第6話 AM10:00
9時50分頃、俺は梓との待ち合わせ場所に到着した。辺りに梓の姿は見えない。どうやら俺の方が先についたらしい。
なんて思っていたら、スマホに連絡が届いた。
『うしろ』
簡潔に書かれた文字を見て、俺は後ろに振り向いた。
「やっ。10分前行動とは関心だね」
そこには後ろ手を組ながら、なぜか女装している梓が歩み寄ってきていた。
「うん、まぁ。……ていうか、なんで?」
「? なにが?」
「いや、その……服」
梓の女装が判明した日以降、俺が梓の家に訪ねたときは女装していたものの、梓が俺の家に来るときは、いつも通り男物の服であった。
だから今日もてっきり男物の服で来ると思っていた。
「どお?」
「どう……というのは?」
「僕、今日星夏のためにおしゃれ頑張ってきたんだけどなにか一言ない?」
「ああ、うん。似合ってると思うぞ」
「もう一声!」
「……可愛い」
「えへへ、ありがと」
なんて照れ笑いを浮かべている梓を見ていると、不意にあのときの言葉がよみがえる。
──好きだよ。
忘れかけていたのに。友達として好きだという意味に決まっているのに。
今、俺に可愛いと言われ喜んでいる梓の姿を見ると、梓が恋愛的な意味で俺のことを好きなのではないかと思えてくる。
俺たちは親友なのだから、そんなことはあるはずないのに。
「星夏? ぼーっとしてどうしたの?」
「ん、あぁ、いや、なんでも」
「そお? じゃ、行こ」
そう言って梓は俺の右手を握ってきた。
「ちょっ!?」
「ん?」
動揺する俺を見て楽しむように、梓は目元をくしゃりとして笑う。
「昔はいつも繋いでたじゃん」
「それは、本当に小さい頃の話だろ。今のこれはまるで──」
「デートみたい?」
繋がれた手が、梓によって胸の位置まで導かれる。梓の顔を見ると、いたずらっぽく笑っていた。
「僕はもともとデートのつもりだよ?」
「え……?」
「さ、行こ。電車乗り遅れちゃう」
いやいや、デートって……。だって俺と梓は親友で男同士で。
そんな俺の動揺なんて気にしていないかのように、梓は俺の手を引き、改札に向けて歩き出す。
俺は慌てて梓の隣に並んだ。
しかし、どうにも梓の方を見れない。梓がなにか話しているが、それもあまり耳に入ってこなかった。
やがて改札を抜け、駅のホームで電車を待つ。その間も手は繋ぎっぱなし。
「ねえ、星夏。さっきから僕の話全然聞いてないでしょ」
梓のじと目が俺の顔を覗き込むように、視界に入る。
「……考え事してて、ごめん」
「それって僕のこと?」
「……まあ」
「そっかぁ。星夏は僕がこういう格好してるのいや?」
「そう言う訳じゃなくて……ただ、どう接したらいいのか分からなくて……」
梓がなんで女装を始めたのかは俺には分からない。なにか言えないような悩み事があったりするのかもしれない。
「そっかぁ……ま、今日は楽しも! ほら、笑って笑って!」
ニコッと笑った梓が、俺の頬に右手の人差し指でぷにっと触れ、俺の口角を持ち上げるようにその指を持ち上げた。
俺もつられて笑みが溢れる。
「そうだな。悪い、辛気臭い顔して」
「しょうがないよ、僕だって星夏がいきなり女装したらびっくりしちゃうし。ま、これからこっちの僕の時間が増えるし、すぐ慣れると思うよ」
「……ん? どういうことだ?」
こっちの僕っていうのは、今の女装している梓のことだよな。増えるっていうのはどういうことだ……?
「ひひ、来週のお楽しみってことで。あ、電車来たみたい」
来週ってなんのことだ、なんて思考を遮るように、激しい音ともに電車が着いた。
「うわー、結構混んでそう」
「見送るか?」
「ううん、だいじょぶ。映画に間に合わなくなっちゃうかもだし」
「無理はすんなよ」
梓は人混みが苦手だ。
その上、今のこの格好。贔屓目なしで女子にしか見えないし、しかもかなり可愛い。これだけ人が多いと痴漢をうける可能性もある。
人が激しく入れ替わる。
電車から降りる人がいなくなったことを確認すると、俺は梓と離れないように手を繋いだまま電車に乗り込んだ。
電車の中は人で溢れかえっていて、座ることはおろか、立ち位置すら怪しい。
なんとか、2人分のスペースを確保すると、俺は梓と繋がれた手を離した。
「梓、危ないから扉側に」
「? 分かった」
俺は梓に扉に背を向けるように立たせ、そんな梓を覆い隠すように、扉に手をつき、向かい合って立った。
電車が動きだし、身体のバランスを崩しそうになるが、なんとか耐える。
そんな時。
梓が抱きつくように、俺の胸の辺りに両手を回した。
恐る恐る下を向くと、上目遣いの梓が少し背伸びして俺の耳元に口を持ってくる。
「掴むところがないから。星夏が嫌だったらやめるけど」
「……嫌じゃない」
嫌ではないが、とても耐えられる気がしない。めちゃくちゃいい匂いするし。こいつ本当に男か?
目的地はここから4駅先のショッピングモール。時間にして10分ほどだろうか。
俺は心を無にして電車に揺られ続けた。
◆◇◆
無限にも感じるほどの時間を経て、俺と梓は目的の駅で電車を降りた。
電車から降りると梓はすかさず俺の手を握り、顔を覗き込んできた。
「大丈夫……?」
梓には俺が体調が悪そうに映ったのだろうか、心配するような顔をしていた。
「大丈夫、ちょっと暑かっただけだから」
「それって僕がくっついちゃったからだよね?」
「いや、背中からの圧がすごかっただけだから。でも、結構汗かいたし飲み物買いに行っていいか?」
「うん、もちろん。映画館行く前にスーパーに寄ろっか」
「ああ」
こうして、駅を出て、ショッピングモールへと向かい歩き始める。
手を繋いでいるため、端から見たらデートに見えるのだろうか。というか、梓もデートのつもりと言っていたし。
そう意識すると、なんか緊張してくる。
今までデートなんかしたことなかったし。
そんなことを考えていると、梓からの視線に気づいた。
「星夏、緊張してる?」
「え、な、なんで?」
「手汗」
繋いでいる手を少し掲げ、梓はにっこりとした笑みと共に告げる。
「っ!? わるい!!」
慌てて手を離そうとすると、梓が絶対に離さないと言うように、繋いでいる手に力を込めた。
「全然いいよ、僕もかいてるし。ただ、緊張してる星夏が珍しくてからかってみたくなっちゃっただけだから」
そう言って上機嫌に前に進む梓。今日は出会い頭からずっと梓に翻弄されてばかりだな、とふと思った。
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