第7話
私は一通り貴族のおじさん達と会話をした後、喉が渇いている事に気づく。「すみません、ジュース下さい」、と通りがかりの給仕係に飲み物を頼む。
「はい、畏まりましたシルヴィニア様。すぐに……」
綺麗にお辞儀をし、洗練された早足で、その子はパントリーへと向かった。
「あ、ネーナは? 喉乾いてないの?」
「う、う〜ん。私はいいかなぁ……」
少し困った顔のネーナ。肩口まで伸びた栗色の髪が、キュートにたなびく。
「え、いいの? 大丈夫? 今日ずっと、何も飲んでないし、食べてないんじゃないの?」
「う、うん……まぁ、そうなんだけど」
「だよね〜。じゃ、頼んでくるよ〜。すみませーっ!? モガッモガッ!」
声をあげて別の給仕係に頼もうとした瞬間。
ネーナは私の腕を引っ張り、口を塞ぐのだ。
「シルヴィ、やめて。やめて〜、お願いっ」
私の耳元で、小声で訴えるネーナ。
「わっ、ちょっ、ネーナ!? 何、何っ?」
「本来だったら、私も給仕として働くはずだったんだからっ」
「あっ……」
そうか。そういえばそうだった。私がゴネて、ネーナを強制的に参加させていたのだった。
よく考えたら気まずいよね。同僚が働く横で、食べたり飲んだり。
つい、何も食べてないだろうネーナを、優先的に考えてしまっていた。
城で働くメイドや給仕係の間でも、それなりに
そうゆうのって、どこに行ってもあるもんなんだなぁ。なんて、前世を思い返し少し感慨深い。
「じゃあ、分からない様に持ってこようか?」
「ふふ、そんな小細工って意外と私達は見つけちゃうんだよねぇ。変な動きって、外から見てると、意外と分かるもんなの」
「え、じゃあ、どうすれば……」
「心配ご無用です。ふふ、実は私たちには、人目につかない様につまみ食いをする技術があるんだよ、シルヴィ」
ネーナは人差し指を
日々、王女の振る舞いのなんたるかを怒られながらも、必死になんとかしている私にとっては、ネーナの自然に出てくるそういった仕草が実に羨ましく思ってしまう。
そして、初耳だった。
つか、いいのか
それはそれで、その技術(カワイイの方も)。今度ちゃんと教えてもらおうかな。
「そ、そうなんだ。じゃあ……」
「そうそう。だから大丈夫だよシルヴィ。心配してくれてありがとう」
ネーナは強く、美しい。いや、ここに生きている人々は、それぞれで強したたかに生きているのだ。それぞれで、その世界で、そのコミュニティで。
私はどうだろうか。……うーん、それはまた今度考えよう。
程なくして、キャロライン先生とゴメス爺やがやってくる。
「姫様ぁ、それではそろそろ、解禁の発表をいたしますじゃ」
ついに来たかぁ。
私は隣のネーナの手を握る。するとネーナは少し微笑み、ぎゅっとその手を握り返してくれた。
ううぅ、そういうとこもほんと好きだよネーナ。めっちゃ心強いぃぃ。
パンパン。と手を叩く音が響く。キャロライン先生だ。
すると会場中の人間が、その音のする方向へと視線を向ける。
「これより、シルヴィニア・エル・リンスカーン王女殿下のご生誕を喜ぶと共に。婚約解禁をここに宣言いたしますっ」
先生のよく通る声は、注目を集めきった間隙をついて会場中にこだまする。高らかに挙げた右腕が振り下ろされ、注目する人々の方へ向かって、掌で促す様に指し示した。
するとどうだろうか。
人垣の後ろの方から、弦楽器か何かの音が軽やかに鳴り出したのだ。
一斉にそちらの方を向くと、そこには一人の吟遊詩人がいつの間にやら存在していて。
弦楽器(なんだっけ、リュートだっけ?)、を弾いている姿が見える。
「今宵今宵〜、この度ぃ、我らが王女殿下の〜」
演出方法を打ち合わせでもしていた様なタイミングで、歌い出す。キャロライン先生の小粋なサプライズ。と、いった所だろう。
こういう所も抜け目ないのだ。先生は。
「始まりは彼の地〜、進むは覇道か〜、福音をもたらす邂逅を〜」
吟遊詩人の歌に合わせて、豪華なドレスを身に纏う貴族の令嬢が数人。踊りながら、吟遊詩人の前に出てきた。
そこの時点で、貴族のおじさま、おばさま達は奥に引っ込む。『後は若い者に任せますよ』、と言わんばかりにそれぞれ伴侶(多分……)と腕組みをして、優雅に人垣の後方へと去っていく。
これは言わば、私一人の婚約発表ではなく。他の貴族にとっても、優秀な婚約者を選ぶチャンスでもあるのだ。
王女だけが多くの候補から一人を選ぶ優先権があって。それに漏れた者を、貴族の令嬢が取り合う。そんな図式になっている。
若いお嬢様たちは、キラキラと輝かせた瞳で微笑みを絶やさず踊っているが。その目線は殿方達への品定めに、むしろ忙しそうだ。
そして。
五人の若い貴族が、令嬢たちの次に動きだし。私の目の前へと、勇壮に足を踏み鳴らし出てきた。
これは多分、昼時に先生とゴメス爺やが選んだ人達なのであろう。
そして、先生と爺やの選考に漏れたと思われる、その他数人が、五人の若い貴族の後ろで賑やかしとしてズラッと並ぶ。
一応彼らも、婚約者候補という事なのだろう。
がしかし、その中の二人ぐらいは空気を読まず、すでに近場の令嬢にコナをかけている。おいっ……まぁ、全然いいけど。
「今〜、始まる〜、新たな王国の歴史〜、が〜、あぁ〜」
ジャラン・ラン・ラン。みたいなリズムで、演奏がフィニッシュ。
それに合わせ五人の貴族達は、ブーツを鳴らし、それぞれで恭しくお辞儀をした。
会場中で拍手が巻き起こる。
「う、うわぁ……」
思わず私は小さくうめく。なんというか、なんか恥ずかしさが全面に湧き上がってしまう。
「ちょっと、シルヴィ。ダメだって」
これまた、ささやく声で私を戒めるネーナ。いや、ネーナもちょっと笑っちゃってるじゃん!
五人の若い貴族達は、それぞれ自信に満ちた表情で私をまっすぐに見つめている。
いや、やめて。真っ直ぐに私を見ないでぇぇぇ。
所詮、前世は庶民の私である。しかも記憶を加味すれば、言いたくないけど、それなりなのだ。
こんな演劇じみた演出で、しかもみんなそれぞれ、それなりに整っているけども濃い顔でぇ、五人いっぺんにぃ、それを一ミリも疑わない様な眼まなこを、純真な眼まなこを向けられてもぉぉ……
もうそれだけで、頭がいっぱいになってしまい。爵位順にそれぞれ自己紹介をしていくが、全く耳に入ってこなかった。
そうか、そういえば今まで年若い男性とは、ほぼ会う機会が無かったのだった(私の生活圏では、基本男子禁制だったし)。こんだけ近づいて、言葉を交わすのは初めてかもしれない。
「えぇ、はい。みなさま……よ、よしなに」
王族スマイルを心がけるが、絶対に顔が引きつっているのが分かる。
それを気付いているのかいないのか、若い貴族達はワラワラと近づき、思い思いに私への祝辞と賛辞を述べていく。
「王女殿下に出会えた今日、この日を。私めの人生最良の日として、生涯かけて忘れる事はないでしょう……なんと、素晴らしき我が人生」
悦に入った様な、潤んだ瞳で。胸には薔薇の花が差してある。襟元の徽章を見るに、侯爵家なのだろう。
「なんともはや、お美しさにますます磨きがかかっている。陰ながらいつも拝見いたしておりました。私めは、あなた様を遠目ながら、お見かけする際には。必ず、その日の夜にその日の情景を密に描写し、今日この日を迎えることが叶いました。オー、グレイト」
陰から私を密に描写しないでぇ。
こちらは多分、伯爵家。
「言葉は不要です。貴方様は天上におわす女神フレイア様もかくやという、その美貌に脱帽するばかりの、卑小な。そして凡庸な私めをどうか笑ってくだされば。それだけで、実に天空にも登る龍に成る事も厭わず。ぬっふっふ〜」
ダメだ、全っ然入ってこない。不要な言葉に満ちてるよぉ。あと、笑い方がぁ……
こっちも伯爵位かな。
「一つ二つ三つ〜。王女殿下に会える日まで、指折り数えて待ってましたぁ〜。ああ、なんて素敵な日なんだろうぉ。ワクワクが抑えられない子犬の様な気分です、シルヴィニア様ぁ〜」
甘ったるい声に、幼い笑顔。ほんとに、ワクワクが抑えられない子犬の様だった。紋章を見るに、子爵家のようだ。
先生も爺やも、爵位をあまり偏らせない配慮をしたのか。最後の五人目は、男爵位のようである。
「はいっ! 頑張ります王女殿下っ! ニカッ」
この人が、爺やの推してた美丈夫かな。確かにすごく端正な顔立ちに、筋骨逞しい身体……って、マッチョすぎる(貴族礼装がもう、ピッチピチ。しかもすごく胸筋をピクピクさせてるぅぅ……)。もはや、美形の顔と筋肉質な身体とが、喧嘩しすぎてて辛い。
どこを頑張ってるんだっ、君はっ!
五人の若い貴族達は、それぞれの爵位の序列には気を使いつつも、私へのアピールを忘れないあたり。序列抜きにマジで
こ、ここから選ばないといけないのだろうか。
なんと言うか……改めて、つらい。
隣のネーナを見やると。彼女は目線を合わせ、薄く微笑む。
可愛らしい笑顔だが、私の目は誤魔化せない。
うっすらとこめかみに浮かぶ、ひと玉の汗を、私は見逃さなかった。
「に・げ・て・い・い・か・な」
ネーナにだけ伝わるように、口パクを使う。
すると。
「……ダ・メ・で・す」
と、同じく口パクで返ってきた。
私は内心で、ガクッと。それこそ、手をついて項垂れた(内心ね、内心)。
あうぅ……
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