2章 生誕祭、婚約解禁、マジで萎え

第5話


 2章 生誕祭、婚約解禁、マジで萎え



 王宮の一角にある湯殿ゆどのは、広さにして普通の民家三軒分くらいの広さはあるだろうか。


 なんか綺麗な女神の彫像が、カメを肩掛けに、それの注ぎ口からドバドバと水を垂れ流して大きな浴槽に水を溜めている。

 ここの設備に至っては、景気の良かった名残の様で。現在ドバドバ出ているのは、まさしく水。

 お湯を沸かすための石炭などの資源的余裕の無さから、沸かしたお湯を循環させる機構は、今では二週間に一回。民間に解放するのが一月に一回の、計三回になっており。

 そこからも、我が国の資源問題は差し迫っているといえよう。


 なので湯浴みというか、実は水浴びに近い。そう……ただの水浴びが、現在のリンスカーン王国、王族のお風呂事情なのである。


 不思議と、土地ごと分断されている割には、水資源の減退は今の所確認できていないらしく。

 そもそも水に事欠かなかった我が国は、そのお陰で生き延びていると言っても過言ではない。


「うぅ……ちべたぁ」

 大きな浴槽の、ただの水溜まりに足をちょんと入れて、私は小さな声でボヤく。

「ふふ、はいシルヴィ、座ってぇ」

 湯浴みの介添はネーナだ。私は真っ裸であるが、彼女はメイド服の袖や裾を紐でたくし上げている。

 お風呂ぐらい一人で入れると、過去何回も言っているのだけどダメらしい。

 もう慣れたからいいけどさ……


「それにしても、シルヴィの鉄球の扱いって、ほんとすごいよねぇ」

 ネーナは石鹸を泡立て、大きな浴槽のふちに座る私の身体を手ずから洗う。洗うのと同時に、揉み解す様に丁寧にマッサージもプラスしている。気持ちいぃ〜


「う、ネーナ見てたの?」

「うん、遠くからだったけど、鉄球に掴まって城壁を越えるとこ見たよ〜」

「じゃあ、先生もそこらへん見てるよね……」

「うん、もちろん。一緒にシルヴィ追っかけたからねぇ。あ、でも……あ、いやぁ〜」

「うん?」

 ネーナは一瞬、言おうか言うまいか悩んだ様であるが、顔だけで振り向いた私と目が合い。まぁいいか、という表情を作り。


「キャロライン様ねぇ、ほんとはシルヴィの事、すごく認めてるのよ〜」

 思いもしないネーナの言葉に、私はキョトンとしてしまう。


「えっ、ネーナ……それマジで言ってる?」

「うん、マジマジ。キャロライン様ねぇ、シルヴィが鉄球使って壁を越えるの見た時ねぇ、『貴方というお方は……どれだけ。どれだけ民を想って……』、なんて言いながら少し涙目になって、こう、両手でフルフルフルフル〜ってさ。やってたの私見たんだから」

 ネーナは微妙に似てない先生の真似をしつつ、両腕で自身を抱いて、体を左右に振って見せた。


「うそっ。うそだよネーナ〜。そんなの絶対、先生がする訳ないもん。もうっ、また私をからかってるんでしょ」

 正直、私にはネーナの表現した先生が、全く想像できない。いや、誰よそれっ!


「えぇ〜、ほんとなんだけどなぁ」

「いや、ネーナ。その割には先生、私にめっちゃ厳しいじゃん」

「う〜ん、そうねぇ。基本はみんなに厳しいけど、シルヴィには特にねぇ。でも、私はそれはしょうがないと思ってるよぉ」

「……え?」

 ネーナは喋りつつも、私の体の洗浄とマッサージは器用に続けている。


「うん……なんだろ。今は、王国始まって以来の危機でもあるし、それに……王族の血縁はほぼ、シルヴィひとりなんだから。

 ーーちゃんと教育しないといけない重圧と、王族の血を絶やしてはいけないって重圧と……色々、あの方が抱えるモノは、きっと……」

 体をほぐすネーナの指圧が、若干強まる。


「……うん」

 父親は、私が三歳の時に亡くなっているのは語ったが。では、母親はというと。


 私が生まれた時に、同時に起きてしまった大陸の分断。その混乱の最中に、十分な産後の処置が施せず、国王よりもすでに三年早く、亡くなってしまっていた。

 そう、今日は私の誕生日であると同時に、私の母親でもあるリンスカーン王妃の命日でもあるのだ。


 少し、しんみりとした雰囲気がその場に流れる。

 カメを担いだ女神が、際限なく送り出す大量の水はドボドボと。大きな大きな浴槽の、その水面みなもとの衝突を繰り返す。

 そんな音だけが、何故かクリアに聞こえた。


「……それじゃあシルヴィ、体流すよ?」

「……うん」

「ニヤリ、てやっ!」

「なっ!?」


 ドボーン。

 ネーナは何を思ったか、私を浴槽へと突き落とした。ただの水が張られた、大きな大きな浴槽へと、だ。


「わぷっ、ちょっ! ネーナ!?」

「えへへ〜、どうですか王女殿下〜? これなら一瞬で全てを流せて、一石二鳥。なんちゃって〜」

 腰に手を当て、ブイサインを向けるネーナ。満面の笑みで私を見ている。


「ふふっ……やったわねネーナ。あんたもこっちに、うりゃっ」

 私の親友は、とっても優しいのだ。


「わっ、ちょっとシルヴィ! 私はダメ、私はダメ〜っ。これ濡らしちゃったらダメなんだから〜」

「えぇ〜、知らなーい。服がなければ、私の服を着ればいいじゃな〜い」

 私はネーナを掴んで、二人して一緒に浴槽へとダイブした。


「きゃああ〜っ!」

 ザブーン……

 

 お互いにじゃれ合いながら、水かけ遊び。小さかった頃を思い出す。

 今日で私は十五歳。

 いつまでも、子供のままじゃいられないのだ。

 そう考えると切なくなるが、前世の記憶を持っている私にとっては。もう一度子供に帰れた十五年でもある。


 感謝……で、いいのかな。正直、まだよく分かっていない。

 王国とか、王女とか。鉄球の事とか。まだまだ分からない事だらけなのだ。

 でも……


「ネーナ、ありがとね」

「んー、ふふっ。ありがとうは、王国のみんなの方じゃないかな」

「そう、かな……」

「そうだよぉ、えへへ」

 

 じゃれあいがひと段落して、私たちは浴槽に大の字になって浮かんでいる。

 この後は、湯殿を出て今日二度目の着替えをしなくては。また、キャロライン先生に怒られてしまう。

 そして、その後は生誕祭だ。

 誕生日の嬉しさと、婚約解禁の憂鬱さと、それから亡き母を悼む気持ちとが混じり合って。


 なんか、変な感じだなぁ。

 ……

 …


 あっ、良いこと思い付いた!



 時刻は、赤く染まる夕暮れ時から、暗い暗い夜の帳が下りる頃。

 私はいざ、誕生パーティの会場へと向かうため、ネーナを連れて颯爽と歩く。


「ふっふっふ……」

「ちょっとちょっと、シルヴィ〜。流石にこれはマズイよぉ」

 私はネーナの手を引いて歩いていたのだが、彼女が途中でその手を振り解き。焦った表情で、私を見つめる。


「何がだい? ネーナ……」

「何がだい、じゃなくてぇ……もう、シルヴィったらぁ〜」

 私の、王女専用の衣装ドレスに身を包んだネーナは、結ってあった二つのお団子を解いており。栗色の艶やかな髪の毛が、ゆるくウェーブを描いて肩口まで流れている。

 メイド服姿も、かなり可愛らしく似合っていたが。やはりドレス姿も似合う美人さんなのだ。私の親友は。


「ちょっと調子に乗った私も悪かったけどぉ。ね、シルヴィ。すぐに着替えよう、ねっ?」

「ふっふっふ、困った君の瞳も実にカワイイよ、ネーナ」

「バカ言ってないで、ね? シルヴィ〜」


 ネーナはもはや、少し涙目である。

「えぇ〜、ダメかなぁ……」


 かくゆう私は、ぴっちりとしたタイトな赤のパンツに、茶色のロングブーツ。そして、礼服用の白い軍服を纏って儀式用のサーベルを腰に差している。

 髪は全体的に後ろに流して、これまた礼服とセットの白い小帽子に詰め込んで、オールバック風にまとめてみた。

 いわゆる、男装だ。


 着替えの時には、めっちゃ二人で盛り上がったのになぁ……

「ふふ、カワイイよネーナ。今夜は僕と踊ろう」

 私はネーナの手を取り、腰を引き寄せた。

「ば、バカ……もうっ。シルヴィ、おねがい〜」


 いやいやのそぶりを見せるも。おや? 心なしかネーナの頬が赤いぞ? そしてつぶらで大きな瞳も、少し濡れそぼった様に潤いが目に見える。

 そんなネーナに、私もなんだか、徐々に、アレっ? 変なキモチになってきて。


 と、その時。

 廊下の端から、猛スピードでダッシュしてきたキャロライン先生が。

「アホかぁーーーーっ!」

 と、電光石火の三連チョップ。を、私の額に決める。

「あだっーーーっ」

 あだっーーっ

 あだっーっ

 ……


 もちろん、私はめちゃくちゃ怒られ。すぐさま着替えさせられた。

 

 唯一良かったのは、ネーナの格好はそこまで指摘されず。ドレス姿のまま給仕をやらせる訳にはいかない、という事で無事(まぁ、大体は私がゴネたんだけど)。

 ネーナも一緒に、誕生パーティに参加できる運びになったのだ。

 よし! 狙い通り。なんちゃって……えへへっ。


 そして会場へ。


 亡くなられた王妃に捧ぐ哀悼の儀からしめやかに始まり。

 いよいよ、私とネーナの誕生パーティが開かれる。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る