第14話


 金属音が響く森の中。

 振り下ろされた黒騎士の攻撃を防ぐ謎の人物は、ぎりぎりっと鍔迫り合いを数瞬続け。

 剣を弾く。

 仰け反る黒騎士。


 それを好機と見た謎の人物は。

「はぁぁあっ」、と気合一閃。右から左へと繰り出した斬撃は、黒騎士を一刀のもと両断した。


「すごぉっ……」

 それがどれ程すごい事か。王国中の剣士を探し回っても、黒騎士を切断できる者は、一人もいないだろう。

 なぜなら、まずもって鉄の板すら両断できる者などいないからだ。

 そして、驚きはさらに続く。


 バッサリと、上下に分かれた黒騎士が地面に落ちるよりも速く。謎の人物は、自分の剣を鞘へとしまい。

 それから。

 斬撃を放つ。おそらく何回も、だ。

 残像として宙に残る剣の軌跡が、それを教えてくれていた。

 

 まるで居合い抜きみたい。それが、私の感想だ。


 刹那のうちに、もう一度その男が剣を鞘へと戻した時。

 上下に二つだった黒騎士は、無数の細切れへと、姿を変える。

 そうしてようやく、バラバラになった黒騎士は、森の地面へと落ちる事を許された。

 はっきり言って、意味が分からない。

 取り敢えず分かる事は、この男は並大抵の剣士ではない。という事である。


「ふぅ……」

 短く息をつき、男はこちらへと振り向いた。

「やぁ、大丈夫かな? それから、すまない」

 何故、男が謝ったのかは知らないが。あまりの出来事に言葉をなくす少女と私に、優しく微笑みかけながら手を伸ばすのだ。


 歳の頃は十六、十七くらいだろうか。短髪の黒髪に、動きやすさを重視した鎧(ライトメイル、っていうんだっけ?)。ダークブラウンの瞳は、吸い込まれそうなほど穏やかに煌めく。

 そして、イケメンだ。

 間違いなく。誰が見てもそう思うだろう。だって、ドキッとしてるもん。私の胸が。うそっ!? やだっ、私がっ!?


「は、はい……その。ありがとう、ございます」

 声のトーンを一段上げ。せっかくなので差し出された手を握り、私は起き上がる。

 少女も男の手を握り起き上がった。「あり、ありがと、ござい……ます」、拙い感じで、私の言葉のあとに続く。


「その、なんとお礼を言えばいいか……」

「しっ、こっちへ」

 男は人差し指を口許にピンと立てて、私の言葉を遮った。

 すぐさま私と少女を自分の背後に隠す様に、左手で覆って、剣の柄へと右手を伸ばす。


 木々の間の茂みから、三体の黒騎士が出現する。

「ウソっ!?」、まだ三体もいた事に口をついて出てしまったが。私は反射的に、少女の体をこちらへと引き寄せる。

 少女は声もなく震え、精一杯に力強く私へしがみつく。


「大丈夫。しばらく、じっとしてて欲しい」

 男の声は、十代とは思えない落ち着きを、その響きに混ぜた。

 黒騎士三体は、虚ろに光る赤い目玉で、茂みを掻き分け私達ににじり寄る。


 ガサガサ。

 ガチャ、ガチャ。

 黒い鎧の擦れる音が、静かな森の空間を、ただ汚す。


 私は少女を抱きしめ、ゆっくり、ゆっくりと後ずさる。

 黒騎士に視線を合わせたままの男は「いいね……」、と少し口角を上げた。じっとしてての言葉を無視した形の私の行動なのだが、褒めてくれたのだろうか。


 彼の背後に引っ付いたままでは、剣の邪魔になると思ったからだったんだけど。正しかったのかもしれない。

 女子供に、自分の背後に隠れつつジリジリと音も立てずに、且つ戦いの邪魔をしない様に後退しろなんて。いちいち言ってらんないよね。


 まだ名も知らぬ男の気合が、満ちていくのを感じる。

 私は、少女の頭ごと両手で覆い。成り行き次第では、後方へすぐさま走る用意をした。

 三体の黒騎士は、一斉に跳んで襲いかかる。

 

「はぁっ!」

 抜刀。

 目にも止まらぬはやさで、三方向から飛び掛かった黒騎士は、またもや一太刀で身体を上下に二分された。

 三体同時に、だ。


 先程と違うのは、そのまま空中で無数の斬撃を放つのではなく。少しの間をとって、黒騎士らが地面に落ちていくのを待っている様に見える事だろうか。

 振り抜いた剣を水平に固定していて、男は微動だにしていない。


「はぁぁ、はっ!」

 掛け声を上げたと思った瞬間。水平に構えた剣の、その刀身が、みるみるうちに燃え盛るような赤色へと変化していく。

 そんなの見た事なかったけど、その赤色はとても綺麗だった。


 男は赤くなった剣を両手持ちに変え、流れるように上段へと振りかぶり。そして、地面に落ちた黒騎士の胴体部分へ、振り下ろす。

 ズンと空気を震わせ、その一撃は森の土を、黒騎士共々深く抉る。

 そこから男は無理矢理に、地面ごと返し。右斜めから左斜め上へと、近くにあったもう一体の胴体だけの黒騎士へと斬り上げた。


 が、その瞬間。

 三体目の黒騎士が、上半身だけなのにも関わらず、腕の力で跳ねて男へと突進していく。

 そう、すり潰さねばいけない理由も、細切れにしなくてはいけない理由もここにある。


 しかし男は、切先をその跳んできた黒騎士に合わせ、刺突。

 哀れ。串刺しの状態で木の幹に激突し、まるで磔刑に処された様に黒騎士は縫い付けられた。


「まだっ!」、私は叫ぶ。

 そのくらいで死ぬはずがないとの思いからだが、同時に懸念も浮かんでいる。

 最初に細切れにしたくらいなのだから、この男も黒騎士のしぶとさなど分かっているはずだ。では何故……


「いや、大丈夫……ほら」

 叫んだ私に、再びイケメンの男はにっこりと微笑む。

 すると、どうだろうか。


 木の幹に串刺しにされた黒騎士は、チリにでも還っていく様に、ボロボロと崩れ落ちていく。

「えっ!?」

 この男のやることなす事、全て驚くことばかりだ。ハッとして、一体目、二体目の黒騎士に視線を動かす、と。

 すでに塵に還っていて、そこには森の緑が青々と、生命力豊かに存在しているだけだった。


「ってか、なにっ!? めっちゃ、すごいんだけどーーっ!」

 私は思わず、思っている事を口に出していた。


「ふぅ、申し訳ない。こちらの不手際で、君たちを危ない目に合わせてしまった」

 剣を木の幹から抜いて、鞘へと収める男は。酷く申し訳なさそうな表情で、少し頭を下げる。

 鞘音が、チィンと鳴って、それだけが静かにこだました。


「え、えっ? あ、そのー」

 私はなんと言っていいか分からず、困惑の表情をしている事だろう。

「あぁっ、申し訳ない。名乗るのが先でしたね。

 ーー僕は、パブロリーニョ公国、公爵家、その第一公子。ファルシオン・ヴァン・パブロリーニョと申します。以後、お見知りおきを」

 右手を斜め下へと仰いで、丁寧に頭を下げるファルシオン。実に堂に入った、公爵家然とした、振る舞いである。


 そうか、この人が公爵家の……

 小さい頃の記憶を手繰り寄せると、確かに黒髪だった様な気がしてくる。そして、剣術に秀でているとの情報とも一致するし。イケメン具合も考慮すれば、キャロライン先生のイチオシだった訳も、なんとなく納得できた。


「……なるほど。公爵家の方でありましたか。これは知らずに、大変失礼をいたしました。先程は、助けて頂いて誠にありがとうございます」

「あ、あり、ありがとっございます」

 少女と私は、今度こそ正式にお礼を表明する。

 そして。


わたくし、シルヴィニア・エル・リンスカーンの名において。貴方様に、王国を代表いたしまして、再度。深く感謝を述べさせて頂きます。ファルシオン様」

 名乗られたからには、こちらも素性を隠すと、後々ややこしい事になるかもしれない。そう考え、私はボロボロの農作業着で、なんとか自分なりの威厳でもってお辞儀をする。

 うぅ、大丈夫かな……これで。あとで、先生あたりに怒られないだろうか。


「え、えっ!?」

 ファルシオンは絶句する。口をあんぐりと開けて、目を見開く。

 お、中々良い反応っ。

 先ほどから驚きっぱなしなのは、こちらなのである。別段、意味のない意趣返しに成功し、私は内心で「よっしゃー」、とガッツポーズ。


「そんな、まさか……シルヴィニア、王女殿下……なのですか?」

「はい」

「……その」

「いえいえ、構いません。私達がどれだけ、貴方に危ない所を救われたか。ねぇ〜。ありがとうございます、ファルシオン様」

 少女と目を見合い、ねぇ〜の部分で二人して頭を傾げて微笑んだ。

 彼女の瞳からは、早くも先ほどの恐怖は取り除かれている様で、安心もする。

 

 ファルシオンは顎に手を当て、数秒をかけて考えこむ。

 そして。


「なんと……そうでしたか。いや、なんと……ふふ、噂に違わぬお人の様ですね、シルヴィニア王女殿下は」

「ん? そう、ですかファルシオン様?」

 一瞬、何がぁ〜? と聞きそうになった所を、ぐっと堪える。いったい何を噂され、何を今笑ったのか分からないけれど、会釈で返す。


「ああ、そんな、やめて下さい。ファルシオンか、またはシオンとお呼びください殿下」

「え、いいの〜? じゃあ、シオンでっ。あはは……

 ーーというか、殿下って……私の事も、シルヴィって呼んでくださいよ」

 正直、『ファルシオン様』は、自分的にかなり言いにくいし。砕けた方が実は、感謝の気持ちを伝えやすい。

 改まってしまうと、上下だの、しきたりだの、礼儀礼節などでうまく感謝を表現できないのだ。


「えっ!? いや、流石に僕の方からそれは……」

「えぇ、そんな。シオンには命を救われてるんだから、もちろんシルヴィでいいよ」

「いや、公国は王国の衛星国なので……」

「大丈夫、大丈夫。今は私たちしかいないし、それに国としては対等のはずでしょシオン?」

「う、まぁ……そう、なんですが」

「ね? シルヴィ〜って、はいっ、呼んでみて」


 シオンは、少し恥ずかしそうに、ポツリと小さく私の名前を呼ぶ。


 戦闘の後でもあったし、森の中の、三人しかいない特別な状況もあっただろう。

 周りを気にしない空気感は、不思議とお互いにあったのかもしれない。

 私と少女はそれを聞いて、パチパチと拍手をしたのち、三人で笑った。

 シオンのその笑った顔は、やはり私と同い年の、年相応な幼さを感じさせ。剣を抜いていた時よりも、真逆の印象を見る者に与える。


 そのギャップが、これまた破壊力がハンパない。

 白馬にこそ乗っていたわけではなかったが、白馬の王子様と呼んでも誰からも文句は出ないんじゃないだろうか。

 これはモテるわ。

 

 シオンの立ち居振る舞いから、もはや危険は去ったと考えても良さそうだ。

 あっ。いけない、ネーナとか探してるかも……

 早く戻んなきゃ。

 

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