第8話


 私は五人の貴族達に囲まれる。私もそれなりに背は高い方なのだが、流石に男性の比ではない。

 ズズいと寄られると、まぁ控えめに言っても何かしらの圧を感じるよね。


 隣のネーナはそれこそ、女性の標準よりもやや小さいぐらいなのだから。その圧たるや、恐怖に感じてもおかしくないだろう。

 困惑している私をよそに、五人の貴族達はここぞとばかりにアピールタイム。

 自分語りを始める者、とにかく色々な部位を褒めまくる者(おいっ!)、ただただ筋肉を動かす者(帰れっ!)と、三者三様だ。


 私の年齢を精神的に鑑みれば相手は、貴族の生まれといえど若い男子。軽くあしらうのは難しくないはずなのだが。何故かそれができない。

 身体が、巻きばね装置ゼンマイの切れかけた機械人形ブリキのおもちゃみたいに、ギギギと、言う事を聞いてくれないのだ。

 やはり未成熟な肉体に、心が引っ張られてしまっているのか。

 えぇーい、仕方がない。


「あ、ははは……オホン。ネーナ、少しお粉はどうでしょう?」

 お粉、と言った途端にネーナはすぐさま対応。


「畏まりました。コホン……ええぇ、王女殿下は少しお直しの時間と致します。貴族のご子息様におかれましては、しばらくの間、食事にご歓談のほど。ひらにご容赦願います」

 ドレス姿は置いておくとしても、完璧なお辞儀を、間髪入れず。五人の貴族へ向けるネーナ。

 そこには有無を言わせない何かを込める。

 流石は王女そば付きの侍女、私は鼻が高いですよ。


 お粉とは、平たく言えばトイレに行きたい意思表示の、婉曲表現である。過去に一回『お花を摘みに行く』、と表現しても伝わらなかったのを思い出す。

 キャロライン先生に、『お花を摘むならば、下々の者に行かせます』と言われたっけなぁ。


「あ、え? あぁ……」

 侯爵家、伯爵家の子息達には、この表現の意味は分かったのだろう。思い出した感は否めないが、それなりの教育は受けている様だ。

 子爵家、男爵家の、ワンコと筋肉は見事にキョトン顔で首を傾げた。

 まぁ、そりゃ教わらなかったら分からないよね。貴族といえど、位くらいによって情操教育は様々なのである。


 そんな感じで、私とネーナはそそくさと、会場を後にするのだが。それを引き留めようとするワンコと筋肉に、侯爵家が演技臭く手を広げ、止めに入る姿を目の端で捉えてしまう。


 なんか得意げに『やれやれ、分かってるだろう? 彼女達を行かせてあげたまえ』、みたいなドヤ顔でワンコと筋肉を制するのだ。

 いや、お前もそのドヤ顔で大仰に振る舞ってる時点で、失格だからなっ!

 ……

 …


 私とネーナは、王宮の王族専用のお手洗いへと到着する。

「ふぃぃ、シンドいー」と、着くなり私はドレスのインナーコルセットを両手でつまみ。下ズレしてしまった分を、再び胸部あたりへとグリグリ戻す。

 それから洗面器の端に手を置き、どっと項垂れる。桶に張られた水が、静かに波紋を広げ、私の顔をぐにゃりと映す。


「あぁっ……! シルヴィもしかして。あの場を離れたい為だけに、ここに来たぁ?」

「あ……バレたぁ?」

「うわっ、バレたじゃないよぉ。これ、キャロライン先生に見つかったら、私が怒られちゃうじゃないっ」

「ごめんごめん、ネーナ。なんだかもう、辛くてぇ……」


「もうっ」、ネーナは頬を膨らませ、腰に両手を当ててズイッと近寄る。が、しかし。

「まぁ、なんとなく分かるけどさぁ……」

 と、それとなく同意を示してくれるのだ。


「なんというか……貴族の方達って。なんていうか、ヘンだよね。ふふっ……」

「ネーナ、分かってくれるぅ?」

「うん、まぁね。そりゃあ、私も物心ついた時から、王宮に出入りしてるしねぇ」

 へへっとはにかみ、栗色の髪が揺れる。私はネーナの言葉に、うんうんと頷き洗面台に腰掛けた。

 

「でもねシルヴィ。ヘン、って言ったけど。それは、私達みたいな庶民と比較すればでさ。貴族の方々は、特別な教育とかしきたりで。私たちとはそもそも住む世界が違うってだけで。まぁ、実はそんなに驚きはないんだよぉ」

 意外なネーナの言葉に、私は固唾を飲む。

 ヘンはヘンだけど、それはもう、そういうもんだって事……かな?


「ふふ、それよりも実は一番、ヘン、なのは……シルヴィ。シルヴィニア王女殿下の方なんだよ? 知ってた?」

「えっ!?」

 耳を疑うネーナの発言に、私の心臓はバクバクと音を立てる。


 そんな私の表情をどう受け取ったかは分からないが、ネーナは慌てた様に。「ち、違う、違うシルヴィ。これは褒めてるんだからね。褒めてるのっ」と、手をバタバタ宙に泳がせた。


「褒めてる、の?」

「うん、そうっ。そうだよっ、ほんと。その……ごめん言い方が悪かったね。えぇえーと、そうだなぁ。

 ーーシルヴィはさ、なんというか。貴族や王族の方々が持つ、雰囲気……って言うのかな。そうゆう上に立つ人達、独特の空気感が全くなくてさ」


 アセアセしながらも、言葉を選んで喋るネーナ。雰囲気、空気感、それは確かに私には無いだろう。だって、元はただの庶民だもん。


「その〜、さ。悪い意味じゃないからね。誤解しないでねシルヴィ。その、シルヴィはさ、とってもとっつきやすいというか、なんか……王女様なのにほんとに、街で同い年の子と話すような感じで、いつも接してくれるから。ほんとに、なんか不思議なの私。

 ーーうぅぅ、なんて言ったらいいか……」

 ネーナは手をバタつかせて、かなり早口で捲し立てる様に喋る。

 ここである問いかけが、私の頭によぎった。そしてそれを、彼女に聞いてみたくなってしまったのだ。どうしようもなく。


「……ネーナは私の事、友達と思ってくれて……る?」

「えっ!? う、うぅ。そのっ、王女と侍女じゃ、と、と、友達……って、とてもおおやけでは言えないんだけど……」

「だけど?」

「う、その……う、あ、その」

 ネーナの頬は若干、桃色に紅潮し。ドレスのスカート部分を握って、モジモジとしだす。


 少しのを取って、ネーナは静かに頷いた。

 コクリと、伏し目がちに。

 頷いてくれたのだ。


「うわぁぁ〜、ネーナに嫌われてたらどうしようかと思ったぁぁぁっ」

 思わずネーナに抱きついてしまった。


「わ、ちょっ、シルヴィ! そんなっ、私が貴方を嫌うワケないよぉ」

「ありがとぉぉっ、ネェ〜ナァ〜っ。私は親友だと思ってるぅ〜」

「しっ、親友っ!? シルヴィ……ありがと。ふふ、もうっ。これだから、鉄球王女様はみんなに好かれてるのよぉ」


 最後の方の言葉は尻窄みに弱まっていって、よく聞き取れなかった。なので「えっ?」、と聞き返す。

「いいえ〜、なんでも〜」、なんてネーナは返すの。

 教えてって聞くけど、また今度。なんて言われて、私は少しくちびるを尖らした。その不貞腐れた様な表情が面白かったのか、ネーナは吹き出してクスクス笑うので、つられて私も笑ってしまった。

 

 良かったぁ。ネーナに嫌われてなくて……

 

 と、そこでズゥゥンと建物が揺れた。一拍あとに、晴天を突き破る霹靂かの様な悲鳴が、王宮中に響き渡る。

『きゃあぁっぁぁぁぁぁぁぁぁっーーーーっ!!』


「何っ!?」

「きゃっ!?」

 声の方向からすると……生誕祭の会場の方からか。


 私とネーナは顔を見合わせ。王族専用のお手洗い場から、二人して廊下へと出る。

 今居る場所は、会場からはそんなに離れてはいない。

「多分、大広間の方だよね?」

「そうだと思うけど……シルヴィ、私なんか嫌な予感がする」

「ネーナ、取り敢えず行ってみよう」


 響いた悲鳴には、明らかに不穏なモノが込められていた。

 私は、ドレスの裾を持ち上げ、走る。

「待って、シルヴィ!」

 慣れないドレス姿のネーナは、走るのも一苦労。一歩目で、私との差が開いてしまう。


「ネーナは待っててぇ! 様子次第で、衛兵さんの所に連絡をっ!」

「わ、分かった。シルヴィ! お願いだから無茶しないでよっ」

 もうすでに数メートルも離れてしまったネーナに、親指を上げてサインを送る。

 私はもう一度裾をたくし上げ、もっと速度を出して走った。自分で言うのもなんなのだが、運動神経は抜群だったりするのだ、私は。(密やかに自慢を入れる。王女としては、運動神経などと言うモノは使う時など無いらしい。キャロライン先生談)。


 しかし、あの悲鳴。まさかの暴漢だろうか。いや、ここは王宮のほぼど真ん中なのだ。そんな人物の出現など、およそ考えられない。

 なら、酔っ払った貴族のおじ様が、コケて窓に突撃して血塗れとか? いや、もしかして……


 一瞬よぎった考えは、あまりに怖すぎる。

 暗殺。毒殺っ!?

 王国の重要人物が、今宵は一堂に会す。それを隠れ蓑に……

 いや、まさかのクーデター!? 不甲斐ない私に天誅的な、なっ!?


 グルグル巡る思考で、目が回りそうになりながら。

 私は会場の扉を開けた。

 

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