第12話


 次の日の朝食後。

 取り敢えず、復帰したキャロライン先生を含め、偉い人達を集めて会議をする運びとなったのだが。

 正直、私はそこに居るだけで、話には入れる訳がない。


 自分なりに話し合われた議論をまとめると、こういう事かな。


 一つ、一日に二度の襲撃をどう思うか。ヤバい。

 二つ、城門前、王宮内と、敵が突然出現した事をどう思うか。ヤバい。

 三つ、仮に空から降ってきたと仮定するとどう思うか。かなりヤバい。

 四つ、あれから襲撃が無い事をどう思うか。分からない。


 って感じの事を、数時間に渡ってみんなで議論していた(と、思う。途中で私が、ウツロウツロとしていたのは内緒だよ)。

 とにかく、ヤバいんだろうなぁ。って、思ったよね。

 なんか、衛兵の配置とか、公国との連携とか、今後の対策とか。色々、案が出され。そして、各々できる事をしていくと言う意思表示で会議は終わる。

 私は終始、うんうんと頷くのみだった。


 そんなこんなで、今はお昼を過ぎたあたりだ。ネーナと一緒に自室へと戻る途中である。


「うぅ〜ん、まぁこんなとこなんだけど。ネーナはどう思う?」

「えぇぇ、私に聞かれてもなぁ。シルヴィの話だと、かなりヤバいって事は分かるけど。えぇ〜、それぐらいかなぁ」

「だよね〜」

「うんうん」


 しかし、今日の会議で気になった点が一つ。

 私が黒魔獣を倒したという所に、誰も触れなかった点だ。

 逆に何かしらの意図があって、触れなかったとも見てしまうが。まぁ、王女が自ら出張って、鉄球もって衛兵や兵士に混ざって戦いに、なんて。誰も提案できないよね。


 私的には、それでも役割を振ってくれた方が、実はありがたいんだけど。みんなの為になるなら。怖いけど、頑張れるのになぁ。

 と、自室に到着。


「シルヴィ、この後の予定は……」

「うん、分かっておりますとも。フレイア修道院の薬草園ハーブガーデンにて!」

「そうそう。よって、動き易い服装にお着替えの時間ですよ、王女様〜」

「よしなに〜」


 うふふ、と。頭を突き合わせ二人で笑う。


 私が王国の為に出来ることの、数少ない事の一つが。

 そう、何を隠そう薬草栽培なのである。

 前世の老後の趣味が、どうやらここでは大変喜ばれる知識らしく。私の指示のもと栽培された薬草達は、瞬く間にその栽培量を増やし。

 王国の医療に、多大なる貢献をしたのだ。


 以後、栽培方法は伝授したので、それでお役御免ではあるが。正直、私自身も薬草を育ててみたくて、無理を言って公務にまでしてもらった。

 この国の薬草は見たことないのばかりで、それらを育てるのはほんとに楽しい。

 公務と言いつつ、息抜きも兼ねてたり。テヘっ……

 

 軽やかな気持ちで、いざフレイア修道院へ。

 

 リンスカール王国内の、北区に居を構えるフレイア修道院は。歴史的には、王国よりも古いらしく。

 ここら地域の伝承に伝わる神様である、太陽の女神フレイア・ベルクを信奉し。また、王国建国にさいし、多大なる助力をした事から。国教として、王国の教義の根幹を担うのだ。

 役目としては、教育、福祉、医療、農業と多岐に渡り。国民の生活の根幹にも、深く、深く、関わっている。


「こんにちは、司教様。本日も公務に参りました。シルヴィニア・エル・リンスカーンで御座います」

「失礼致します、司教様。シルヴィニア様そば付きの侍女。ネーナ・ハッシュルトンで御座います」

 二人で丁寧にお辞儀をする。修道院の司教様には、王族といえども頭を下げなくてはいけない。


「ようこそおいで下さいました、シルヴィニア王女殿下。それに、ネーナも。二人に太陽の女神フレイア・ベルクの加護が在らんことを……」

 老齢に差し掛かろうかという女性の司教様は、静かに胸の前で掌を合わせ、数秒のうち目を閉じる。

 再び目を開けた時に、軽く会釈をして、奥の部屋へと入っていった。


「よし、じゃあネーナ。行こうか」

「うん、そうだね。えーと、道具は……あ、あったあった」

「私も半分持つよぉ」

「えぇ、いいよいいよ。私が持つよぉ。そんなに重いのじゃないし」

「ダメダメ、私も持つの〜」

「あはは、もう。ほんとにこの王女様はぁ〜」

 えへへと、舌を出す私。

 


 ちなみに今は修道院の玄関口で、ここへは馬車で来た。

 護衛は衛兵二人だが、修道院の男子禁制というルールの為、いつも門の前で待機してもらっている。


 薬草園は修道院の裏手に広がる土地の、そのうちの一角に存在する為。そこからは徒歩で向かう。

 五分かかるか、かからないか。

 ネーナと二人で、綿花畑と小麦畑のあいだを抜けて、土を踏み締め歩く。


 今日も空は晴天で、気持ちの良い風が吹いている。

「あらぁ、王女様〜。こんにちは〜」

「こんちは〜」

「やっほう。王女様〜」

「やっほ〜」

「あ〜、シルヴィ様だぁ〜。わーい」

「いえーい」


 などなど、道すがら農業に従事する女性達に声をかけられる。

 修道女だったり、パートで来てるおばちゃん達だったり。誰かの子供なのか、修道院に預けられた孤児なのかは確かめていないが。子供(女児)も数人いる。

 遊んでいたり作業を手伝っていたり、様々だ。


 修道院は女性ばかりなので、意外と私も気兼ねない。


 私の公務用に、特別に区画整理された薬草園ハーブガーデンに着く。

 正直、薬草についてはまだまだ学んでいる事が多く。基本は前世の植物と似通っているものもあれば、全く見た事が無いものもあって。試行錯誤しながらの、実地学習に近い。

 それでも劇的に栽培量を増やせたのだから、頑張ればもっと増えたり、もっと効能が高い草が作れるかもしれないと、私は密かに期待してたりするのだ。


 さっと、用意していた作業用のエプロン(革製で膝まで長い)を首に通し。高揚していく気分を、私は感じる。


「シルヴィ、私は何をすればいいかな?」

「あ、じゃあネーナは、そっちの剪定せんていをお願いできるかな。横のね、ピピって伸びてる小っちゃいヤツは切っちゃって良いからね」

「は〜い。でもシルヴィって、いつ薬草の事とか勉強してるの? なんか、すごいよね〜ほんと〜」

「え、ははは……そうかな。まぁ、ちょこちょこと、ねぇ……」


 私が前世の記憶を引き継いでいる事を、王国の誰にも話していない。

 一応、喋ってしまっても問題なさそうではあるが。かといって、いらぬ混乱を招く可能性もあるよなぁ。とか思うと、言わなくていっか。って、なるのだった。


 私は、頭に巻いた三角巾を強く縛り直し。袖を捲って「よしっ」、と呟く。

 土壌の質を調べてから、肥料を撒く算段だ。


 ここら辺は、王国の北側外縁部に位置する。なので、少し目線を遠くへ移すと、街の外壁がグルーーっと見えなくなるまで続いている。

 まぁ、外壁といっても。

 子供でもすぐに乗り越えられそうな、二メートルに満たない木組みのさくが連なっているだけなのだけど。外壁は外壁だ(予算や資源的な余裕が無いのが、こういう所でも見受けられる)。

 今のところ、修道院付近での黒騎士などの目撃情報はないが。それも王宮への襲撃を思い起こせば、もはや分からない。

 先生とか、誰かに、少し相談してみようかな。

 

「あ、いいねいいねネーナ。そうそう、そんな感じで、こう……摘んで、根本らへんをさ、バチって」

 麻の手袋でハサミを持った私は、剪定のお手本を見せる。

「すごいねシルヴィ。こんな事も本に載ってたの〜?」

「えっ、あ……そうそう。そうなんだよね〜、あはは」

 屈んで作業をするので、王女的にはダメな格好だろう。カエルみたいな感じ、と言えば伝わるだろうか(もっと直接的な表現もあるが、それはやめておく)。でもまぁ、しょうがないよね。


 ふぅ〜、と額の汗を拭って立ち上がった。

 外壁の柵の向こう側には、森が見える。もう少し北の方角へ行けば、パブロリーニョ公国という話だけど、私は公国には行った事がない。

 どうゆう感じの国なのかな、って気にはなる。


「なんかちょうどいい気温だよねぇ。風が気持ちいい〜」

「ふふ、そうだねシルヴィ。ふぅ……鉄球王女に、肥沃の王女……か」

「え? なんか言ったネーナ?」

「べっつに〜。えへへぇ、それより御休憩は大丈夫ですか、王女殿下〜」

「う、そう言えば少し喉がカラカラかも〜」


 ネーナは、ニカって笑って了承の意を示す。それから、修道院の方へと駆け足で向かっていく。

 飲み物を取って来てくれるのだろう。サンキュー、親友!


 今はちょうど雨季が終わって、これから夏へと向かって、ますます気温が上がっていく途中の。その、短くも比較的過ごしやすい期間である。


 蒼穹に、ちぎれ雲が点々と流れ。遠くで「モォォ〜」、なんて牛さんの鳴き声が聞こえた。

 薬草ハーブと、土の匂いが、足元から薫りたち。豊かに育つ作物たちは、陽の光を目一杯に浴びた恩返しで。

 私に、キラキラとした光の反射を浴びせてくれる。

 

「うぅはっ、ぁぁ〜……」

 私は両手を組んで、天に向かって、イッパイに伸びをした。

 気持ちいいなぁ。こんな日が、ずっと続けばいいのに。


 と、そこで。

 ふと、柵の向こうの森に視線を移すと。一人の少女が、頑張って柵を越えようとしているのが、目に入る。


「あれ、どうしたのあの子……?」

 あたりを見回しても、大人が見当たらない。

 何か、嫌な感じがした。

 柵は越えないようにとの、司教様の言葉が思い出される。


 私は取り敢えず、必死に登ろうと試みている少女に走り寄った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る