第11話 ほんの少し、近付いた距離

 ———3月12日。


 時が経つのは早いもので、俺達は無事高校1年生を終えた。

 と言っても、本当についさっき終業式を終えたんだけどな。


「結局、俺が標的になることは無かったな……」


 俺は1人で教室に戻りながら、証拠動画が2つしかないことを杞憂して、小さくため息を吐く……と同時に周りの視線が集まっていることに気付いた。

 周りはやっと学校が終わって春休みに入るという話題で浮かれる中、嘆息する俺は結構目立っていたのだろうか。


「どう思う、高木?」


 俺は、偶々通り掛かった同じクラスの結構仲の良い友達———高木大晴たかぎたいせいに尋ねる。


 バスケ部の次期エースの言われるほどに強い高木は、運動神経は勿論、顔もイケメンで178センチという高身長まで手にした男だ。

 ただその代わりに、勉強はそこまで得意ではないのか、常に俺と競うくらい(200位中150位くらい)……あれ、俺が勝ってる要素無くね?


 現実を見て勝手に落ち込む俺に、高木がジト目を向けながら言った。


「……何がどう思うんだ? 最近は良く何処かに消える薄情者さん」

「やめ給え、高木。幾ら俺が皆んなのアイドルだからって姿が見えないだけでそう怒るなよ」

「自分をアイドルと言うなら、まずは鏡を見てから言うんだな」

「なっ———」


 コイツ、言ってはいけないことを言いやがった!


「もう許さねーぞテメェ! ついこの前俺達に確定で付き合えるとか豪語して告ったら、結局フラれたことは黙っててやろうと思ったのに!」


 今度は高木が噴き出す方だった。

 咳き込む高木は、親の敵のように俺を睨みながら激昂する。


「おまっ———ふざけんなよこの薄情者が! アレは絶対言わないって約束だったじゃねぇか!」

「はっ、お前が俺をブサイクだと言ったのが悪い。良いか、さっきの言葉を取り消さないなら……俺が学校中を練り歩きながら言ってやるからな」

「何たる害悪!? それなら俺も、この前の小テストでカンニングしたこと先生にチクってやっからな!?」


 ほう……良い度胸じゃないか。

 ただ、1つ言わせて欲しい。


「お前もやっただろ」

「……」

「しかも、たまたま見えてやった1問だけの俺に比べて、自らの意志で4問カンニングした奴がよく言うな。よっ、カンニング高木!」

「変なあだ名を付けるな! た、ただそれは言わないで———」



「———ほう……お前ら、面白い話をしているじゃないか。どうだ、私も混ぜてくれないか?」



 とても良く聞き覚えのある言葉に、俺達はピシッと動きを停止させる。

 フワッと花の香水が鼻腔をくすぐるが……そんなことを気にしている余裕は、今の俺と高木にはない。


 俺達は後ろを振り向くこと無くお互いに目配せして頷くと。


「「これは男子限定なんで。それでは!」」


 全力で静香先生から逃げ出した。

 






「———はぁ……なっがい説教だったな……」


 生徒指導室から我がクラスへの道のりを練り歩きながら、俺は疲れの籠もったため息を吐いた。

 因みに高木は、まだ静香先生の説教を受けている。

 俺は別にカンニングしなくても十分に合格点以上だったのと、故意ではなかったのが幸いした。

 頑張れ、高木……お前の骨は拾ってやる。


 「……金ケ崎?」


 俺がボコボコに説教されている高木を思い、生徒指導室がある方角に敬礼をしている最中、芯のある透き通った綺麗な声色で俺の名前が呼ばれる。

 勿論相手は見なくとも分かった。


「おっす、梓川。こんな所で会うとは奇遇だな」


 そう、梓川である。

 嬉しいことに、1週間間ちょっと前のゲーセンを期に、俺を名前で呼んでくれる様になった。

 まぁそれでも、友達か、と問われるとまだまだ首を傾げざるを得ない。

 向こうもこっちのことをまだ警戒している節がある。


「ところでどうした? 梓川から話し掛けてくるなんて珍しいじゃん」

「……暇してたら、偶々アンタを見つけただけよ」


 え……わざわざ俺の近くにやって来て話し掛けてくれたってこと?

 やだ……目の前に天使がいる……。


 まだ2、3週間の間柄だが……始めのツンツン絶対零度の梓川を体験している身からすれば、こうして話し掛けてくれる様になったのは素直に嬉しい。

 俺はその事実に感極まり……涙を流す。


「な、何で泣いてるのよ……」

「圧倒的感動です。子供の成長を見守る父親の様な気持ちに近いかな」

「うわぁ……きもっ」


 ドン引きした様子で毒を吐いてくる梓川。

 どうやら、まだまだあの頃の梓川と違って、ジョークをジョークで返してくれるレベルには達していないらしい。

 …………また比較したな、俺。


 俺がまた勝手に自己嫌悪に陥っていると……梓川が控えめに俺の袖を摘む。

 たったそれだけの行動で、俺の心臓は嫌なくらいに早鐘を刻み始めた。


「……え、えっと……。な、何でしょうか……?」

「……アンタはどうして……」


 そう、何かを言おうとした後、思い留まった様子で首を横に振った。


「いえ……やっぱり何でもないわ。また春休み明けにね」

「お、おう……」


 それだけ伝えた梓川は、スタスタと俺を置いて何処かに消えて行った。

 対する俺は、意味深な梓川の言葉に首を傾げると同時に、彼女が遠回しに『また会おう』と言っていたことに気付いて、僅かに笑みを浮かべた。



「……そんな前向きな言葉、初めて聞いたな……」



 その言葉は、まるで……今俺がしていることが間違ってないと、そう、言っているようだった。

 俺は小さくガッツポーズをした。


「……よしっ」

 

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 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

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