素人も同然で。ただただ鉄球を振り回すしか能のない私は、軍の連携の邪魔になるかもしれない。

 だけど、もし。私が居ることで、誰かが死ななくて済むのなら。私はやっぱり一緒に戦いたいのだ。


 戦いが終わるまで、のほほんと王宮にこもってるなんて。そんな事、出来るわけがない。

 鉄球っていう、明らかな戦える力を持っているのに。この王国と公国の一大事に、安全第一で戦わない王女を誰が認めてくれるのだろうか。

 少なくとも、私が国民だったら認めない。今回の巨人討伐作戦には、戦える者はフル動員されると聞いている。

 ならっ、私だって……ネーナやゴメス爺やや、みんなの為にっ!


「シルヴィニア様……」

 先生は、静かに口を開く。

 

 その声色は、なんだかいつもの先生とは違って。すごく優しい響きで、私へと語りかけてくるのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る