第2話

 十五年前。

 リンスカーン王国を含む、ここら一帯は。突如現れた謎の黒い光によって、他の大陸と分断されてしまった。

 私が生まれた日に、だ。


 直接間近で、その黒い光を見た事はないが。話によると、地面を割って空にまで、高く高く光は伸びているらしい。

 そして、そこから先はどうやっても通行が不可能で。また、光の向こう側からやってくる人間も、今の所確認できないという事だ。

 ここらの地域だけが、黒い光の檻にでも閉じこめられてしまった様な状況と言えばいいのだろうか。


 それまで交流のあった、他の国々とは全く連絡を取れなくなり。

 私達リンスカーン王国と、隣国のパブロリーニョ公国を残し。私達は完全に陸の孤島と化したこの地域に、閉じ込められている状況になっている。

 

 鉄鉱石の採掘、加工、鉄の輸出などの産業が、リンスカーン王国とパブロリーニョ公国の主だった経済基盤であったが。

 閉ざされてしまった現在では、鉱山発掘も困難だし、そもそも輸出先の国に行けないのだから交易もできない。

 もはや未曾有の大危機に見舞われてしまった訳だけど。


 賢王とも謳われていた、亡くなった私の父。前リンスカーン国王が、その名に恥じない統率力を用いて、この混乱を鎮め。

 国内自給率を高める方向に、すぐに舵を切ってくれたので。今がある。

 そういう事らしい。


 まだ私は小さかったし、転生したという事実に慣れるのに大変で。国王の事はほとんど覚えていない。

 それか仕事が忙しすぎて、娘にもほとんど会えなかったのかな。

 小さい頃の記憶の多くは、ネーナに、ゴメス爺や、キャロライン先生ばかりだから。

 国民みんなの、国王への信頼や尊敬を肌で感じる度に。あぁ、すごい人だったんだなって思う。

 ……

 …


 昼を少し過ぎたあたりだろうか。

 午前の公務を終え。キャロライン先生に言われた会議室を目指し、ネーナを連れ立って歩いている。


 公務といっても、歴史や政治学の勉強だ。それぞれ専門の侍講じこうが、教鞭を振るって私の頭を悩ませるのだ。

 歴史も政治も、私には縁の無いものと思ってたけど。務めと言われれば、仕方がないよね。

 

 会議室の扉の前に到着する。

 ネーナが先んじて扉をノックし、それから開けた。

「シルヴィニア王女殿下、入られます」

 ネーナは深々とお辞儀をして、後ろから私は会議室に入っていく。

 たかが会議室に入るのにも、中々苦労する。どうにかなんないのかな、コレ。


「シルヴィニア様はこちらに。ネーナ、ご苦労様です。下がりなさい」

 キャロライン先生はそう言うと、広い会議室の、奥の方へと私を誘導してくれる。

 ネーナはそのまま一礼し、外から扉を閉めた。

 広い室内には、大きな長テーブルが一台。十数個の椅子が並び。王宮らしい華美な装飾が、壁やら柱やらに施されている。

 そこに私も含めて三人。


「おお、シルヴィニア王女殿下。本日もお元気そうで何よりですじゃ」

 禿頭で白い髭がトレードマークのゴメス爺やが、恭しく挨拶をする。

「爺や、昨日も会ったじゃない。むしろ毎日会ってる」


「ふふ、姫様はいつもそう爺やに意地悪ばかり。姫様の元気そうなお姿を、毎日拝見するのが、この爺やの唯一の楽しみですから。ふぁふぁ」

 別段、爺やの事を意地悪するつもりはなかったのだけど。意地悪ついでに、思い出した事を言っておかねば。


「ねぇ爺や。今日のパーティ、ネーナも出席できる様にって。なんでやってくれなかったの?」

 意地悪で思い出したから、つい口をついて出てしまったが。ダメなものは駄目だよね、分かってる。言葉にしながら、ネーナに言われた事を思い出す。


「う、それはっ、あの……」

 爺やは目に見えて狼狽えてくれたから、少し溜飲は下がったかな?


「シルヴィニア様。駄目なものは駄目なのです」

 キャロライン先生がピシャリ。しまったぁ!

「大体、シルヴィニア様は日頃から、王女の務めをなんと心得て……」

 始まってしまったぁぁぁ。

 五分ほど私は説教。もとい、先生のお小言を味わうハメになってしまう。

 

「ま、このくらいでいいでしょう。では本題に入ります。よろしいですか、シルヴィニア様」

「は、はい……」

 微動だにしない五分間は、まさしく苦痛で。いや、やめておこう。


「よろしい。では、ゴメス様。あの件の進捗をお願いできますか?」

「ええ、ええ。では不祥、このゴメスから。ーーコホン、えぇ……姫様への婚約志願者、および有望な方々の情報を、大分とお調べしてここに。ふぁふぁ、老体には中々こたえましたぞ」

 爺やは会議室の長テーブルに、自身が用意したであろう資料を並べる。

 婚約者の、情報? 有望?


「ちょ、ちょっと待って。ちょっ待って爺やっ。婚約解禁を発表するじゃないのっ!?」

「ええ、姫様。まさしく。ーーだもんでついでに、事前に有望な方やそうでない方を選別するのですじゃ」

 ですじゃも電子ジャーもないって。聞いてないからっ!


「え、待って待って、そんな事……」

 慌てて言葉を紡いだ私に、キャロライン先生は背筋が伸びたまま、身体ごとこちらへと向き一呼吸。


「シルヴィニア様、いいですか? 仮にも王女たる者が……そんなっ、鳩が豆鉄球てっきゅう喰らった様な顔をするんじゃ、、ありませんっ!」

 キャロライン先生は水平チョップを、私のおでこに決める。

「あでっー!」


 出自が平民出の先生は、怒るとたまに地が出て。ほんの少しだけ暴力的になる。激おこりの時は、さらに方言まで出てきて、その迫力はものすごい。

 一回だけ、それを経験した事が私にはある。 


 先生も、元老院(主に摂政を司る機関)のおじいちゃん達も、しきたりにはうるさいが。おじいちゃん達は、それなりに私には優しい。

 自由奔放で元気な性格と思われて、おじいちゃん達的には可愛く見えるのだろう。私はただ、前世で培った庶民感覚が抜けないだけなのだが。


 キャロライン先生も庶民だった事があるなら、そこらへんの感覚を、もうちょっと共有できそうなものなのに……

 うぅ、私は単純に先生を怖れている。

 ちょっと赤くなったおでこをさすりながら、背筋を伸ばす。今日の所はもう、説教は御免被りたい。


 教わった王族スマイルは、ちゃんと出来ているだろうか。下腹部に力を入れて、口角をほど良く上げたまま、歯を見せない様にニッコリと笑うのだ。ーーゼッタイ、変な顔になってる気がするぅー。


 が、そんな私の胸中とは裏腹に。爺やと先生は、テーブルに並べられた資料に目を通していく。

 真剣な眼差しだ。

 ゴクリ……

 緊張からか、喉が鳴ってしまう。


「ゴメス様、この方などよろしいのでなくて?」

「おお、さすがキャロライン女史。身分は申し分ないですし、中々の博識という話。ですが、調べによると最近、腰を痛めたという話ですじゃ」

「なるほど、腰……ですか。ではこちらの方はどうです?」

「おお、お目が高い。しかしその方は、男爵家の三男坊なのです」

「……ゴメス様。それはもう、その時点で弾いては?」

「やや、しかし。この方は、街でも噂の美丈夫なのですじゃ」

「なるほど……では、こちらは」


 私が固まって、笑顔を貼り付けている間に。二人は会話を進めていく。

 私の婚約者に相応しい人物を私抜きで、だ。

 この国の、切羽詰まった感じが見て取れる。私は必要なのだろうか……

 

 確かに、危機に瀕している私達の国には選べる選択肢は少ない。

 爵位か、丈夫さか。はたまた見た目か若さか。黒い光に閉じ込められている事も思えば、国内周辺に限られてしまうし。

 隣国のパブロリーニョ公国に範囲を広げたとしても、増える人数などたかが知れている。

 限られた資源なのは、人も同じなのだ。


「では、シルヴィニア様。この方などどうでしょう?」

 急に、話を振ってくる先生。

 ただ固まったまま、これ以上怒られない様にしてただけの私には、なんとも答え難い。


「は、はい……私にはどの方も勿体なく。また、不束ものの私にはまだまだ精進が……」

「なんち言いよっとかっ! わっとこの王女に、ふさわしくない奴なんち、おる訳なかとぉがっ!」

 目をカッと開け、すごむ先生。

 

「ヒェ……」

 早くも二回目が、今。起こってしまった。

 爺やは初めて見るのかも知れない。あんぐりと、口を開けて目をひん剥いている。


「……あ、いえ。し、失礼しましたシルヴィニア様。しかし、王女にふさわしくない者など、この国にはいませんし。また、殿方にとっては貴方様に選ばれる事は、誉れ以外の何物でもありません……オホン」

 恥ずかしそうにキャロライン先生は、顔を赤らめ。苦し紛れに咳き込んだ。


 と、そんな時である。

 会議室の扉が勢いよく開き。かなり焦った様子でネーナが、叫ぶ。

「た、大変ですっ! 黒騎士です! 黒騎士が出ましたっーー」


 ラッキー! いや、ラッキーじゃないけど。良かったぁー!

 肩で息をするネーナに素早く走り寄り。

「ネーナ! どこに出たのっ!」

「シルヴィー。城門っ、城門前のとこー」

「うん、分かった! それじゃ先生、私はこれで」


 先生に向かって無作法に手で合図を送り、私は走り出す。何かしら喚いているが聞いてないふりで誤魔化そう。

 

「しかし、久々ね。黒騎士なんて……」

 私は、あの鉄・球・が置かれている倉庫へと。ドレスの裾を両手で大胆にたくし上げ、向かう。


 ふふ、

 

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