第3話


 私は前世の記憶を持って、この世界に転生してきた普通の女である。

 だが……


 何故かは分からないがこの世界で育っていく中で、ある特技があるのに気が付いた。

 それは、鉄球だ。


 自分で言っていても、正直よく分からないのだけど。

 

 言葉におこしてみても、笑っちゃうくらいに意味不明だ。


 でも、事実そうなのよ。

 なんでかは知らないけど、とにかく鉄球の扱いが異常に上手いの。私は……


 バンッ。


 行儀悪く走って着いた先は、王宮の端に建てられた倉庫の扉。それを勢いよく開けた。

 中の壁際にはズラッと、大小様々な鉄製の武具が並ぶ。

 ここはいわゆる武器庫である。


 その最奥に、ひときわ鈍く光る塊が一つ。

 威容をはなって、鎮座している。

 まるで、その他の武具達がその塊に敬意を払って、静かにかしずいてる様に見えてくる程だ。


 王国の技術のすいを集めて造られた、国宝指定の鉄球……なんだっけ、名前。忘れちゃった。なんかすごく長ったらしい名前なんだよね。朝っぽかった気もするけど。


 まぁ、名前は置いといて。

 私はその鉄球に近づいた。

「いつぶりかな。また使わせてもらうね、鉄球さん……」


 私の胴の何倍もある球体に、尖った突起トゲトゲがびっしりと敷き詰められていて。見るからに痛そうだ。

 繋がる鎖も、一つ一つのリンクは、私の掌でようやく掴めるぐらいにおっきく。

 その先に繋がる持ち手の部分ですら、長く太い。人を殴れば、それだけで大怪我を負わせられるだろう。


「よいしょ……」

 普通であれば大人五人がかりで持ち上げる鉄球を、私はヒョイと持ち上げた。

 重厚感のあるジャラッとした鎖の音が、倉庫内に響く。


 ちなみに私は怪力ではない。何故か私が持つと軽いのだ。

 ほんと不思議だなぁと思う。自分でも。

 誰かが言ってた「鉄球に選ばれし者って」。いやっ、かよわい乙女に、鉄球が似合うってどうよ、ほんとに。


 最初は嫌だったなぁ。サイアク……。でも、これで戦えると知った時。

 私は少し嬉しかったのを覚えている。私にもできる事があったんだって。だからっ。

 

「私だって……」

 すっと背筋を張って、ネーナが教えてくれた城門の方を見据え。

 私は駆けた。


 危機的な状況の中。みんなは一人一人、自分に出来ることをやっていって、どうにか今がある。

 日を追うごとに生活は厳しくなっていくが、王女の食す物だけは、と。私の食事だけは可能な限り、豪勢にしてくれているのも知っている。

 だったら私だって。可能な限り、それに応えたいじゃない。

 ……

 …


 大雑把に言えば、王宮の周りには城壁が張り巡らされ。そこから外は、円形に王宮を囲んで市街地が展開していく。いわゆる城下町である。

 城下町のさらに外側には外壁があって、敵の侵入には敏感なはずだけど。と、そこまで考え。

 私は、城門まで到着する。


 城門は閉められていて、数人の衛兵が手には槍を持って待機。外の様子を伺うように、右往左往していた。


「黒騎士。黒騎士はどこですか?」

 ジャラジャラとした鎖の音に気付かない位には、逼迫しているのだろうか。

 声をかけた途端に、ハッとしてこちらを見る。


「し、シルヴィニア様っ!?」

 他の衛兵も、ワラワラと集まって来た。数を見るに、大体の兵は閉められた城門の外へ居るのだろう。

 壁越しに、外が騒がしいのが伝わってくる。


「門を開けて下さい! 私が出ますっ」

「な、いや、そんな。シルヴィニア様っ、危険です」

「大丈夫です、ねっ?」

 国宝の鉄球を事もなげにジャララと見せつけ、スマイル。

 いつの頃からだろう。私が鉄球を操る様を見て「鉄球王女」、とあだ名されたのは。


「ですが……しかしっ」

 目が泳ぐ衛兵。顔色を見るに、多分。キャロライン先生あたりから何か言われてるな。

 鉄球を振り回すさまを、一番快く思っていないのは先生なのだ。いや、当たり前か……

 一国の王女のする事じゃないしね。


「じゃあ、無理に通ります。ごめんなさい」

 黒騎士には、私じゃないといけない理由がある。

 私は壁に向かって走り出す。


「ちょっ、シルヴィニア様っ……」

 止める衛兵の声は無視して突っ切る。

 私は走りながら鉄球を、城壁の方へ天高く放り投げた。


 大人五人でも持ち上げるのがやっとの鉄の塊は、重力を無視したかの様に宙を舞う。

 鉄球に繋がる鎖。またそれに繋がる持ち手の柄に、放り投げた鉄球の力が伝わって。

 それを握っている私は飛んだ。


 何度も言うが、どうなってるかは私にも分からない。

 投げられた重い物に、それよりはるかに軽い物が括られていれば、それは確かに一緒くたに飛んでいくだろうが。

 投げたのは私自身なのだ。

 ほんと不思議なのよね。


 ともあれ私は、鉄球を投げた方向。つまり城壁の上へと飛んでいく。

 三メートルから五メートルくらいの高さなので、行けると思っていたが。やはり行けた。飛べた。跳んだ? まぁいいや。


 細かいコントロールをした訳ではないので、城壁のてっぺんが真下に来た時に。私は跳んでいる鉄球を、くんっ、と引っ張って制動をかける。

 無事、てっぺんへと着地。

 ズズン……


 引っ張った鉄球を空中でキャッチしそのまま降りたが、着地時にはそれなりに激しい音がして、床が割れた。

 もちろん私にダメージはない。今の私って、体重何キロあるんだろう……いや、考えないようにしよう。


 城壁の上から、騒がしい方向を見てみると。衛兵数十人に取り囲まれた黒騎士を発見する。数は一体だった……えっ、それだけ?

 城下町の人は退避が終わっているのか、見当たらない。

 単体で街中に現れた事は大分気になるが、それは後回しでいいだろう。


 黒騎士は、真っ黒な全身鎧を着用し、手には剣と盾をそれぞれ持っている。そして、だらりとした猫背から、およそ力任せ(私にはそう見える)に剣を上下左右に振り回す。

 兜から覗く顔は正直よく見えないが、赤く発光している二対の目玉は確認できた。

 正直、人間でないのは一目瞭然。


「みなさーーん! どいて下さーーいっ」

 城壁の上から声を張り上げ、それから鉄球を頭上で振り回す。

 持ち手を起点として、鎖に繋がれた鉄球を、グルングルンとぶん回すのだ。

 もはやその回転はヘリコプターのプロペラみたいに唸って、私をここから、どこか空へと連れて行ってしまうのではないかと思わせる程。風切り音が耳に痛い。


「どいて、どいて、どいてぇーーっ!」

 城壁の床を蹴ってジャンプ。狙いを黒騎士に絞って、右手に力を入れた。

 鉄球に加わる遠心力。持ち手から鎖にかけて流れる力。上昇する力に、下へ向く重力。それら全てが私の感覚の延長であるかの様に、私には感じられるのだ。

 そう、


 黒騎士を囲んでいる数十人の衛兵は、声のする方を見るなり、驚愕の声を漏らしギョッと目を剥く。が、瞬時に危機を察知し。蜘蛛の子を散らす様に、慌てふためきバラバラと散会していく。

 ある者は四つん這いに。またある者は手に持っている武器を投げ捨て、とにかくその場所から少しでも遠くへ、逃げる。


 空中から巨大な鉄球をぶん回しながら、飛び降りてくる王女がいるのだ。そりゃ、怖いよね。

 でもっ!

 私は鉄球を、身体の延長みたいなその鉄球を。

 ふり落とす。


 ーーガッ、ゴゴンッ!!


 強烈な破砕音が響き。黒騎士が立っていた場所ごと、無慈悲な鉄塊てつかいが触れるもの全てを薙ぎ払い。

 圧倒的にすり潰し。

 破壊する。


 さっきまで騒然としていた場の空気は、水を打った様に静まり返るが。反面、破壊の振動による残響だけが、微かに街の建物を揺らして。ゥワン、ゥワンと、この場を包む。


「ふぅ、やったか……な?」

 腕で額を拭う私は、尖った突起トゲトゲの付いた鉄球本体(半分、地面にめり込んでいる)に無事、着地済みである。が……


 あ、やばい。室内用の靴で来ちゃってる私。

 足が乗る鉄球は、なぜか温度が高くなっていて。室内シューズだと底が薄い分、じんわり熱さが伝わってきて気付いてしまった。

 また先生に怒られそうだな、私……


 カクッ、と項垂れる私と同じくして。

 蜘蛛の子を散らす様に逃げまどっていた衛兵達が、歓喜の声を上げた。


「鉄球、王、じょ……鉄球、王女っ。鉄球、王女っ! 鉄球、王女ぉぉっ!」

 誰ともなく、自然と湧き上がったその言葉は。一人が二人に増え、四人、八人。数十人いた衛兵が全て、その言葉を合唱するのにさした時間はかかっていない。

 

「あ、いや〜……えへ。う〜ん……」

 讃えてくれる嬉しさと、十五の娘にそのあだ名はどうなのよ。という二律背反に苦しむ私。

 その間にも合唱は膨れ上がり。両拳を突き出し叫ぶ衛兵達に、退避したはずの近くの住民も混ざってきてしまい、盛大な鉄球王女コールが形成されてしまった。


「な、はは……は、は、いやぁ〜、ねぇ……」

 巨大で痛そうな鉄球を足蹴に、恥ずかしさから片手を後頭部に当て照れ笑いをしている姿は、一体どう見えるだろうか。


 膨らんだ鉄球王女コールに導かれる様にして、閉められていた城門の扉が開く。


「シルヴィニア様っ!」

「う、あ……あ、あへぇ」

 開口一番、その聞こえた声に。

 私は思わず、だいぶ間抜けなうめき声を出してしまう……

 

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