第2話 2度目の初対面
———2022年2月23日午前7時。
「……本当に、俺は2年前に戻ってきたんだな……」
俺は、1年5組の教室の左端の自分の席———廊下の反対で窓側の一番後ろという最高の席———に座りながら呟く。
勿論2年前の自分の席なんぞ欠片も覚えていなかったので、朝早く来て全員の机の中を確認させてもらった。
高校生って皆んな置き勉するからね。
俺だってしてるし、このクラスは皆んなやってるよ。
それも3、4教科分くらい。
流石自称進学校。
やるなと言われてるのに、何のためらいもなく置き勉する生徒達の手抜き具合がプロ並みだね。
そんなプロいないけど。
「あー、眠たくてくだらんことしか頭に浮かばないな」
2月というまだ寒い時期に太陽の光に照らされ、俺は大きく欠伸をする。
というのも、昨日の夜は梓川を救う方法を色々と思案していたので遅く寝たのだ。
そして寝る直前に席を忘れていたことを思い出して朝早く起きたので、実質3時間程度しか寝ていなかった。
その代償にクソほど眠たい。
どれくらいかって言うと、チャリ漕いでるのに寝落ちしそうになり、寝ていいよって言われたら神速で爆睡できるレベル。
多分今なら睡眠王の◯太に勝てる。
「…………ちょっとだけ寝るか。まだ朝のHRまで1時間以上時間あるし」
俺は睡魔の誘惑に負け、机に突っ伏した。
「———おい……貴様はいつまで寝ている?」
「……お、おはようございます。それと静香先生、貴様なんて言葉生徒に使っちゃいけないっすよ。ほら、言い直して! 今なら特別に親には言いませ———ごめんなさい調子に乗りました」
「だよな? 私の授業開始前から授業終了まで1秒たりとも起きなかった奴が言える義理はないよな?」
1時間目の終わり。
俺は、教師のマドンナ兼生徒の鬼である格好いい系の美人教師———
その恐ろしいことと言ったら……怒られ慣れてる俺じゃなきゃ気絶してるくらい。
因みに周りの生徒達は、怒られる俺を見てクスクス笑っている。
おい、俺は動物園の見世物ちゃうぞ。
それと……今笑った奴覚えたかんな?
後で俺の正義の鉄拳(自称)を食らわせてやるから覚悟しとけよ。
俺が周りの生徒達に睨みを効かせていると……真顔の静香先生がぐいっと顔を近付けてきた。
フワッと花の香水のいい匂いが香るが……そんなものを堪能する余裕はない。
「緋色、話を聞いているのか?」
「聞いてい———」
「聞いていないと言ったら生徒指導室だ。聞いていると答えても、今の私の話を要約して言えないなら生徒指導室だがな」
「無理ゲーで草」
どっちに転んでも生徒指導室行きが確定してるんですが。
やっぱアンタは生徒の鬼だよ。
そんなんだから1年後も彼氏1人出来ない———
「———ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ頭が潰れるぅぅぅぅぅ!?!? 俺の頭がトマトみたいに真っ赤な液体噴き出しちゃうぅぅ!?」
「お前は私をゴリラか何かと間違えていないか?」
「とんでもない! 静香先生は鬼でしょう!?」
「そうかそうか。どうやらお前は私を鬼にしたいらしいな。このまま本当にトマトみたく潰してやろうか?」
「ごめんなさい」
もはや俺に逃げる術はないと悟り、頭を掴まれたまま素直に謝る。
静香先生はそんな俺の様子に大きな大きなため息を……待って、ちょっと大きすぎない?
「はぁぁ……こんなことなら寝かせておけば良かったな。緋色、お前は他の教師にもこんなことをしているのか?」
「静香先生だけですよ。皆んなマジレスしてくるので」
「それが普通なんだ。私ほどお前のお巫山戯に付き合っている教師は間違いなくいないだろうな」
それはそうだ。
静香先生は鬼と呼ばれているが……実はノリは物凄く良い方だ。
それにとても生徒思いで、その整った容姿も合わさって男女共に何かと生徒達からの人気は高い。
しかし、静香先生は当時梓川のクラスの担任で、梓川が死んだ責任を感じて2月の内に教師をやめてしまった。
…………。
「静香先生、教師、辞めないでくださいよ。せめて俺の卒業までは」
「……どうした、緋色? 勿論教師を辞める気はないが……何かあったのか?」
「それなら良いです。あ、ちょっと用事があるんで、俺はこの辺で」
突然俺が変なことを言い出したもんだから、流石の静香先生も俺の言葉の意味が分からないようで、眉をひそめて首を傾げる。
そんな静香先生の隙を付いて頭の手を退けると、席を立って教室を飛び出す。
「あっ、おい、話は終わって———」
「後で全部聞きますよ! だから、今だけは見逃してくださいな!」
貴女には、俺と梓川の卒業を見届けて貰わないといけないんでね。
そのためにも……俺が、梓川の死ぬ未来を変えなければいけない。
俺は教室を出ると、一目散に彼女———梓川のクラスへと向かう。
彼女のクラスは1年1組のはずだ。
1年4組、1年3組、1年2組……と駆け抜け、1年1組へと辿り着いた。
廊下の生徒達が全力疾走する俺に好奇の視線を向けているが……どうでも良かった。
俺は荒い息を整えながら、1年1組の扉を開ける。
「———梓川……!!」
1年1組の生徒達の注目が一斉に俺の方に向く。
その中に———居た。
皆んな以上に驚いた様子で此方を見る者が。
絹糸の様な黒髪に、気の強そうな顔立ちの美少女———梓川麗羽が。
その姿をこの目にした瞬間、俺の視界は彼女だけを映す。
目の前で死んでしまった彼女が生きている事に、息を呑む。
同時、徐々に視界が滲み……頬に熱いモノが流れてきた。
あぁぁぁ……良かったぁ……生きていた……。
俺の眼の前に彼女が、生きている梓川が居る……。
そのことを理解して号泣する俺に、彼女は至極当然のことをポツリと零した。
「……キモッ」
俺はその場に崩れ落ちた。
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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
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