第7話 AM11:30

 僕たちは、スーパーに寄って各々欲しい飲み物を買ってから、映画館に向かった。

 道中ものすごい視線を感じた。

 今までは、女の人からの視線は感じていたものの、男の人の視線まではそこまで感じていなかった。

 でも今は、男の人の視線も感じた。しかもねっとりとした、少し気持ちの悪いもの。


 それから星夏に向けられた、女の人たちの格好いい人を見る視線。

 今までは特に気にならなかったのに、今はなんだか少し不快。

 今は僕だけの星夏なのに……。

 僕はぎゅっと星夏の右腕に抱きついた。


「うおっ!? え、なに……?」

「んー、星夏は僕のだぞーってアピール?」

「アピ……? え、誰に?」

「星夏のことをじろじろ見てる女の子達」


 ちょっと歩きにくいけど、星夏の腕にこんなに堂々とくっつけるなんて幸せだ。

 くっつくと言えば、電車の時。

 星夏が僕を人混みから守ってくれたの、本当にかっこよかったなぁ。

 それにちょっと理由をつけて、抱きついてみたけどすごいいい匂いしたし。昔だって手は繋ぐことはあっても、抱きつくことはなかったから、すごく新鮮な体験だった。

 これからはこんなことも当たり前に出来るようになりたいなぁ。


 なんてことを考えながら2人で歩いて、映画館にたどり着いた。


「なんか食べるか?」

「んー、どうしよう。ポップコーンとか食べたいけど、今食べるとお昼ごはん食べられなくなっちゃうかもだし」

「じゃあ、2人で食べるか?」

「いいの?」

「俺も食べたいし」


 星夏は優しいなぁ、なんて思いながら、じゃあと言いながら、映画館の売店へと向かう。


「キャラメルでいい?」

「え?」

「え?」


 僕がキャラメルでいいか尋ねると、星夏は首を傾けた。

 まさか──。


「いや、ポップコーンと言えば塩だろ」

「キャラメルの方が甘いし美味しいよ?」

「甘すぎて飽きるじゃん」

「えー、そんなことないでしょ……じゃあ、どっちにする?」

「ハーフアンドハーフってのもあるらしいぞ」

「丁度いいところに!」


 あと少しでせっかくのデートなのにこんなしょうもないことで喧嘩になってしまうところだった。

 僕たちは割り勘してポップコーンを買い、スクリーンへと向かう。席は当たり前だけど隣同士。

 席に座ると、ポップコーンが食べにくいと言う理由で手は離すことになった。ちょっと寂しい。


 室内が暗くなるまで、雑談を挟みつつ、スクリーンで流れる予告編などを眺めていた。

 そして、上映が始まった。


◇◆◇


『恋のいろは』


 原作の漫画は十巻まで出ており、今回の映画はそのうちの三巻まで、体育祭編のエピソードを中心に映像化したようだ。

 内容としては、主人公の奏いろはは、学校一のイケメンと言われる神村悠良かみむらゆらに恋をしたということを、幼なじみである佐倉廉さくられんに相談し、悠良に振り向いてもらうために、モテる廉の意見を参考にして恋のいろはを学んでいくといったものだ。

 廉はもとよりいろはのことが好きであり、悠良もひたむきに努力するいろはに徐々に心惹かれていく、といった三角関係ラブストーリーだ。


 これはもう、ものすごくきゅんきゅんした。

 いろはちゃんは可愛いし、悠良くんは顔だけじゃなく行動もイケメン、廉くんは健気で優しい。


 この体育祭編のエピソードは、いろはちゃんが今まで身近で支えてくれていた、廉くんという存在の大きさに気づくエピソードだった。


 リレーの選手に選ばれたいろはちゃんが、アンカーでバトンを受け取り、ゴールまで目前といったところで足をくじいて負けてしまう。

 そんな時、廉くんはすぐさまいろはちゃんのもとへと駆け寄り、保健室へと運んでくれる。

 そして自分のせいで負けたと涙を流すいろはちゃんに、なにも言わずに抱きしめ、背中を擦る。


 やがて泣き止んだいろはちゃんが、空元気を見せながら、保健室を後にしようとしたとき、滑って転びそうになってしまう。

 廉くんは慌てていろはちゃんへと手を伸ばし、2人同時に倒れてしまう。そして一瞬だが──唇が重なった。

 そしてそのタイミングを、いろはちゃんのことを心配して保健室に訪ねてきた悠良くんに目撃されてしまう、という引きでエンドロールが流れた。


◆◇◆


「面白かったね、すっごいきゅんきゅんしちゃった」

「だなぁ、確かに面白かった。でもさぁ」

「うん、星夏の言いたいことは分かるよ」

「やっぱそうだよな。普通さ──」


「「あんなところで終わる!?」」


 いや、本当に。これだけは文句言いたい。

 とんでもない引きで終わらせといて、続きは半年後の二作目ねって。

 そんなのさぁ!?


「どうしよう、僕続きが気になって夜も寝れないよ!?」

「同感」

「漫画買っちゃおっかなぁ」

「とりあえず本屋いくか」

「うん、そうしよ!」


 もうすぐ13時半になるというのに、昼食そっちのけで僕たちは本屋さんへと向かった。

 僕も星夏も本も漫画もあまり読まないので、こうして本屋さんに来ることはあまりない。

 そのため、どこに何があるのか分からず、うろうろと歩き回っていると、少女漫画のコーナーに平積みされている『恋のいろは』を発見した。


「うぅーん、一冊550円……」


 十冊だと5500円か……。買えないことはないけど、今日は星夏に僕の服を選んでもらおうと思っていたから、予算を考えるとそんなに使いたくない。

 お母さんにもうちょっとお小遣いもらっておけばよかった。


「別に全巻買う必要はないんじゃないか?」


 僕がお金のことで悩んでいると察したのか、星夏がこんな提案をしてきた。

 確かに現実的な案だ。別に今、全巻買う必要はない。三巻の続きの四巻、五巻辺りだけを買うってこともできる。

 でも──。


「絶対すぐに続きほしくなっちゃうし……」


 財布の中を見ると、お小遣いの前払いでもらった1万円と、引っ張り出してきたお年玉の1万円の合わせて2万円。

 服とお昼ごはんのことを考えると最低でも1万5000円くらいは残しておきたいし……。

 と、悩みながら財布の中を見ていると、とあるカードを発見する。


「あっ!」

「どした?」

「図書カードあった!」


 叔母さんが毎年誕生日にくれるけど、あまり使う機会がないから忘れてた。

 ちょうどよく5000円分。


「全巻買っちゃお」


 1巻から10巻までを抱えて、レジに向かう。片手で10冊抱えるのは難しいため、星夏との手は離した。


「お店の外で待っててよ」

「ん、了解」


 そう言って僕はレジに並び、星夏と別れる。

 そして3分ほどで僕の番に回ってきて、図書カードと少しの現金でお会計を済ます。有料の紙袋にいれた漫画を両手に抱き抱えて、本屋さんを出た。


「ごめん、お待たせ」

「おう。持つよ、それ」

「え、いいよ。僕が買ったやつだし」

「でも重いだろ?」

「まあ……」

「俺のが力あるんだし、ほれ」


 そう言って星夏が左手を差し出してくる。


「んー、でも……」

「それにさ──」


 それでもなかなか差し出さない僕にしびれを切らしたのか、星夏はニヤッと笑った。


「そのままじゃ、手、繋げないだろ?」


 手。確かにこうして漫画を抱き抱えていると手は繋げない。

 それに、僕がなかなか漫画を手放さないから言ったのだろうけど、星夏から手を繋ごうと言ってくれたことが嬉しくて、僕は口許に笑みを浮かべた。


「ふふ、じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな」


 僕は漫画を星夏の左手に託し、代わりに星夏の右手をぎゅっと握った。


「これからどうするんだ?」

「んー、お昼ごはんかなぁ」

「フードコート?」

「せっかくだしレストラン街の方行かない? なに食べるかはお店見てから決めよ」

「何気にあんま行かんよな、レストラン街」

「ね! でも、おしゃれなお店いっぱいあるし気になってたんだよね」

「じゃ、レストラン街の方行くか。どこだったっけ?」

「とりあえず二階に下りて──」


 こうして僕たちは昼食を食べるべく、レストラン街の方へと歩きだした。

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