第7話 屋上で(途中から麗羽side)

「———ハローエブリワン! 梓川がきっと寂しがっているだろうな……と思って無事復活した俺が来ましたよ!」

「……うるさっ。アンタ、毎日巫山戯てないと死ぬの?」

「おっと、そのゴミを見るような目はやめてもらおうかっ!」


 休みだったはずなのに色々とあった1日を終え、無事元気になった俺は、早速屋上に菓子パンを持ってやって来ていた。


 まぁ案の定嫌がられているけど……本気で嫌がっている様子ではないしセーフ。

 …………セーフだよね?


 俺が露骨に眉を潜める梓川の様子におっかなびっくりしていると。


「はぁ……どうせ、私が何を言っても此処に居座るんでしょ?」

「お、短い付き合いだけど良く分かってるじゃん。そんな梓川には、10緋色ポイントを贈呈しよう! 貯まれば俺に何でもお願いが出来る優れ物だ」

「要らないわよ」

「いや貰ってよ。要らないとか傷付くじゃん! あー、俺の豆腐より脆いメンタルが粉々に砕け散った音がするわー」


 そう言って胸を押さえる俺を、梓川は呆れた様子で見つめていたが……再び小さくため息を吐いた。


「もう勝手にすれば? アンタと関わると余計な体力を使うのよ……」

「そうか? 俺と関わった人は皆んな元気になるんだけどなぁ」

「あっそ。私には当てはまらない様ね」


 いや未来のお前は途中から俺のノリに乗ってくれる様になったんだけどな。

 今は笑顔なんて1度も見てないけど……未来ではそこそこ笑ってくれてたし。

 ———何て言った所で、梓川は信じないんだろうけど。

 俺だってそんな突飛なこと言われたら『頭大丈夫? そろそろ……いやもう既に厨二病は引退する時期だよ?』なんて言ってしまいそう。


 そこまで考えた俺は、未来の梓川と今の梓川を重ねていることに気付き、瞑目してかぶりを振る。

 未来の梓川と今の梓川が違うなんてことは分かっているはずなのに、未だ頭は完全に整理し切っていないらしい。

 やはり俺の頭のレベルは未来と変わらず低いらしかった。

 

「…………」

「あ、あの……そんなジロジロ見られると気になるんですけど。あ、もしかして俺のイケメン具合に一目惚———」

「———違うわよ、馬鹿なんじゃないの?」


 ですよね、分かってました。

 ちょっと調子に乗り過ぎました。


 キッパリと否定されて若干涙目にされた俺は、菓子パン———今日は皆んな大好きメロンパンだ。異論は認める———の袋を開けながら問い掛ける。


「なら、何で俺を見てたんだよ?」


 俺の言葉に、梓川が食べる手を止めて、少し考える素振りを見せた。

 黒曜石の様に綺麗な漆黒の髪がサラッと頬に垂れる。

 何かを考え込む梓川の姿は、正しく一枚絵の様な美しさだった。


 そんな美しさの中に僅かな儚さを包括させた梓川は。


「……やっぱり、何でもないわ」


 俺を一瞥したのち、そう告げて視線を弁当に落とした。









 ———私、梓川麗羽は、目の前でメロンパンを御馳走かの如く頬張る金ケ崎緋色という男を、イマイチ測りかねていた。


「うめぇ……やっぱ菓子パンと言えばメロンパンだな。菓子パンイコールメロンパンと言っても過言ではない、うん」


 どう考えても過言である。

 ただ、それを指摘すれば、またウザ絡みしてくるのが目に見えているのでしないが。


 金ケ崎緋色。

 見た目は若干顔が整っている以外は普通だが……ついこの前、いきなり私の名前を呼んだかと思えば、号泣し出した変な奴だ。

 しかも初対面のはずの私に、まるで昔からの友達感覚でずっとペラペラくだらないことを話している。


 此処だけ切り取れば、ただの頭のおかしな変な奴で済まされるのだが……何処か一線を弁えている節があるのだ。


 例えば、初日の屋上。

 彼は、まるで旧友に会ったが如く話しかけて来た。

 それも結構しつこく。

 しかしあくまで、私が本気で嫌がらない範囲内で、だ。

 

 例えば、私が体育館裏で女子達にお茶を掛けられた時。

 彼は、私が殴られる直前で素知らぬ顔で割って入って来たが……あのタイミング的に間違いなく見ていたはずだ。

 それなのに、私が話したくないのを察してか、一切事情を聞いてこなかった。

 どころか、屋上での鬱陶しさはどこに行ったのかと問いかけたくなるほど、静かに濡れた私に制服を掛けてくれた。


 あの時、彼に『梓川が話したいなら、聞く』と言われた時は、ホッとしたのを覚えている。

 

 ———あぁ……アンタは無理に聞いてこないんだ。私に合わせてくれるんだ———と。


 彼は、今まで出会った人達とはちょっと違う。


 言葉で形容するのは難しいが……一緒の空間に居ても苦しくない。

 私がそっけない態度を取っても怒らないし空気も悪くならない。

 

 ただ、1つ気になるのが———彼の瞳だ。


 時折、私を見つめる彼の瞳には大きな悲壮感が籠もる。

 いや、彼の私を見る目は常にほんの僅かな憂いを帯びていた。


 その瞳が気になって先程は一瞬口に出そうになったが……私の事情を彼が聞いてこなかった様に、私も彼の事情に迂闊に足を踏み入れるのは気が引けた。

 自分のことは教えないのに相手のことだけ聞くなんてフェアじゃないと思ったからだ。


「———梓川」

「……何?」


 私は思考を遮られたことも合わさって、思わずそっけない言葉が口を突く。

 しかし彼は気にした素振りを見せること無く言った。



「今のこの状況、何か恋人みたいじゃね?」

「近寄らないで、気持ち悪い」

「おっと、口も悪いしお手本の様なゴミを見る目ですね。冗談ですからそんな目で見ないでくださいよ……へへっ」




 ……本当に、コイツのことは分からない。



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