第4話


 黒騎士とは。

 ここら地域を分断した黒い光の災害後に、突如現れる様になった明確な敵意を持ったナニカで。人を襲う。

 正直、今だはっきりとした正体は究明できていない。が、分かっている範囲で言えば人間ではない。おそらく生物ですらないだろう。


 黒騎士、黒魔獣、黒魔鳥と。便宜的に分類した姿形が現在まで確認できている。

 二足歩行、四足歩行、有翼型と分けた形らしい。

 それらに共通するのは、黒い鎧(もしくは黒い鉄)を全身にまとっている事だ。


 そして、これが最も厄介なのだが、斬ったり刺したりの攻撃では怯みもしない。もちろん、鎧の継ぎ目を狙っての攻撃ですら、まるで効果がないという話である。

 まさしく不死身。


 一説には、生ける屍ゾンビやらスケルトンやらの魔物が、ただ武装しているだけなんじゃなかろうか。というのが、有識者の見解で出てるらしいが、確たる証拠は無い。

 ゾンビやらなんやらなんて映画とかコミックとかでしか、私は見た事ないけど……

 鎧を着込むゾンビなんて、それはなんだかすごく冗談めいている。


 一対一の戦いでは、普通の人間にほぼ勝ち目は無い。

 なので対策としては、大勢で取り囲んで動けなくしてから。城門破りなどに使われる破城槌や、投石機などを利用してコナゴナにくらいしか。今の所、対処法は見つかっていない。


 そう、だから私の出番なのだ。

 この鉄球でもって、一撃のもとコナゴナにすり潰せる鉄球王女の出番なの。

 その証拠に、黒騎士はたった今、リンスカーン王国の地面と私の鉄球によって、ものの見事にサンドイッチにされて。うんともすんとも言わなくなっているのだから。

 これが、この国の為にできる、私の数少ない特技の一つ。

 なんだけど……

 

「シルヴィニア様っ!」

 城門の重い扉がゆっくりと開くのに反比例するように、開くなり足早に近寄ってくるキャロライン先生。背筋を伸ばし、ちゃんと外出用のブーツに履き替えていて、真っ直ぐに向かってくる。室内シューズで鉄球を足蹴にしている私へと、だ。

 先生の後ろには、オロオロした様子で爺やと。そして、ネーナが続く。

 もはや、先生の足の速さに付いていけてない様子。


「あ、あう……」

 ずんずんと近づく先生にたじろぐ私は、目を細め、うっすらと空を見る。

 それはまるで、港の埠頭に設置された、係留ロープを巻き付ける突起ポラードに、片足を載っけて遠い目をしながら海を眺める船乗りの様に……

 いや、違う違う。何を考えてるんだ私はっ。


「シ・ル・ヴィ・ニ・ア・様……」

 先生は顔面を、私の顔面に、限りなく近づけて言った。

「何を、なさって、い・る・の・で・す・か?」

「あう〜……」

「あうー、じゃありませんっ! あれほど、鉄球などを振り回すなと言っていたじゃありませんかっ!」


「は、はい〜……」

「一国の王女が、鉄球なんて……見たところ怪我はない様ですが、もし貴方に何かあったら、私はっ」

 先生の後ろから追いついた爺やが、見かねて口を出す。


「まぁまぁ、キャロライン女史。結果的には何事もなかったと言う事で。姫様には、のちほど爺やからもキツく言っときますじゃ……」

 後方からの爺やの援護の言葉に、先生は短く首だけを回す。ギ・ギ・ギッ、と。


 私の方からは顔は見えなかったが、見たであろう爺やと、ネーナの、電撃でも喰らったかの様な絶句した表情を見るに。

 恐怖。

 その文字だけが脳裏に浮かぶ。激おこだぁ〜。


 衛兵や近隣住民の鉄球王女コールは、今の時点でパタリと止んでいる。

 

「ふぅ、いいですかシルヴィニア様。貴方様が我が国にとって、どれほど重要な方なのか。今一度、ご自身でもよくよく、お考えになって下さい。

 ーー私は先代から、貴方の教育を任された身です。先代の賢王様の威光を、シルヴィニア様にも分かって欲しく……」

 永遠に続くかもしれない、先生のお言葉の合間に。私は目線をチラと、ネーナに向ける。


 目が合うなりネーナは、全力で頭を横に、ブンブンと。それはもう、すごい勢いで振った。

 私は再びガクッと項垂れ、ため息混じりの息を吐く。


「は、ふぅ……」

「はふぅっ!? な、なっ、ため息ばつきたいんは、こっちじゃどん。なんしか貴方って人はっ! ーーい、いいですか、シルヴィニア様っ。私は、貴方のためを思い、今日まで……」

 しまった。つい……


 キャロライン先生の気持ちは、私なりに分かっているつもりだ。

 何故なら私も精神年齢で言えば、前世を含めかなりのよわいを経ている。


 だがしかし、引き継いだ記憶にあった筈の精神的な経験値は、たまに発揮されて、たまに発揮されない。

 私自身、自分でも子供っぽくなったなと感じる。

 なので、私は勝手に結論づけていた。

 心は肉体に引っ張られるのだ、と。若い体に、心もすごく若くなったのよ。きっと……

 

「テヘっ……」

 思い切って、テヘペロしてみた。

「てへじゃありませんっ」

 垂直に脳天へとチョップを喰らう。「あでぇーっ」、かわい子ぶりっこダメかぁー。


 ますますヒートアップしてしまう先生だったが、ここで私にとっての助け舟がやってくる。

 パカラッ、パカラッ、パカラッ、と馬の蹄の音が近づいて来たのだ。

 白馬に乗った王子様。ではなかったが、茶色の馬に跨った騎士姿の者が三人。

 

「お取り込み中の所、申し訳ないっ! 我々はパブロリーニョ公国の使者として、パブロリーニョ公爵様より、書簡を預かり、今この場に馳せ参じました。

 ーーどうか、リンスカーン王国の王女殿下、ひいては宮廷官僚、並びに元老院のいずれかの皆様に、取り次いでもらう事は可能でありましょうかっ!」

 馬に乗った一人の騎士が、声高に叫ぶ。


 私は、ハッとして、すぐさま声をあげようとしたが。その瞬間に、先生の手が私の行動を制す。

 同時に先生は、爺やとネーナ、近くに居た衛兵数人に、手だけを動かし何やら命令を下したようだ。


 爺やにネーナ達は、すぐに短く首肯し。私を取り囲む。

 えっ、えっ、と思っているうちに。私の前には、人の壁ができた。それもごく自然な感じで。

 あ、あぁ〜なるほどね。そりゃあ、鉄球を足蹴にして、つっ立ってる王女なんて、他に見せられないよねぇ……ははは、の、は。


わたくしが伺いましょう。お初にお目にかかります、パブロリーニョ公国の使者の方々。ようこそおいで下さいました。

 ーーわたくし、リンスカーン王国、宮廷第一執務室室長を任されます。キャロライン・ベーチタクルと申します」

 先生は颯爽と、馬上の使者の前へ出ていき。畏まった所作で、丁寧にお辞儀をする。


「おおっ、貴方がキャロライン様でしたか。お噂はかねがね……王宮官僚きっての、才女だとか」

「いえ、そんな。私めなどは、一介の宮廷勤めに過ぎません。では、ここより王宮へと取り次ぎ致しますので……誰かっ」

 先生はパンっと手を叩き、衛兵を呼ぶ。


「使者の方々を、王宮の応接間に通してくれますか? 私も後ほど伺います」

「はっ」

 衛兵は小気味よく返事をして、馬共々、公国の使者を王宮へと案内していく。


「ふぅ……では。ゴメス様?」

「ええ、ええ。分かっていますとも。姫様をすぐに湯浴みさせ、着替えさせますじゃ。いいかい、ネーナ?」

「はい、ゴメス様。畏まりました」


 私はここまでで、ただぼーっと見てるだけだ。

 さっきまでの怒りのエネルギーは何処へ行ったのか、先生はすでに仕事モードに入っている。

 テキパキと、みんなに指示を出していく。


「誰か、黒騎士が出現した時に見ていた者はいますか?」、とか。「衛兵たちの初動を聴かせてもらえますか?」、とか。鉄球の保護に輸送の段取り。ペシャンコに潰れた黒騎士の後始末と。事情聴取からその後の復旧計画すらも指示していくのだ。


 先生の主な仕事は王女の教育係なのだが。それには納まらず、内政にまで口を出せる権限をも持っている。

 公国の使者が評した、才女との言説は正しいし。王国でも、先生の才能を高く評価する者ばかりなのだ。

 ほんと、すごい人なんです。私よりも遥かに……


「じゃあ、シルヴィ。行こうか」

 ネーナは私の手を取り、優しく声をかける。

「ネーナ……私っ」

「ウンウン、後でいっぱい聞くから。今はお風呂に入ろうね。せっかくのドレスが、ホコリまみれだよシルヴィ」

「うん……はい」

 

 ネーナに連れられて、項垂れたままの私は、すごすごと王宮への帰路につく。

 と、そこに。


「王女様ぁ、王女様ぁ……」

 トテテテ、と一人の少女が私に向かって駆けてくる。歳の頃は七歳、八歳ぐらいだろうか。

 

「王女様、元気出してぇ。すっごく、すっごく、王女様はカッコよかったよぉ」

 少女は屈託のない笑顔で、私にそう言ってくれた。手には真っ赤なリンゴを持っている。

「はい、王女様ぁ。これ食べて、元気になってねぇ」


「そんな、いえ。それは貴方が食べて……ね?」

 私はしゃがんで、その子の頭を撫でる。きっとこのリンゴは、この少女のおやつか何かだろう。そんなの、とてもじゃないが貰える訳がない。


「ううん、王女様に食べて欲しいの。ええと、あっ! く、くろきしやっつけてくれて、あ、ありがと、ござ、ございまっす」

 少女は一生懸命に言葉を紡いで、そして深く深く頭を下げた。

 目の奥に、何か熱いものが込み上げてきて吹きこぼれそうになるのを、必死に耐える。


「シルヴィ……」

 ネーナは労る様に私の名前を呼び、目線を合わせて静かに頷く。

 貰っても、いいのだろうか。

 この少女の持っている、真っ赤なリンゴを。私が……


「……うん。じゃあ、ありがたく食べさせてもらうね。ありがとう……」

 リンゴを受け取り、私はまた少女の頭を撫でる。優しく、優しく、感謝を込めて。


「はいっ」

 リンゴを受け取ってもらえた少女は、さっきよりも眩しい笑顔を、私にくれた。

 やばっ、マジ泣きそう……


 堪えて上を見る。そのついでに、キャロライン先生を目の端に捉えたが。

 先生は見ないフリをしているかの様に、こちらに背を向け。衛兵達に忙しなく指示を出している。


 ネーナが肩に、そっと手を置く。

「それでは、王女殿下。参りましょう……」

「はい……よ、よしなに」

 

 侍女は王女の手を取り、道行を少し先に先導する。

 せめても今は、この少女の目の前では。カッコいい王女でありたい。

 背筋を伸ばし、優雅にゆっくりと、王宮へと進む。


 どうゆう理屈で、私は輪廻転生して。この世界に生まれ落ちたのか。全く、訳がわからない。けど……

 取り敢えず頑張ろう、と。

 私は思った。

 

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