4章 くろがねのきょじん

第18話


 4章 くろがねのきょじん



 ある晴れた朝の日だ。

 私はいつもより早く起きて、二階の寝室のテラスから空を覗く。


「あ、ふぁ〜っ、ふぅ……」

 我ながら、間抜けな声を出しているなと思いつつも。両手を天高く突き出し伸びをしてから、朝の空気を目一杯に肺まで送り込んだ。

 何故、早く起きたか。起きてしまったか。それは……


「あ、やっぱり! 濃くなってるっ……気がするなぁ」

 シオンに会ってから、どこか頭の片隅で気になってしまっていて。数日前から、朝起きては観察する様になっていた。

 そう……遠くに見える、ここら一帯を分断せしめる、あの黒い光の事である。

 

 私の目玉がおかしくなっていなければ、確かにあの黒い光は、その色を濃くしている。のだが、それに気付いている人が、私を除いて一人も居ないのだ。

 それとなく周囲に探りを入れる様な形で、聞いてはいるのだが。やはり誰も、あの黒い光の濃淡に言及する者はいなかった。

 リアクションを見ても、何かを隠してそうな感じは微塵もしない。


「うぅ〜ん。私のカワイイ目玉が変なのかなぁ」

 今は一人なので、独り言にも自賛を入れる。普段よく怒られてる私だから、いいよねこんくらいっ。


 強めの風が、私の金色の髪の毛にふわりと空気を送り込む。

「あぁ〜、いい風」

 正午に向かって気温はもっと上がるだろう。今のうちに、少しばかりの清涼感をこの身に吹き込んでおこうと思った。


 すでに真夏は目前に迫ってきていて、湿度を含んだ重たい雲が遠くに見える。それが、黒い光の上からひょいと顔を出しているのだ。

 分断されているのは大地だけなのかと、不思議には思うけど。結局、確かめようがないもんね。


 青い空に、遠くに広がるおっきな入道雲。それは、それこそ私の好きな風景である。

 そこに、数羽の鳥が空を気持ち良さそうに飛んでいれば、写生したいくらいだが(絵は下手だけど)。

 最近は空を飛ぶ鳥の姿は、まったく見ない。先生が言うには、ここら地域は渡り鳥が多く生息していたらしいが。年々、その個体数を減らしてしまって、全然見かけなくなってしまったらしい。

 生態系もやはり、変化してしまっているのだろう。

 

 コンコンコンと、ノックの音がした。

 ネーナが支度の準備にやってきたのだ。

「はーい、どうぞぉ〜」


 今日が始まる。

 さてさて、今日もいい日でありますように……

 ……

 …

 

「えぇ〜、うそだよネーナ。そんな事はないでしょうよ〜、あははっ」

「いやいや、ほんとだってばシルヴィ〜。もうっ、信じてないでしょ〜」

「え〜、だってそんな。オバケじゃあるまいし、そんなねぇ〜」


 私はネーナを連れ立って、定例会議が行われる議場へと向かっている。

 道すがら、メイド達の間で絶賛ウワサ沸騰の怪談話を小耳に挟みながら、だ。

 そういった情報は、やはりネーナに聞くのが早い。特段、それら怪談話を探ろうとなんてしないけど。やっぱり、噂話って聞きたくなっちゃうのよね。

 と、そんな調子で、議場の扉の前まで到着する。


 中に入ると、元老院のおじいちゃん達にキャロライン先生や、その他貴族達がすでに会場入りして、各々着席していた。

 あれっ、私が最後だっ! マジ?


「あ、すいませ〜ん。遅れ……ました?」

 静まり返る会場に気まずさが募る。すると。

「いいえ、シルヴィニア様。遅刻ではないですが、皆様が早く到着したというだけです。流行りの噂話もいいですが、始めますのでお座り下さい」

 そう言ったキャロライン先生は、席には座らずに議場の端に立っている。

 ネーナと私の話は、どうやら扉越しでも聞こえていたらしい。声が大きかったかぁ……


 私はネーナを一瞥すると、声には出さずに「話の続きは後でね」、と唇を動かした。

 ネーナも同様に「りょっ」、と唇だけで短く応えて、すぐさま議場をあとにする。

 カタン、と私が席につく音が鳴り。少しの静寂が流れた。


「コホン、では。定例会議を始めたいのですが、よろしいでしょうか?」

 先生のよく通る声がその場に響き、みなは一様に静かに頷く。

 コの字に設置されたテーブルに、それぞれで役職や爵位順で並び。私はその中央の最奥に位置する。


「では、まず最初に。パブロリーニョ公国から寄せられる、定期報告を」

 先生は、使い古された羊皮紙をくるくると広げ。そこに書かれている文言を復唱する。

 

 私はというと、ネーナから聞いたウワサの怪談を思い出していた。

 夜な夜な王宮の厨房で、不審な物音がするという話を、なんとなく頭に浮かべて反芻していたのだ。

 オバケ。なんてこの世界にいるのだろうか。黒騎士とかは、どっちかというとバケモノに近い気がするが。バケモノが居るのだから、オバケが居ても不思議ではない……か?

 いやぁ、どうなんだろ。

 

 私は別段、確かめる気もないウワサ話を、無駄だと分かりつつも。ついつい考えてしまう。

 こういう話が好きなのだ。頭から離れない。でも、確かめるほどじゃないんだよなぁ。

 う〜ん。えぇ〜。いやぁ〜。夜に〜? ちょっと覗いてみちゃう〜? えぇ〜、やっちゃう〜? ネーナ誘ってぇ。

 なんて、益体もない事をぐるぐると巡らしていたら。


「シ・ル・ヴィ・ニ・ア・様っ」

 キャロライン先生の垂直に落とされたチョップが、私の脳天に炸裂した。

「あでっ!」

 すると貴族達から、拍手が聞こえる(どうやら最近は、先生の私へのチョップは、一つの見せ物として定着しているらしい)。

 おじいちゃん達は顔を塞ぎ、見なかった事にしている模様。


「さて、問題ですシルヴィニア様。公国からの報告では、現在の軍備の状況などが書かれていましたが。それは、どういったものでしょう。お答え下さい」

 チッチッチ、などと口で鳴らしてはいないが。明らかに先生は、制限時間を設けているみたいに静かに後ろへ立って、促す。

 まったくと言っていいほど、聞いていた訳がないので、全然分かりません。


「え、あ……そのぉ。テヘッ」

「……正解は。軍備増強の為、兵士を増やしたが、鉄不足のため、装備が足りない。という事でしたシルヴィニア様」

 いつも冷静な表情の先生は、今ももちろん至極冷静な表情で私を見ている。

 コ、コワイ……


「た、大変ですねぇ〜」

「正解っ」

 ゴスっと、またも一撃チョップが脳天に届く。

 そんなに頭ばっかりやられたら、頭がさらに悪くなっちゃうよ先生〜。

 そして、貴族達の拍手が議場に吹き荒れた。もはやおじいちゃん達ですら、手を叩いている(おい〜っ)。


 つい怪談に気を取られていた為に、要らぬチョップ(二発もっ)を貰ってしまった。

 反省します。

 しかし、堅かった議場の雰囲気は少し柔らかくなった様で、その後の会議はスムーズに進んだのではなかろうか。

 なんて、言ってみたりして……


 内容的には、黒騎士討伐の成果やら、直近の出現報告。軍における練度の報告だったり、様々であった。

 ちなみに、公国が黒騎士などの群れの対処をしている事は周知の事実らしく。私だけが、知らなかった訳ではなく。

 。って事になるのかな。

 これも反省。言われてみれば、聞いた記憶があったりなかったり。

 シオンは、良い風に捉えてくれてたな。『みんなが、私の事を慮ってどうのこうの』、と。


 実際はみんな、まさか私がそこまで話を聞いていなかったとは思いもしておらず。当たり前の事をわざわざ話す事はしなかったので、これまで違和感を感じずにやり過ごせていたのだった。

 すれ違いや、勘違いによる偶然って、コワイよね。

 

 会議も終盤間近。

 私はふぅと息を吐いて、今度こそちゃんと会議の内容を反芻する。


 が、その時。

 激しい上下の揺れが、王宮全体を揺らす。


 地震だっ。という言葉すら言えないほど、急激に。激しく、瞬間で揺れた。

 何が起こったかなど分からない。

 だが、何かが起こった。

 それだけは、確実だろう。

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