鉄球王女 〜二度目の人生、アイとはナニかを考え出す〜
シエテラ
1章 リンスカーン王国に生まれまして
第1話
プロローグ
ぴ・ぴ・ぴ・ぴ……
病室に電子音が響く。
どこか無機質で突き放した様に感じるのは、私の寿命が尽きようとしているからだろうか。
「あ、あな、た……」
自分でも分かるくらいに、掠れた声だ。でも、まだ声が出せるだけでありがたい。ベット近くで椅子に座る夫に手を伸ばす。
五十年以上を連れ添った見慣れた顔が、無言で手を握る。
思い返せば色々あったが、悪くない人生だった。と、思う。
「次、また生まれ変わっても……また。私と一緒になってくれます、か……?」
弱まった肺が、言葉に変な抑揚をつけてしまうが。きっと、聞き取れている筈だ。
夫は、たっぷりと間まを取り。伏し目がちに下を向く。
昔から表情では感情を読み取れない男なのだが、長年一緒に生きてきたのだ。色々と思い出し、涙腺が緩んでいるに違いない。
誠実を絵に描いた様な人だから。
私の目頭も少し、熱くなっているだろうか。
そして、夫は短く息を吸い込み、言葉を発する……
「あぁ……いや。それはいいかな」
夫は歳相応のしゃがれた声である。
は?
え、は?
はぁぁぁぁぁああ“あ“あ“っ!?
そこで私の記憶はプッツリと途切れ。
暗い海へと沈んでいく。
……
…
「ま、ま、ま……
ベットのシーツを剥ぎ取り、絶叫しながら私は跳ね起きる。
また、アイツの夢を見てしまった様だ。
陽光が差し込む広い部屋。その中央に置かれた天蓋付きのベットの上で、少し息を切らしながら、寝汗を腕で拭った。
こんなはしたない行為を先生や爺やに見られたら。またチクチクと、お小言を言われるかもしれない。
ネグリジェの湿った袖の部分を乾かす為に、宙でハタハタと腕を回す。
「はぁ……もうっ、サイアク……」
私は今日、十五歳になった。
シルヴィニア・エル・リンスカーン。
それが今の私の名前。
リンスカーン王国の、第一王女として輪廻転生してしまった私の名前だ。
記念すべき十五回目の誕生日の、その素晴らしい朝の始まり。な、はずなのに。
前世の記憶が残ってるとゆうのは、実に。
実にサイアクだ。
1章 リンスカーン王国に生まれまして
こんこんと、寝室の扉をノックする音が聞こえる。
「はい、いいですよー」
ネグリジェの上から、シーツに掛かっていた上着を着込む。
「失礼致します、シルヴィニア様。おはようございます。朝のお召し物のお着替えに伺いました」
メイド服の裾を軽く摘み上げ、お辞儀をする女性。後手で扉を閉め、行儀良く両手をお腹あたりに重ねて、再度深くお辞儀をする。
「おはよう、ネーナ」
「おはようございます、シルヴィニア王女殿下」
「もうネーナ、やめてよ王女殿下なんて」
「ふふ……」
どっと、二人して笑う。
彼女はネーナ・ハッシュルトン。王女そば付きの侍女である。
そして、私と同い歳で。生まれた日付も同じという。控えめに言っても、親友と言っていいだろう。
彼女がいなければ私は、相当心細い幼少時代を過ごしたに違いない。
「ふふ。シルヴィが王女殿下なのは間違ってないでしょ?」
「そりゃそうだけどさ。やめてよ、ほんと。最近その重圧に、どんどん押し潰されそうなんだか」
「あ、聞いた聞いた。婚約者を決めるんでしょ? えぇ〜、誰にするのぉ〜? もう決まってるって噂もあるけど〜? シルヴィ王女殿下〜」
「もう、違うったら。婚約解禁の発表だけ、なんだから。もう……」
化粧台に座らされ、まずは髪をとかしてくれるネーナ。意地悪そうな笑みを携え、ニヤニヤと鏡越しに目が合う。
私は少し仏頂面を作り、口を尖らせてみる。
「えへへ、ごめんごめんシルヴィ。そうなんだ、発表だけなんだ」
ネーナは、ちょろっと舌を出す。
栗色の髪の毛を、後ろで二つのお団子にまとめ。メイドカチューシャを頭部にちょこんと載っけている彼女は、実に可愛らしい。
表情や雰囲気こそ十五歳の少女のそれだが、宮仕えとして清潔感にも溢れている。
私もへへっとはにかみ。鏡に映った自分に、目線を移す。
背中まで伸びた金髪は、陽の光を艶やかに反射させ。瞳はダークブラウン。我が事ながら、整いすぎた顔立ちと。幾分と発育が良い、しなやかなボディライン。
十五年も見ているのだから、すっかり慣れたが。
これが、今の私か……
控えめに言っても、私は美女だろう。なんちゃって……えへへ。
今朝見た、サイアクな夢の上書きをしなくては。
「そういえば、ネーナ。今日の予定って、誕生パーティさ。ネーナも参加できるんでしょ?」
「あ、あぁ……それがねシルヴィ。やっぱり私はダメって、ゴメス様が。王族の宴には、いかに私が王女様のそば付で、同い年で、仲良くっても、ね。他の貴族様達がいい顔しないからって……ごめんね、シルヴィ」
「くっ、爺やめぇ。昨日はよくよく熟考しまして、シルヴィニア様に良き方向を〜。とか言ってたのにぃ」
ピッシリとした執事服に身を包み、私よりも小さい背に、禿げ上がった白髪。そして、白髭の老人を思い浮かべる。
「ふふ、ゴメス様も執事長として色々大変なんだよ。分かってあげてよ〜」
「む……むぅ」
大変なのは知っている。今の王族の状態や、国の状態。正直、かなり差し迫った問題が山積みなのだった。このリンスカーン王国は。
くそぅ。今日のパーティで、私の婚約解禁を発表するのを。純粋に、ネーナと一緒に祝うって事で、ちょっとお茶を濁そうと思っていたのに。
「うーん、みんなの前での発表は避けられないかぁ……」
「え、シルヴィ……ヤなのぉ?」
不思議そうな顔で覗き込むネーナ。
「嫌っていうか。うーん、心の準備というか……なんというか、ごにょごにょ」
前世では、大体の人が自由恋愛だったし。家柄とか、ましてや王族などとはかけ離れた所で生活してた、ただの庶民なのだ、私は。
ましてや、体はまだ十五歳の小娘である。
早いだろ。あと、解禁ってなんだ! というのが、前世から引き継いでしまった私の感覚だ。
前世の記憶がなければ、すんなりと受け入れられていたのだろうか。
分からない。
「まぁ、そのぉ。この国の現状はもちろん知ってるから、そりゃ……統治するべき王様は必要なのは分かってるけどさぁ。けどさぁ……」
この国の王様は、十数年前に亡くなっている。そう、今の私の父親は、私が三歳の時に死んでしまったのだ。
表向きは私が王位を継いでいるが、国の統治など私にできるはずもなく。周りの大人達がなんとか今まで、政治を行なってきた。
だがやはり、王国には王が必要で。それは長い事、男性による王位の継承を続けてきた歴史から。
男の統治者である事の安心が、広く民衆の意識としてあるのだろう。
誰もはっきりとは言わないが、私も馬鹿ではない。
なんとなくで、察してしまうのだ。
「っと、はいっ。出来上がりっ。じゃ次はお召し物ですよ〜、王女殿下〜」
ネーナは私の背中をバンと叩くと、クローゼットに足早く近づき。今日の服装を選び出す。
何着もある中から、毎日違うものを選ぶ。そのコーディネート如何によって、王女のそば付きとしての能力や。王女の品格を測られてしまう為。
一番の重要事項なのだそうだ。ネーナが言っていた。
ふぅ、と一息ついて。彼女が編んだ髪をみる。
綺麗に編み込まれ、後ろに流された金色の髪は、さすがネーナ。気品に溢れていて、元庶民の私は鼻が高いですよ。
しかし、結婚かぁ。
「なんだかなぁ……」
ふと、前世のアイツを思い出しそうになって、頭を振る。
今日は誕生日、今日は誕生日。
この国の人々は、みんな良い人だ。小さい国になってしまったのだが、私はみんなが好きだった。
よし、今日も頑張ろう。
……
…
朝食を終え、ネーナを連れて王宮の長い廊下を歩いている時だ。
向こうから、三人の人影が近づいてくる。
「今日もご機嫌麗しく、シルヴィニア・エル・リンスカーン様」
恭しく頭を下げる先頭の女性に、後ろの二人もそれに続き、深々とお辞儀をした。
「はい、おはようございます。キャロライン先生」
私はネーナに仕立ててもらったドレスの裾を、少し指でつまみ。浅い会釈を返す。
なんでも王族は、人が下げた頭より下げてはいけないのだとか。
今目の前にいる、私の教育係でもあるキャロライン先生に教わった事だ。
気を抜くと前世の癖が出てしまい、よく先生に怒られる。
「シルヴィニア様……今日でもう、立派な淑女なのですから。裾を指で摘むのは、おやめ下さいませ。それは子供か、侍女がやる事です」
うっ。早速怒られてしまった。
「は、はい……」
しゅんとして下を見ると。真っ赤な絨毯が、目に痛い。
「それでは後ほど、今日の生誕祭の打ち合わせをゴメス様としますので、シルヴィニア様もよろしいですね?」
「は、はい……」
キャロライン先生は言いたい事は済んだのか、また深々とお辞儀をしては。コツコツと、規則正しく廊下を鳴らしながら去っていく。
他の二名も、それに続いた。
「先生だけは、苦手だなぁ……」
ぽつりと呟いた言葉が、ネーナのツボに入ったらしく。くつくつと肩を震わせ笑っている。
私はそれを見て、唇を尖らせた。
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