第6話
「では、これより。シルヴィニア・エル・リンスカーン王女殿下の生誕の日。それを祝し。また、王女殿下のご健在を喜び。我ら王国の、永劫の存続を信じ。
ーー今日という日を、太陽の女神フレイア・ベルクに捧ぐ……」
五人いる元老院のおじいちゃんのうち一人が、杯を片手に高らかに宣言し。それを皮切りに、数十人の来場者たちは無言のまま一斉に、杯を高く上げる。
誕生祭の始まりだ。
そこは、宮廷に存在する一番広い大広間で。主に祭事や、舞踏会などに使用される。
やはり現在の王国の状況から、無駄な祭りや舞踏会などは無くなってしまっていて。隣国を含めた貴族たちの懇談会か、年に一回の私の誕生パーティに使われるくらいだろうか。
天井は高く、隅々まで清掃されていて埃ひとつ無い。柱や壁には今日の為に用意されたであろう、花や織物、タペストリーなどが飾り付けられて。普段よりも、ぐっと華やかさを強調させた。
部屋の端には長テーブルが置かれ、ブッフェ形式の料理が所狭しと並んでいる。
椅子は壁際に数脚あるのみで、基本は立食だ。
宣言を済ませた元老院のおじいちゃん達は、一口、二口を口に含んだだけで、早々に会場を出て行く。
帰り際、私の方を一瞥し軽く会釈。私もにこやかに手を振って、おじいちゃん達を見送った。
「うぅ、シルヴィ……ほんと、私が居てもいいのかなぁ」
ネーナは居心地の悪そうな表情で、私の腕を掴む。
「うん、いいっていいって。ネーナは、私の隣に居てね。お願い……」
実は心細いのは、私も一緒だったりして。
ツカツカと規則正しい、靴音が聞こえる。それはもちろん……
「シルヴィニア様、少しよろしいですか?」
キャロライン先生は、電光石火のチョップなどなかったかの様に、いつも通りのお堅い表情で、私に話しかけてくる。
「はい、先生。なんでしょう?」
「先ほど来られていた、パブロリーニョ公国の方々の件ですが。こちらで書簡を受け取り、中を確認させて頂きましたので、それの報告に」
「はい、分かりました。場所を移した方がいいですか?」
なんとなくだが、先生は若干険しい顔を作る。
「いえ……」
先生はあたりをさっと見回し。
「いえ、ここで問題ありません」
「分かりました。では、お願いします。あっ……その公国の方々はどうしましたか?」
それなりに武装もしていた彼ら三人(プラスお馬さん三頭)。今日のパーティに参加するとは思えなかったが、一応聞いてみる。
「ゴメス様が、お見送りに。ーー早々に帰るそうです。せっかくの生誕祭に、不躾で大変申し訳ないと……」
「そうですか。分かりました。では、書簡の内容をお願いします先生……」
なんとなくだが、私にとってはそれほど重要な事では無い気がした。
もし重要なら、先生は絶対に別の場所に移ろうとするはずだ。
「ええ、はい。実は、本日パブロリーニョ公国の第一公子殿下も、ご列席くださる様、お願い申し上げていたのですが。それが来られなくなったとの要件がひとつ……」
ひとつ? もうひとつあると言う事だろうか。
私は黙ることで、その先を暗に促す。
「もうひとつは……シルヴィニア様との婚約の権利を放棄する。という旨の書簡でした……」
あぁ、なるほど。むしろ全然いい。全然いい。
「むしろ全然いい。全然いい……」
声に出てしまった。
キャロライン先生の表情が、瞬間でピキって凍る。いつもであれば、チョップが飛んで来たかもしれないが。流石に、多数の貴族達が見ているこの大広間では、それはし難い。
「……コホン。シルヴィニア様。私の言っている事は理解されてますか?」
「ええ、もちろん。公国の……なんていいましたっけ? あの、王子、あれ〜?」
一応の遠縁にあたるのだが、名前が思い出せない〜。
「……ファルシオン・ヴァン・パブロリーニョ公子殿下です、シルヴィニア様。公国を統治するのは公爵ですから、王子と冠するのは誤りです。ーーふぅ、本当にあなたという人は……」
あ、そうだったそうだった。ファルシオンだ。
かなり小さい時に、一回会ったきりだもんなぁ。同い年だった気がするけど、覚えられないよね。
隣国でもあるパブロリーニョ公国は、もとはリンスカーン王国領に属する地域だった。
当時のリンスカーン王族の中から、最も武力に長け、最も戦において武勲を挙げた者に、公爵の位を授け。
リンスカーン王国の衛星国として、独立を認められたのだ。
それが大体、数百年前くらいで。初代パブロリーニョ公国の公爵は、その時の国王の弟だったらしい。なので私とそのファルなんちゃら(いけね、もう忘れたっ!)は、遠い遠い親戚という形になるのだった。多分……
「あ、あはは……権利の、放棄。ですか。そうなんですねぇ。理由とかって……」
正直、理由など気にならない。なぜなら、婚約希望者みんなその権利とやらを放棄して欲しいくらいなのだ。私は。
でも、それを言ったらまた怒られそうだしね。
「ええ、どうやら。あちらの第一公子殿下は、歴代の公爵家の中でも、剣術において抜きん出た才覚をお持ちの様で。王国の
「へぇぇ、すごい方なのですねぇ。そっか、それで王国に婿入りできないって事かぁ」
武を担う公国に、
まぁ、元々が兄弟から分家した様なもんだろうしね。長い歴史の中で、色々とあったのだろう。
「婿入り、いえ、まぁいいです。その認識で。ーーそれから、第二公子もいらっしゃる様ですが、今は九歳という事らしく。六年を待てば、必ず。という文言も入っておりました」
「はは……なるほど」
まぁ、
聞いてる限り、公国側にこちらとの国交を悪化させる意図は無さそうだから、逆に先生はこの会場で、私に話してくれたのかな。
まぁ私的には、一人減った様で、少し気が楽になったかな。一人分だけど。
「……ふぅ、実は私は。ファルシオン様を、シルヴィニア様の婚約者の第一候補に推してたのです。少し、いや……かなり残念ですが、仕方がありませんね。
ーーシルヴィニア様も、気を落とさないで頂きたい。今日は他の優秀な殿方も大勢呼んでいますので」
落とさない、落とさない。
けどマジかぁ、先生のイチオシだったんだぁ。その人。
それはそれで、見るだけは見てみたかったな。
「それではシルヴィニア様。今は、ご来賓の方々への挨拶をお願いします。後ほど、改めて解禁の報を、皆様の前でいたしますので」
う……やはり、やるのはやるのか。
「は、は〜い……」
私の気のない返事に、分かりやすく眉をひそめて。キャロライン先生は、ネーナに視線を移す。
「ネーナ。シルヴィニア様が、どこかへ逃げない様にお願いしますね」
「は、はいっ! 畏まりました、キャロライン様」
これは、フリと捉えて逃げてみようかな……なんちゃって。
それから私は、ネーナを側に居させたまま。先生の言う通りに、貴族の人達への挨拶回りをする。
これについては、実はそんなに嫌な事ではない。
大体が、昔からの顔馴染みだし。話しやすさにおいては、先生よりも全然緊張しない分ラクだからだ。
みんな、ドレスを着込んだ侍女が王女の横に居たとしても。昔から私達が仲良しなのは周知の事実。少しも嫌な顔はせずに、それなりに話が弾む。
先生や爺やがネーナの参加にダメを出したのは、体面を優先したからだろう。
ふと、会場の窓から空を見る。
今夜は月に雲が掛かっている様で、深い闇がそこに広がっていた。
それがなんとも不吉に見える。せっかくの誕生日なんだから、せめて夜まで晴れて欲しかったな。
「はぁ……」
取り敢えず私は、この先の行事(婚約関係)を思い。深くため息をつくばかりである。
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