第19話


 ガンガンガン、と。

 激しい上下動の縦揺れ。

 議場のみんなは当然、立つこともままならず。咄嗟に目の前のテーブルにしがみつく。

 が、そのテーブルだって跳ね上がっては床に叩きつけられ、激しい音と共に衝突を繰り返す。

 

 方々で窓ガラスが割れる音もするし。建物自体も歪んで、軋んで、継ぎ目から悲鳴を上げている。

 未曾有の大地震と言っていいだろう。  


 私の記憶が正しければ、この国に生まれてから一度も、この国が地震に見舞われた事はない。(先ほど証明されてしまった、記憶力の無さはいったん置いておく……)


 そして、刹那で揺れは治った。

 阿鼻叫喚の差し挟まる隙さえなく、場には沈黙が押し寄せる。

 

「な、なんなの……」

 机にしがみ付いたまま、私は小さく呟いた。

 周りの貴族やおじいちゃん達も突然の出来事に、目を白黒させながらも、それぞれで周りをキョロキョロと確認していく。

 この揺れによる負傷者は、今のところ出てない様ではあるが……


「シルヴィニア様っ!」

 先生が、いの一番に私へと近寄って、肩に触れた。

 良かった。先生も怪我は無さそうだ。


「先生……な、何が……」

「分かりません。それより、お怪我はないですか?」

「だ、大丈夫です。なんとか」

 ヨロヨロと立ち上がって、二人でもう一度議場を見回す。


 激しい揺れで倒れた椅子にテーブル。見るからにあちらこちらを破損している。

 壁に飾られていた装飾や、風景を描写した絵画などは、軒並み床に落ちて。やはり破れたり、壊れたりしているものが散見された。


 おじいちゃん達や、他の貴族達も立ち上がって同じような行動をしているが。誰も彼もが状況をイマイチ飲み込めてはいないので、議場の中は驚きと混乱で騒然としている。


 私の脳裏には、不吉の二文字が絶えず浮かぶ。何かが起こった事は確かだ。

 と、その時。


 バンッ、と勢いよく扉が開け放たれ。近くで待機をしていた衛兵数人がなだれ込む。

 その中には、ネーナの姿も確認できる。

 会議が終わる頃を見計らって。王女のそば付きとして、同じく、議場のすぐ近くで待機していたのだろう。


「皆様っ、だ、大丈夫でありましょうかっ!」

 衛兵は職務を全うするべく、おじいちゃんや貴族、私達への安否を行う。がしかし、その衛兵達も、みな一様に顔は青ざめていて。そこから、さっきの揺れが誰にとっても予想外の出来事だった事が伺えた。


「シルヴィーっ!」

「ネーナっ!」

 私とネーナは、すぐさまお互いを抱擁し。それぞれの無事を確認する。


「良かった無事でぇ〜」

「ほんとほんと、良かったぁ〜」

 人目を憚らず、抱き合い喜ぶ。

 王女と侍女で、おおやけにする行動としては相応しくないのだろうが。それを咎める者は、今のこの場にはいない。(それどころではないのもあるが)。

 すぐ隣に立っているキャロライン先生だって、特に口を挟まないし。なんなら、少し安心した様な表情で、軽く口角を上げて私達を見ている。

 

 すると開け放たれた扉から、また勢い込んで登場する衛兵が一人。

 明らかに息を切らして、顔面は蒼白。元々いた衛兵以上に真っ青なその表情は、何かしら鬼気迫るものが滲み出ている。


「たっ、たっ、大変でありますっ! 外っ、外にっ! 外にーーっ!」

 大きな声を張り上げるその衛兵は、慌てすぎて言葉にできないのか。身振り手振りで、必死に外を指してみなに伝えた。

 次から次へ何事かと、議場の中の人々に緊張が走る。


「外、外ですね? 分かりました、向かいます」

 キャロライン先生は、「そと」しか言わない衛兵の訴えを聞き、足早に出口へと向かう。

 私の脳裏に、あの黒魔獣の襲撃がよぎるが。さっきの地震とは、あまり結びつかない。

 自分の目で確かめる必要を、この時の私は何故か感じた。


「ネーナ、私……行くねっ」、と先生に続く。

「えっ! 待って、シルヴィ」

 ネーナもすぐさま後を追ってくる。

 私達三人の様子を見ていた他の者も、茫然自失の思考を解き。釣られた形で、続々と後に続いた。


 会議室から出ると、割れたガラスに壊れた木枠などが無惨に散らばっている。

 先生を筆頭に、それらを視界に収めつつも廊下を早足で歩いていく。

 王宮に詰めているはずの使用人や衛兵達の姿は、一人も確認できない。


 私達は、外へと繋がるエントランスを目指して、玄関前の大階段を降りていき。出口付近の広間へと入っていく。

 黒魔獣がぶつかって落とした豪奢なシャンデリアは、すでに撤去されていて。床もある程度の補修は済んでいるので、通るのにはなんら不便はない。


 が、しかし。

 降りて行った先の広間は、多くの人でごった返していた。

 ほぼ全ての王宮で働く人々が、そこに集まっていたのではないだろうか。ここに来るまでの道のりで、人っこ一人見かけなかったわけだ。


 その人々は一様に、外の方へと視線を向けて、ある一点を凝視していた。誰も言葉を発していない。

 これだけの人が集まって、一言も喋っていないのは。変を通り越して、不気味である。

 ただならぬ雰囲気だけが、ここに充満していた。


「何がありましたっ!?」

 先生は人垣の最後尾に歩み寄り、声を張る。

 最後尾の衛兵は、振り向くでもなく、言葉を発するわけでもなく。ただ静かに、腕を上げて人差し指でもって、先生のその質問に応えた。

 ここに居る多くの人々が見つめていると思われる、ある一点へと。

 その人差し指を向けたのだ。

 

 そこには……


 

 いや、巨人がそびえ立っていた。と、表現した方が正しいかもしれない。

 だがしかし……

 だが、しかし、なのだ。

 王宮に、二メートルとか三メートルの巨人が立っている、とかってワケではなくて。


 遠く、遠く。この王宮よりも、城下街よりも、さらには王国を囲む外壁よりも、さらに遠くの大地に、


 それこそ、この地域を分断した黒い光の出てる場所に近いかもしれないが。はっきり言って、遠すぎて正確な距離感なんて分からない。

 分からないけど、その巨人は、ここからでもはっきりと分かるくらいに、真っ黒な鎧に身を包んでいる。

 そう、黒騎士や黒魔獣と同じ様な、黒い鎧だ。


 明らかに遠くに居ると感じるのに、その、ある程度の詳細ディテールが視認できてしまう事や。遠いのに、少しも損なってない強烈な存在感だったり。

 マジで、どんだけデカいんだっていう話。

 みんなが、言葉を失くして、ただただ呆けてそれを見続けてしまうのも頷ける。


 山よりも高い巨人が、そこに存在し。且つ、身体を王国にまっすぐと向けているのだ。


 恐怖を越えて、ワケが分からなすぎて、口から出るはずの言葉が出なくても。普通の人ならそれって……全然、不思議じゃない。

 なんじゃアレっ!? って、私もちゃんと絶句したからね。

 まさしく言葉もない。

 逆にこういった状況で、なんと言えばいいのか分かる人がいたら、私はぜひ教えて貰いたい気持ちしかないのよ、今はっ!

 ビックリ以外の語彙が見当たらなすぎてツライ。とかなんとか、私は今相当にテンパってます。


「はえぇ〜……」、と間抜けな息を吐いて、みんなと同じ様な目つきで、遠くの巨人をただただ見ている。

 いったい、何が起きているのだろうか……


 この場にいる誰も、それに答えを持ち合わせている者はいない。

 突然現れたにもかかわらず、当たり前の様にそこに存在する巨人に。目を離したくても離せず、口を開けるだけの人間達が、ただそこに居るだけなのだった。


 静寂が流れる。

 

 私達はこれからどうなってしまうのか。

 不吉で済めばまだ良かった。

 王国始まって以来の、最大の危機は。


 間違いなく、今。

 訪れた……

 ……

 …

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