第5話 不戦敗美少女
やっぱりと言ったところか、星夏を映画に誘うと、普通にオーケーしてくれた。多分星夏はデートだとは思っていないと思うけど。
日時は今週末の土曜日。
僕がどうしてもと言って、待ち合わせは最寄りの駅前にした。せっかくだから待ち合わせというものをしてみたかったから。
午前の10時に駅前集合、11時半から映画が始まるといった感じだ。
そして今日は金曜日。
この一週間は、席替えで席が離れたこともあり、以前ほど学校で星夏と関わることは少なくなった。
その代わりといったところか、やななんとはたくさん話すことができたし、連絡先も交換できた。
僕の連絡先に家族と星夏以外の名前が始めて刻まれた瞬間だった。
と、まあ、そんなことより。
僕は今、猛烈に悩んでいた。
なににというと、明日着ていく服装にだ。クローゼットからあるだけ引っ張り出し、鏡の前で合わせていたりした。
それでも一向に決まらない。
良いかもと思っても、もっと良いのがあるかもと思うとなかなか決められなくなって、結局どんな服が可愛いのか分からなくなってきて。
そして色々な組み合わせを試しているうちに僕の部屋はものすごく散らかっていた。
このままじゃ、決まる気がしない。
と、悩んでいるとドカドカと階段を上る音が聞こえてくる。そしてその足音は僕の部屋の前でピタリと止んだ。
そしてノックもなしに扉が開く。
「梓、うるさいんだけどなにして──ほんとになにしてんの?」
部屋の惨状を見て、陽葵はあきれるようにため息をついた。
「明日着る服を選んでるんだけど。考えれば考えるほど分からなくなっちゃって」
「明日? なんかあるの?」
「星夏と映画観に行くの」
「へー、……え、てことはデート?」
「星夏はそうは思ってないと思うけど、僕はそのつもり」
「なるほどね~、それで明日着る服、と」
「うん」
「そっかそっか~、ついにデートねぇ。そういうことならあたしも協力したげる」
「いいの?」
「まあ、寄りかかった船だし。せっかくの初デートなんだから、とびっきり可愛い梓に仕上げたげる」
そう言いながら陽葵は床に散らばった僕の服を拾い上げていく。
その中からいくつかを持ち上げて、僕に向けて合わせる。それを何度か繰り返した結果、あっという間に明日着ていく服の組み合わせの候補が三つにまで絞られた。
一つ目は、白のブラウスに茶色のロングスカートの王道系。
二つ目は、腰の大きなリボンが可愛い水色のワンピース。
そして三つ目が、白のTシャツに若草色のワイドパンツの組み合わせだ。
どれも春らしい色合いで可愛らしい。
「うーん、せっかくだしスカートの方がいいかな。梓的にはどう?」
陽葵が首をかしげながら僕に尋ねる。
「僕もせっかくだしスカートの方がいいかな」
「じゃあこの二つのどっちかか。うーん、じゃあ一回着てみてよ」
「それはもちろん良いけど……」
僕はじっと陽葵の方を見つめる。
「なに?」
「一旦出てってよ」
「なんで?」
「なんでって……僕が着替えるからですけど?」
「うん、さっさと着替えれば?」
「え、いやだから、着替えるから一旦出てってよ」
「今さら梓の着替えになんとも思わないし」
「僕が恥ずかしいんですけど!?」
「えー? 兄妹なのに?」
「陽葵も僕に着替え見られるの恥ずかしいでしょ!?」
「別にぃ? 梓のこと男だと思ってないし」
「う~~~、陽葵がどうでも僕は恥ずかしいのっ! いいから出ていって」
僕自身、自分のことが男らしいなんて全く思ってないし、その上女装をしているのだ。陽葵が僕のことを男として見ていないのも当たり前と言えば当たり前だった。
だから僕はなにも言い返すことができず、とりあえず陽葵のことを部屋から押し出した。
とりあえず僕は、今着ている服を脱ぎ、白のブラウスを手に取り、身につけた。
なれた手付きでスカートも履いて、鏡の前に立つ。なかなかに可愛いと思うがどうだろうか。
分からない。これで決まっていたのならそもそも陽葵の手を借りるまでもなく、さっさと明日着ていく服なんて決まっていたのだから当然だ。
とりあえず扉を開けて、陽葵を呼び込んだ。
「どお?」
「普通に可愛いんじゃない?」
「僕もそう思う。じゃ、次着るから出てって」
「はいはーい」
陽葵が出ていったのを確認してから、スカートのホックをはずして、ブラウスを脱ぎ、ワンピースを身につけた。
再び鏡で確認してから陽葵を呼び込む。
「こっちはどう?」
「似合ってる、似合ってる~」
「ちょっと、真面目にやってよ」
「いたって真面目にやってるってば。それにしても梓ってあたしにそっくりなのに、服の趣味は全然違うから見てて楽しいね」
「もー、で、どっちの方がいいと思う?」
「んー、あたしは二つ目の方が好きだけど、男の子は一つ目の方が好きそう」
「それまたどうして?」
「男の子って清楚系好きじゃん? 一つ目は清楚系って感じだし、二つ目はどちらかと言えばキュートって感じだし」
「男の子って清楚なのが好きなの?」
「え、そうなんじゃないの?」
「僕には分かんないけど」
「ちょっとー、梓も男の子でしょー?」
陽葵がからかうような声をあげた後、付け足すように言い加えた。
「まあ、でも星夏兄は清楚なの好きそうだよね」
「そうなの?」
「だって、星夏兄が昔好きだって言ってた秋野楓ちゃん、清楚系女優で売り出されてた子だし」
「そっか……、うん。なら、一つ目の方にする」
「そ。決まったんならもううるさくしないでよね」
「うん。ありがとね、陽葵」
陽葵が部屋から出ていくと、僕はたくさん出した服をクローゼットに閉まって、ベッドにバタンと倒れ、目蓋をおとした。
目覚ましは既にセットしてある。休日だというのに七時起き。僕の性格上、準備にたくさん時間がかかっちゃうと思うから。
だから早く寝ないと。もう22時だ。
明日は万全の体調で迎えたい。でも、楽しみなのかそれとも緊張なのか、なかなか寝付けない。
それでも意地でも目蓋をあげずに、目を閉じ続けていたら、いつの間にか眠りに落ちた。
◇◆◇
「陽葵たすけて!」
休日の朝だというのに、あたしは兄の騒がしい声に起こされた。
「……なに?」
時刻は9時頃。まあ、起きる時間としては丁度良い。
「この服に合うバッグ貸してくれない!?」
「あぁ、バッグね、そこのクローゼットの中にいくつかあるから好きなの持ってけば?」
梓がクローゼットに向かったのを見届けてから、再び目蓋を下ろしたが、すっかり目を覚ましてしまった。
クローゼットの方へと目を向けると、梓が「うーん」と唸りながら迷っている。あたしはベッドから降りて、梓のもとへと近づいていった。
「今度はどうかしたの?」
「どれもかわいくて迷っちゃって」
「もう……じゃあ、はい、これ。あたしの一番のお気に入り」
白と茶色を基調とした、小さめのショルダーバッグ。財布とスマホくらいしか入らないけどデートにはこれで十分だろう。
何より梓が今着ている服に似合っている。
「ありがとう、すごく可愛い」
「今度、梓のバッグも買いに行こうか」
「うん、行きたい」
制服もスカートになるというのなら、梓はこれから女装して過ごすことが多くなるのだろう。それならやはり何個かレディースのバッグを持っておくにこしたことはない。
「いつ頃でるの?」
「もうそろそろ行こうかなって思ってたけど」
時刻を確かめると、9時20分くらいか。
駅で待ち合わせといっていたから、確かに良い時間だ。
「じゃあ、見送ってあげる」
「別に良いのに」
「いいからいいから」
梓のことを部屋から押し出し、一緒に玄関に向かう。
「じゃあ、頑張っておいでね」
スニーカーを履いている梓の背中に声をかける。
「うん。……陽葵、たくさん迷惑かけてごめんね、本当にありがとう」
「……なに、急に?」
いきなりそんなこと言われると、びっくりするじゃん。
「僕、これでもお兄ちゃんだからさ。たから、陽葵も困ったことがあったら遠慮なく言ってよ。絶対に助けになるから」
靴を履き終え、振り向いた梓があたしの手を握って、あたしの目をまっすぐ見つめて、そう告げた。
あたしは照れ隠しをするように、いつもみたいに冗談交じりに返した。
「あたし、梓に兄を感じたことないんだけど?」
「陽葵にとってはどうでも、僕にとって陽葵は大切な妹だからさ」
少しはにかみながら、恥ずかしそうに梓はあたしに告げる。あたしの顔にも熱がこもってきているのを感じて、咄嗟に顔をそらした。
「……じゃあ、たよらせてもらうかも」
「うん、そうしてちょうだい! ……じゃ、僕行ってくるから」
「いってらっしゃい」
「いってきま──ぶぺっ!?」
「ぷはっ!」
梓が鍵がかかっていることに気づかないままいつものように出ていこうとして、扉にぶつかり変な声をあげた。
あたしは思わず吹き出してしまう。本当に、この兄は……。相変わらず最後までしまらない。
鍵がかかっていることに気づいた梓は慌てて鍵を開けた。
「じゃ、あらためていってきます!」
「うん、いってら~」
こうして、梓を見送ったあと。なんだかリビングに向かう気になれなくて、あたしは自分の部屋に戻ってベッドに寝転んだ。
天井を眺めながらポツリと独り言。
「梓、やっと約束果たしてくれそう」
あたしは星夏兄のことが好きだ。近所にあんなかっこよくて、あたしにもよくしてくれる年上のお兄さんがいれば、しょうがないと思う。
そして当たり前だけど梓のことも好き。
特に最近の明るくて楽しそうな梓は好きだ。星夏兄と会う前までは、いつも暗い顔をしていたから。
あとから聞いた話によると梓は虐めをうけていたらしい。あたしはあの頃、誰よりも梓と一緒にいたのにそれに気づけなかった。
そのことを負い目に感じているのかもしれない。だからか、あたしは梓の頼みを断れない。
あたしは梓に幸せになってほしいし、梓の幸せには星夏兄が隣にいる。そこにあたしが入り込む余地はない。
「はぁ、早くくっつかないかなぁ」
──そしたら諦められるのに。
そんな言葉は誰に聞かれるでもなく、空気に馴染んで消えていった。
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