第9話 PM4:00
服を買い終えた僕たちは、店を出て、ショッピングモール内をぶらぶらと歩いていた。
「それも持つぞ」
僕がさっき買った服の袋を指差して言う星夏に、僕は首を横にふる。
「だいじょぶ。これは重くないし、それにこれなら持ってても手は繋げるしね」
星夏の手を少し強く握る。自分でも頬が緩んでいるのが分かる。だってこの手は星夏から握ってくれたものだし、出きることならずっと離したくない。
とはいえそろそろ終わりの時間だ。もう夕方だし。
「まだしたいことはあるか?」
「ううん。星夏は?」
「俺も特には」
「そっか……。じゃあ、帰る……?」
名残惜しい。帰りたくない。ずっと一緒にいたい。でも、僕たちはまだ高校生で、子供で、親を心配させるわけには行かない。
今帰ったら、家に着く時には5時頃だろう。ちょうどいい時間。
「まあ、もういい時間だしな。でもその前に悪い、トイレ行ってきていいか?」
「あ、うん。いってらっしゃい」
「梓はいいのか?」
「うん、大丈夫。ていうか、この格好でトイレ入っちゃったらビックリさせちゃうし」
「ま、確かにな。じゃあ、行ってくるわ」
「そこで座って待ってるね」
星夏と手を離し、少し開けた場所にあるソファーに腰を下ろす。
まだ、星夏の温もりの残っている左手を眺めたり、もうすっかり温くなってしまったショッピングモールに来たばかりの頃に買った飲み物をちびちびと飲む。
こうして余韻に浸っていると、横から知らない男の声がかかる。
「ねえねえ、君、高校生? よかったら俺と遊ばない? 良い遊び場知ってんだけど」
「ぁ……」
振り返ると、恐らく大学生だろうか、髪を金髪に染めたチャラそうな男。
そんな男に対して僕はうまく言葉を発することができなかった。
今までもこのようなナンパにあうことは何度かあった。でも、僕が女装して外に出掛けるときはいつも陽葵が一緒で、このような状況になっても陽葵がうまく対処してくれていた。
今は陽葵はいない。星夏は……すぐ来てくれるだろうか。いや、このままではいけない。このままずっと、星夏や陽葵に頼り続けるわけにはいかない。
今後、僕一人で外に出ることもあるだろう。
制服をスカートにするということは、登下校のときにも、このように知らない人に声をかけられることもあるかもしれない。
そんなとき、今までのように回りに頼ってばかりではいられない。
僕は意を決して絞り出すように声を出した。
「あ、あの! 僕は──」
「お、僕っ娘? いいじゃん、可愛いねえ」
「え、いや、ち、違くて……」
「あ、今日は忙しい感じ? ならさ、連絡先の交換ならどう? 今度予定が空いてる日教えてくれたら──」
「あのっ!」
僕は男の話を遮るように叫ぶ。
「僕、男、なので! ご期待に添えない、です!」
思ったよりも大きな声が出ていたのか、周囲の視線も僕に向いてきた。しまったぁ、なんて思いつつ、顔を上げて黙っている男の方を見る。
「え、マジで男なん? めっちゃ可愛くない?」
「え、あ、え?」
なんか思っていた反応と違う。
どうしたものかと困惑していると、今度は背後から聞き慣れ親しんだ、男の声。間違えるわけもない、星夏だ。
「お待たせ」
星夏はナチュラルに僕の左手を掴む。それも、先程までのただ握るだけのものではなく、指一本一本を絡ませるような、いわゆる恋人繋ぎ。
不意打ち過ぎてビックリしちゃう。きっと顔にも出ていることだろう。
「あ、もしかして彼氏いた感じ?」
「はい。俺の彼女に何してたんですか?」
え、え!? 嘘!? 彼女! 彼女だって!!
思わず、パッと星夏の顔を見ると、星夏はじっと男の顔を威嚇するように見つめている。
あ、星夏は僕のこと守ろうとしてくれているんだ。
どうしよう、さっき自分一人で何とかしないととか決意固めてたくせに、いざこうやって守られちゃうとかっこいい、嬉しいとか思ってしまう。
僕は星夏の顔から目をそらせないでいると、男が踵を返しながら僕に向かって言葉を残した。
「そっか、残念。ごめんね、邪魔しちゃって」
「あ、いえ……」
そのまま男は、すたすたと歩き去っていく。
しばらくすると、星夏が僕の方へと顔を向けた。
「大丈夫だったか?」
「うん、たぶん悪い人じゃなかったから。でも、困ってはいたからありがとね、助けてくれて。かっこよかった」
「そ、うか……。まあ、役に立てたならよかったよ」
星夏は、僕のかっこよかったという言葉に少し動揺を見せたが、すぐにいつもの様子に戻る。
そして星夏は、恐らく男に見せつけるために行った恋人繋ぎを、先程までの繋ぎかたに戻すために手の握る力を緩めようとするが、僕は絶対に離さないとぎゅっと強めることでそれを阻止した。
「さ、帰ろ」
星夏の手を引き、ショッピングモールの出口を目指す。星夏もすぐに僕の横に並び歩く。
どうも、今日は時間が過ぎるのがあっという間だ。帰りたくはないけれど、この手をずっと握り続けていたいけれど、それでも時間は流れてく。
家に帰ったら星夏は横にいない。
当たり前のことなのに、それがすごく寂しいことのように思える。
そんな喪失感を抱えながら、ショッピングモールから出て、駅へと向かった。
◇◆◇
駅から出て、夕日で赤く染まり始めた帰路を二人で歩く。
登下校などでいつも通る道。なんだかそれが、僕を非日常からいつも通りの日常へと連れ戻そうとしているような感覚に陥った。
帰りたくないなぁ、なんて思っていると視界の端に公園が映った。小さい頃、僕と星夏、そして陽葵の三人でよく遊んだ公園。
「ねえねえ星夏。久しぶりにちょっと寄ってかない? てんとう虫公園」
てんとう虫の遊具があるからてんとう虫公園。本当の名前は知らないけれど、僕たちは小さい頃、この公園のことをそう呼んでいた。
そんなてんとう虫公園に行きたいという、僕の突拍子もないお願いに、星夏は「いいな」と快く頷いてくれて、行き先を変える。
てんとう虫公園に入ると、懐かしいねと二人で笑いあって、そしてそんな昔の記憶を辿るように公園をぐるっと一周歩いてから、小さなベンチに二人で腰を下ろした。
少しの間の沈黙。この沈黙すらも心地良い。手を握ったままなこともあって、身体も触れそうになるほど近い。
「星夏は今日楽しかった?」
沈黙を破るように僕は口を開いた。
座っていることもあって、いつもより顔が近い。
「ん? ああ、楽しかったよ」
「そっか。よかった」
「でもちょっと新鮮だったな。ほんとにデートしてるみたいで」
「デートだからね」
「初デートが梓とかぁ。なんか不思議な感覚だわ」
「いやだった?」
「いやじゃないよ」
きっと僕の頬は今真っ赤なことだろう。でもその赤さを夕日が隠してくれていると信じて。
「星夏は僕のこと好き?」
「え? まあ、好きだけど」
「じゃあさ、ずっと一緒にいてくれる?」
「どうしたんだ、そんなこと急に聞いて」
「いいから」
「そりゃあ、これからもずっとこんな風に遊べたらとは思うけど」
星夏の好きと僕の好きは違う。望む関係性も違う。
これから先、僕たちがどんな関係に落ち着くのかは分からないけど。それでも、星夏は僕のことを真剣に考えてくれていることは伝わってくる。
だから、僕のこの気持ちを告げないのは卑怯だと思った。
でもまだ言葉にするのは恥ずかしいから。
僕は星夏の顔にそっと顔を近づけて。
そして──頬に口づけた。
「………………え?」
動揺を隠そうともしない星夏に対し、僕は照れ隠しとして意識的に頬を上げて、にこっと笑い、告げる。
「僕も星夏と同じ気持ち」
今はまだ、好きの意味が違うけれど。
いつか星夏にも僕と同じ意味の好きを、僕に対して向けてほしいと思う。
「さ、帰ろ。もう暗くなってきたし」
「お、おう……」
僕がベンチから立ち上がると、星夏もつられて立ち上がる。
そして家に向けてゆっくりと歩き始める。
星夏はまだ動揺しているのか、口数がめっきり減った。僕が話しかけたら対応はしてくれるけど、少し上の空だ。
数分歩くと、僕たちの家が見えてくる。
もうお別れの時間だ。
僕は、少し、いやかなり名残惜しく感じつつも、星夏から手を離し、星夏の正面に回り込んだ。
そして星夏に預けてあった漫画を受け取り、微笑む。
「じゃ、今日はありがとね。楽しかった」
「お、おう。俺も楽しかった」
「また学校でね」
「ああ、また」
星夏のその言葉を聞き届けてから、僕は足を自宅へと向けた。
そして数歩進んでから、言い忘れていたことを思い出し振り返ると、そこにはまだ星夏の姿があった。
「そう言えば星夏。明後日の学校、僕ちょっと用事があるから先行っててくれない?」
「ああ、わかった」
「じゃあ、今度こそまたね」
こうして僕は星夏と別れ、自宅へと帰ってきた。リビングに入ると、陽葵が落ち着かない様子でソファーの上をごろごろとしている。
そんな陽葵に僕はただいまと告げると、陽葵は僕のことを認識される。
それからというもの、陽葵から今日あった出来事を、根掘り葉掘り聞き出されることになったのだった。
女装バレした親友がぐいぐいくる 凪奈多 @ggganma
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