第15話


 急に畑から王女がいなくなって、もしかしたらネーナ達は泡をくっている可能性が、多分にある。

 なので、危機が去ったのなら、すみやかに戻らなくてはいけないが。

 ふと、私は気になっていたことを聞いてしまう。


「あっ、そういえば、なんでシオンは謝ったの〜? なんか、不思議」

「あぁ、それは……王女殿下を前にお恥ずかしいですが」

「シルヴィ〜っ」

 私は口を尖らせ、拳を高く挙げる。もちろん、軽口の部類ではあるが、隣の少女もケラケラと笑って私の真似をシオンに向ける。


「う、あっ……コホン。シルヴィ、達にはすごく申し訳ない事で。公爵家の人間としては、ただただ謝る事しかできないのだけど。

 ーーこの森を抜けた先が、公国領なのは知っているよね。で、今日未明に発生した黒騎士の群れの、掃討作戦を我が国は行っていたのだけど。まだまだ訓練が未熟な部隊が、数匹ほど討ち漏らしてしまってね。それで、この森に入ってしまったので僕が、僕だけではないけども、まぁ、何人かで残党の処理を担当してたんだよ」


 黒騎士の群れ? 黒騎士は群れで行動するのだろうか。王国で、そんな話は聞いた事がない。

「そんなにいっぱい居たの、黒騎士?」

「うん、数にして百はいたかな」

「ひゃくっ!?」

 びっくりした。そんな数が王国に攻めてきたら、衛兵たちで対処できるのだろうか。


「え、ちょっと待ってシオン。そんないっぱいのアイツらなんて聞いたことないよ、私」

「ん、えっ? そう、なんだ……んー、なるほど、なるほど。そうか、なるほどなぁ……君は。君の周りはみんな、たぶん君のことをすごく慕っているのだね。ふふ、なんだかすごく羨ましいな」

「えっ? どうゆう事?」


 その後に続くシオンの話は、私の預かり知らない事ばかりであった。王女失格かもしれない。


 なんでも。

 黒騎士達は黒い光の中から現れる、らしいのだ。

「え……全然、知らなかった、私……」

「うん、きっと周りの人が心配させない為に、あえて教えてなかったんじゃないかな」

 もしくは、私に話してもしょうがないと思ったか。ネーナとかは知っているのだろうか。


 それから、出現頻度に規則性は認められないという事だったが、最近はどんどんと黒騎士達の動きが活発になっているとも、シオンは言った。

 その証拠に、数十体から百数十体の群れで現れるようになったらしいのだ。

 なので、黒騎士達に対抗するべく、軍隊の練度を高めなくてはいけないのと。王国の外壁のさらに外側で、防衛網を構築して、ヤツらの進行を食い止める。

 それが、王国のつるぎとして、公国に課せられた責務。


「それじゃ、もしかして……」

「そう……王国内に現れる黒騎士達は、僕らが討ち漏らした奴らなんだ。本当に、申し訳ない」

 シオンは深く頭を下げる。

「そんな、シオンやめて……」

 私は色々な人に守られて今があると、常々思っていたが。公国の人たちにも、守られていたのだ。


「あれ、じゃあ。王宮内に現れた黒魔獣とかって……」

「うん、それはこちらも王国から報告を受けている。まだ目撃情報は少ないのだけど。それはたぶん、黒魔鳥に掴まれ空から運ばれている公算が高い」


 え、黒魔鳥が運んでいる? アイツらってそんな事もできるの?

「目撃情報も、乱戦の中で数人の兵士から報告があっただけで。定かではないんだ。しかし、起きている現象から可能性として大きい。

 ーーそういったやりとりは、王国ともやらせてもらっているけど。上の方々が、止めているのかもしれないね」

 私の神妙な表情を汲み取り、補足してくれるシオン。


「……」

「……」

 森の中に、しばらくの静寂が訪れる。


 さて、どうしたものか。今の話を聞いて、私にできることは何かあるんだろうか。

 わかんないぃ〜。だから、先生もおじいちゃん達も、私には黙っていたのかもしれない。

 それに、百を超えるアイツらの群れを、公国側の兵士達は、曲がりなりにも数匹逃す程度で被害を抑えていると言えるのだ。

 私が鉄球を振るう意味。それも、同時に小さく見えてしまう。

 と、そんな事を考え、なんとも言えない気持ちになっていた時。


「王女さまぁ……」

 隣の少女が、私の袖をくいくいと引っ張った。眠気が襲ってきているのか、耳と頬が少し赤い。

 怖かっただろうし、たくさん涙を流したから。そりゃあ、疲れたよね。


「あ、ごめんねっ! そうだよね、戻ろうね」

 少女には退屈な話だろう。それに、早く戻らねばこの子の親や、ネーナが心配しているかもしれないのだ。

 もっと、赤くなる剣の事とか、塵になった黒騎士とか、聞きたい事はあったが。この場で長居は難しいだろう。


「うん、そうだね。戻るといい。危険は今の所無いはずだから」

 シオンは、にこやかに微笑み。帰るべき方向まで、手のひらで示してくれる。

「シオン、あなたにはお礼しなくちゃ。ねぇ、ついてきて。大したおもてなしはできけど、ねっ?」

「え、いや、大丈夫だよシルヴィ。その気持ちだけで僕は十分だ」

「だーめっ! ほら、行くよっ!」


 私は半ば強引に、シオンの手を引っ張って歩き出す。

「え、ちょっ! シルヴィ!?」

 片手で少女を、もう一方でシオンを伴って、私は修道院へと戻る帰途へつく。


「シルヴィ、違う違う。こっちだよ、修道院は」

「えっ……」

 先ほど示してくれた道とは、九十度違う方向へと進もうとしていた。

 シオンは「ふふっ」、と笑って。確かにこのまま遭難されたらすごく困るね。なんて言って、先導しようとしていた私を追い抜き、振り向き様に軽くウィンク。

 その仕草は、憎たらしいくらいにイケメン全開である。

 

「たはは、は……」

 今日私は、自分が方向音痴である事を知った。恥ずかしい。

 森に入ってすぐの様に感じていたのだが、大分と中まで入り込んでいた様で。抜けて、青空が一面に広がるまでに、十分は掛かっただろう。

 シオンが居て良かった。遭難の危険は、かなりあったな私……


 私たちは無事に修道院まで辿り着く。

 泥だらけ、擦り傷だらけの私を見て、ネーナは卒倒してしまった。うぅ、ごめんネーナ。

 幸い少女は軽い擦り傷のみで、ほか打撲や骨折は見当たらない。そこだけは安心した。

 

 シオンの素性を明かしても、ひと悶着あったが。私が執りなしたのと、王国の衛兵が伝令を買って出てくれて、公国の方へと連絡するという運びで落ち着き。

 一同は修道院の広間で、一応の休息を取る事となる。

 少女は院につくなり寝てしまった(たぶん、修道院ここの子なのかもしれない)。

 

 私はネーナにより、素早く修道服に着替えさせられている。替えの服はあるにはあるが、帰城する時用の服なので、私が渋った所(堅苦しいので、帰る時だけでいいとゴネた為)。司教様のご厚意で貸して貰えたのだ。


「よし、じゃあシオン。お礼も兼ねて、私特性のハーブティを飲んでもらおうかな」

 修道服の袖を捲って、私はソファに座るシオンへと片目を瞑る。

「え、いいよシルヴィ。そうゆうのは私の仕事なんだから、シルヴィは座っててよぉ」

 と、ネーナがすかさず制してしまう。


「え、私がやるよネーナ」

「ダメです。ファルシオン様がいらっしゃる御前で、王女殿下にさせることではありませんっ」

 いつもに増してネーナは強気だ。


「いや、でも……」

「ダ・メ・で・す」

「うっ……」

 シオンが助けに入らなければ、私の命が危なかった事に、彼女は相当ショックを受けていた。

 むしろ安心した手前、かなり怒っているのかもしれない。


「はい……」

 しゅんとして、私はシオンの反対側のソファへと腰掛ける。


「申し訳ございません、ファルシオン公子殿下。お見苦しいところをお見せしました」

 ネーナはシオンに、深々とお辞儀をする。

「いえ、そんな。ネーナさん……とおっしゃいましたか。今は、爵位は意味をなしません。フレイア・ベルク様の加護のある場所ですので、どうか気を楽にして頂けると……」

「ファルシオン様のその温情。ありがたく頂戴いたします」

 ネーナは作業用のパンツの両端を軽く摘んで、再びお辞儀をして。湯を沸かす為に、台所へと小走りで駆けていった。


 広間には私とシオンの二人きりである。


「もう、ネーナってば……」

 私はポツリと嘆息し。ソファの背もたれに、深く自分の背を預けた。

「ふふ、シルヴィはいい友人を持ってるね」

 シオンは背筋をピンと伸ばして、そんな私を見て笑う。上品さが滲み出ていて、私とは大違いだ。

 そして、ネーナと私のやりとりを見て、友人と称したのはシオンが初めてである。


「え、シオン……私とネーナって友人に、見える?」

「うん、もちろん。どっちもすごくお互いを信頼してるのが伝わってくるし。すごく、いい関係だ。王女殿下の人柄も、伝え聞いた通りで驚いてるよ。本当に、羨ましいな……」


 意味ありげに俯くシオンの顔に、私は少しドキっとしてしまう。

 えっ、待って待って。

 なんか、嬉しい。


 なんでっ!?

 なんでかは分からない。でも、ネーナを友人と言ってくれた事は、かなり嬉しいし。

 王族と公爵家で出自は違えど、一国の中枢を担う者同士の悲哀みたいなナニカを感じたのかもしれない。


 えぇ〜、どうしよう。もしかして、私。

 シオンの事、好きになってるっ!?

 

 

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