第8話 PM2:00
レストラン街に向かった俺たちが選んだ店は、ハンバーグが有名な洋食屋だ。
少し並んだが、数分で席に案内され、向かい合って座った。メニュー表を2人で眺める。
「あ、チーズフォンデュハンバーグだって! おいしそー」
「お前、チーズ好きだよな」
「チーズ嫌いな人いないでしょ」
「いるとは思うぞ……」
なんて軽口を言い合いながら、梓はチーズフォンデュハンバーグ、そして俺はカレーハンバーグに決め、店員に注文をした。
料理を待っている間も、映画の感想だとか梓が最近仲良くしている七瀬さんとの話などの雑談を交わして10分ほど経った頃に、料理が揃って運ばれてきた。
「わぁ、おいしそう! いただきます!」
「いただきます」
ハンバーグを口に運ぶ。ハンバーグの味と、カレーのスパイシーな風味がマッチしていてとてもおいしい。
梓の方を見ると、伸びるチーズを眺めながらうっとりした表情をしている。そんな梓を眺めていると、梓に気づかれた。
「ん、なにかな星夏くん。君も食べたいのかな?」
「いや、そういうわけじゃ──」
「はい、あーん」
「……ん?」
いきなり梓が、チーズがたっぷりかかったハンバーグを俺の前に差し出してきた。
「ほら、はーやーくー」
そんな梓の顔を見つめていると、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。正直めっちゃ可愛い。
「ね、ねえ……ほんとに、はやく……。恥ずかしいから……」
「恥ずかしいならすんなよ」
そう言いながら俺は、パクッと梓の差し出したハンバーグを咥えた。
「ん、うまいな」
「で、でしょっ!? じゃあ、今度は星夏のも食べさせてほしいなぁ!?」
なんて、半ばやけくそといった雰囲気で梓は顔を真っ赤にして捲し立てる。
「ほれ」
俺はたっぷりカレーを絡ませたハンバーグを梓の前に差し出した。
「……あむっ」
こうして差し出したハンバーグを、梓はしばらく見つめ、そして意を決したように勢いよく咥えた。
「おいし……からっ! 辛くない、これ!?」
「そうか?」
「辛いよ! 激辛なんじゃない、これ!?」
「中辛くらいだと思うぞ」
「うそだぁ」
それからは、いつもの調子に戻った梓と時々会話を挟みつつ、各々のハンバーグを食べ進め、十数分で食べ終え、会計を済ませた。
「これからどうすんの? もう帰る?」
「夏服見ていきたいんだけど、星夏はいい?」
「いいけど」
どっちのだ。普通にメンズ? それともレディース? レディースなんだろうな、と思いつつ、梓についていくと、案の定レディースの服を多く取り揃えるアパレルショップだった。
しかし店の前で立ち止まり、なかなか見せに入らない。
「どうした?」
「いや、よく考えたら陽葵以外の人ときたことないから緊張して……。店員さんに話しかけられても陽葵が全部対応してくれてたし」
「なら、今日はやめとくか? また陽葵と来ればいいし」
「ううん、行く」
「なら行くぞ」
繋いでいる手を引っ張るように、梓と店に入る。店頭にはこれから訪れる夏に向けて、涼しげな服が多く取り揃えられていた。
「夏服だとこの辺か」
目の前に広がるのは、メンズとは異なり、種類も色も豊富なレディースの服。
「ね、ねえ」
横で覗き込むように俺の顔を見つめる梓。
「ん?」
「星夏はどういうのが好きなの……?」
「どうって……、今日は梓の服を選びにきたんだから、梓の好きなの選んだ方がいいんじゃないか?」
「僕が好きなのはいつも買ってるからいいの。今日は星夏の好みが知りたい」
「そう言われてもなあ」
レディースの服なんて全くといっていいほど分からない。人並み程度に今日の梓は可愛い格好をしてるなとは思うけど。
「雰囲気でいいよ。こういうのが可愛いと思う、みたいな!」
「うーん、まあ、今日の梓の服は……可愛いと思う」
俺がそう言うと、梓の頬が見るからに緩くなっていく。そして、にやにやと目が弧の形に曲がっていった。
「そっかぁ! やっぱり星夏ってこういうのが好きなんだね! いっぱい悩んだかいがあったよ」
「やっぱり?」
「陽葵が言ってたんだよね。星夏は清楚な感じが好きだと思うって」
「あいつは俺の何を知って……? いや合ってるんだけど」
だから怖いというか。どうして陽葵はそんなことを知っているのだ。今まで誰にも話したことがないのに。
だって清楚なのが好きって、なんかちょっと童貞っぽいし。
そんなことを考えている間に、梓は上機嫌に片手で器用に服を探していた。
「星夏星夏ー! こんなのはどお?」
そう言って梓が見せてきたのは、背中に大きなリボンが施された、紺色のロングフレアスカートに、白色のフリルが施されたブラウス。
「いいと思う」
「じゃあ、試着行こ!」
梓に手を引かれ、試着室のエリアまでつれてこられる。試着室はだいたい5、6個ある。
梓は近くにいた店員に一声かけてから、その中の一つに入って、カーテンを閉めた。
試着室の前に一人残された俺は、ここがレディースの服を主に取り扱っている店ということもあり、少し肩身が狭い。
少し離れたところに椅子があったので、俺はそこに腰を下ろし、スマホを開く。
とはいえなにか目的があって開いたわけではないので、すぐに閉じてしまった。
ボーッと梓の入った試着室の方を眺めていると、背後から声がかかる。
「先程のお連れの方は彼女さんですか?」
振り返ると、梓が先程声をかけていた店員。
「ああ、いえ、幼なじみです。ただの」
「あれ、そうでしたか。私としたことが勘が外れてしまいましたか。それにしてもとても可愛らしい方ですね」
「まあ、そうですね。俺もそう思います」
「おや、付き合ってないにしてもそういう感じだったり?」
「しないですって。梓はお……」
いや、こういうのは梓の了承抜きに言うべきじゃないな、と思い改める。
「まあ、最近イメチェンしたんで、好きな人とかできたんじゃないですか」
「あー、なるほどねぇ。君はあれだね、どんか──」
「星夏ー、どお?」
店員がなにかを言いかけたが、それを遮るように、勢いよくカーテンが開き梓の声が届く。
「似合ってるんじゃないか?」
「もう一声!」
「可愛い可愛い」
「なんか適当じゃない?」
むぅ、と頬を膨らませる梓。
身にまとう服が大人っぽいこともあってか、絵面がちょっと面白い。
「いや、本当に可愛いって」
「そ、そう……ならまあいいけど」
「ええ、大変お似合いでございます、お嬢様」
「え、あ、え……おじょ……?」
いつのまにか俺の後ろにいた店員は、梓の隣にまで移動していた。
そして見るからにテンパる梓。どうやら、自分から声をかけるときは、かける言葉を決めてから話しかけれるから大丈夫だが、話しかけられたときはうまく言葉が出てこないため苦手らしい。
「お嬢様にはこちらもお似合いになると思いますが、試着してみてはいかがでしょうか?」
「い、いや、あの……えっと、きょ、今日は大丈夫ですっ!」
梓は、カーテンを勢いよく閉めながら叫ぶ。
「レジでお待ちしておりますね」
そんな、閉められたカーテンに向けて店員がそう言い放つ。
そしてレジの方に向けて歩き去っていく。
しばらく経つと、カーテンの隙間から梓が顔を出した。
「もう行った?」
「ああ」
俺が頷くと、梓は畳んだ服を抱え試着室から出てきた。
「とんだ災難だったよ」
「災難って……。まあ、いいや。それ買うんだよな?」
「うん」
「じゃあ、レジ行くか」
俺は梓の手をとり、レジの方向へと歩き始めようとするが、梓が動き出していないことに気づいた。
「どうした?」
「星夏の方から手繋いできたからビックリしちゃって……」
「いやだったか?」
「ううん、そんなわけ! すっごくうれしい」
首を全力で横にふってから、満面の笑みでそんなことを言われてしまうと、さすがに照れてしまう。
「ならよかったよ」
そう告げて今度こそレジへと向かう。
対応してくれたのは、先程の店員だ。
俺たちの繋がれた手を見て、去り際に小声で「ほんとに付き合ってないの?」と呟いていたが、聞こえていない振りをして店を出た。
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