第5話 狩りの時間

 この鳴き声はどこから聞こえてくるんだ。もう一度鳴いてくれれば分かるのだが...そう都合よくいかないよなぁ。こうなりゃ次の手だ。


「導く天の声よ御霊みたまよ、我が身に降りかかるわざわいを示せ。」

 あちらの方角か。急ごう、夜ごはんが逃げてしまう。


 今のはサーチと呼ばれる魔法の呪文である。サーチを習得する人は多い。小さな無くし物を見つけることから人探し、狩りの獲物探しまで様々な状況下で使える便利な魔法だ。あまりにも使いすぎて、サーチが魔法だということを忘れてしまっている人もいるほどだ。しかし呪文まで覚えいる人は少ないあろう。一部の魔法マニアか研究家しか覚えていることはないであろう。



 そろそろだろうか。サーチで示された位置に近づくにつれて大きな魔力を感じるようになった。その魔力に圧倒されれば数日は動けなくなってしまうだろう。なんとか気力で乗り切ろう。


ブイーーーッ


  こちらに気がついたのだろうか。まだ姿が見えていないにも関わらず威嚇の咆哮ほうこうを出している。これは大物の予感がするぞ!



 俺は大岩に姿を隠している。顔を覗かせて声の主を探る。間違いない。ピッピン・ラガンだ。大きいもので山を10歩ほどで超えることができるほどの巨大の持ち主だ。

 しかし今日は運がいい。目の前のこいつはまだ生まれて間もないらしい。隣に割れた卵が散らばっている。まだ上手く立たないのだろうか。俺が隠れている岩につまずけばひっくり返ってしまうほどにふにゃふにゃだ。


 これは、どうすれば良いのか。今ここでこいつを狩らなければ、肉を得る絶好の機会を逃すことになる。肉にありつけるのは随分ずいぶんと先になるだろう。だからといって、生まれたばかりのこいつを殺してしまうのか。そうなことを考えていると少し可哀想に思えてきた。俺は冒険者なわけでも狩人はんたーなわけでもない。だから目の前の赤ん坊をどうしても獲物として見ることができない。

 よく見ると怯えた目でこちらを見ている気がする。生まれたてで上手く立てないのではなくて恐怖で震えているのではないかと錯覚する。成長すれば絶対的な支配者になり得る魔物の姿はどこにもなかった。


 こいつを狩るのはやめよう。迷っている時点で俺にはまだ余裕があるってことだ。生死が選択できるのなら喜んで生を選ぼう。

 そこで初めて気が付いた。散らばった殻をついばんでいる小鳥が何匹かいる。こいつらを狩れば少しは腹の足しになるだろう。俺は草魔法でツルを生成し、小鳥3匹を捕らえた。


 命の選択。これが正解だったのだろうか。たぶん、正解とか不正解はない。生きるために必要なことだ。生まれたての命の代わりに小鳥が命を落とした。もやもやが心から離れない。心の皮が何かに引っかかって取れない。俺の心はこんな弱かったのか。爺さんはこれを教えたかったのかもしれない。

 いや、考えすぎかな。


 もう月が出ている。辺りは少しだけ顔を覗かせている太陽の明かりでギリギリ明るい。早く小屋に帰って夜ご飯を食べよう。

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