第4話 テスト返しと席替え

 あの日は、星夏が出ていってから三分後くらいに、入れ替わるようにして陽葵が僕の部屋へとやって来た。

 その頃には、熱もかなり引いていて、ちょっとのだるさが残るのみだったが、それも翌日の朝にはすっかり無くなっていた。


 あれから二週間、やっとのことで中間テストは終わりを告げた。

 二週間経った今でも、星夏はあの日のことを尋ねてこない。僕も何事もなかったかのように振る舞っている。


 それから、母に頼んでいたスカートの件はどうやら来週には届くらしい。楽しみ半分不安半分といったところだ。

 元々友達は星夏しかいないのでクラスの人たちにどう思われようが、まあ、どうでもいいけど、星夏がどう思うのかは気になる。

 というか、星夏のためのスカートなのに星夏に拒絶されたらどうしようもない。


 と、そんな感じの日々を過ごして、今日は中間テスト明け始めての授業だ。恐らくテストの返却もされ始めることだろう。

 いつものように、星夏と陽葵と一緒に学校へと向かい、校舎までの長い道のりを歩いて、教室へと入った。

 席順は出席番号によって決まっていて、僕は星夏の後ろの席だ。


 僕はこの席が好きだ。授業中の星夏の行動を全て見ることが出来るから。

 ノートを必死に板書してる姿とか、なんだかすごく可愛く見えてくる。

 それにこの間なんかは、教科書で上手いこと隠しながら、課題を進めていた。先生が近づいてくると、サッと課題を隠して、先生が通りすぎたと確認したら、また課題を再開する。

 そんな姿を後ろから眺めていると、とてもほほえましい気持ちになる。


 そんな僕にとっては理想郷のようなこの席。

 あわよくばずっとこの席のままがいいと思っていたのに──。


「皆さんテストを頑張ってくれましたので、今日の私の授業では席替えをしたいと思います」

「「「「うぉぉぉぉおおおお!!!」」」」


 朝礼の時間。担任の三枝真奈美の一言によって教室中に雄叫びが響いた。

 席替えといえば、文化祭などには及ばないまでも、学生にとって重大イベントの一つであることは間違いない。

 単純に後ろの方の席がいいって人や、好きな子の近くに座りたいって人、近くに話せる友達が欲しいって人などさまざまな理由で多くの生徒は席替えを望む。


 だからこそのあの雄叫びだろう。

 なんだったら星夏も喜んでいた。星夏は僕の近くの席じゃ嫌なのかな……?


 と、まあ、どれだけ僕が嫌だと思っても席替えが行われる事実は変えようがない。

 それならば──。

 三枝先生の授業は四限だ。それまで、星夏の姿をたくさん目に焼き付けておくこととしよう。


◆◇◆


「じゃあ、さっそく席替え……と言いたいところだけど、まずはテストを返していきますね。平均点は58点、赤点はその半分の29点となってます」


 三枝先生の発言に、教室中からテストの点数のことや、早く替えがしたいなどのさまざまな声が上がり、教室中が一気に騒がしくなった。

 そんな喧騒を遮るように三枝先生は、パンっと手をたたく。


「はい、静かに。じゃあテスト返していくから出席番号順で待っていてください。まずは安里くんから」

「はい」


 星夏は返事を返すと、教卓で待つ三枝先生のもとへと歩く。僕も二番目なので星夏についていくように歩く。

 三枝先生の担当科目は英語だ。

 英語は五教科の中では一番苦手だ。とはいえ、中学の時は85点以下はとったことないし、今回のテストも同様の手応えがあった。


 三枝先生から解答用紙を受け取り、点数を確認する。

 92点。一問2点だから四問落としたことになる。落とした四問を確認すると、そのうち二問はただのスペルミスだった。

 もっととれたなぁと思いつつ、席に着くと、前に座る星夏が振り返った。


「梓、テストどうだった?」

「んー、いつも通りかな。星夏は?」

「76点」

「なんていうか……星夏にしては微妙だね」

「今回は……なんていうか、まあ……集中出来なかったんだよ」

「珍しいね。……まあ、でも受験終わったばっかりだし、なかなか勉強する気にはならないよね」

「…………そうかもな。(俺が集中できなかったのはお前のせいなんだけど)」


 星夏がなんとも言えない顔で頷き、視線を前に戻した。振り返るとき、小さな声でボソッとなにかを言っていたようだけど僕にはそれを聞き取ることができなかった。


 それから数分。どうやら全員分のテストを返し終えたようで、答案用紙を配られ、採点に間違いがなかったかなどを確認する時間になった。

 とはいえ、採点間違いなどそんなに起こることでもなく、あっという間にその時間も終わりを告げ、三枝先生は教卓の上に一つの箱を取り出した。


 そして、黒板に碁盤の目を書くように縦に横にと線を引いた。そして、出来上がった40個ほどの四角に一つ一つにそれぞれ異なる数字をランダムに書き入れていく。

 このクラスの人数は38人であり、箱の中にも38枚の紙が入っているようだ。そして紙一枚一枚に1~38までの番号が振られている。

 僕たちはそのうち一枚を引き、引いた紙の番号と黒板に書かれた番号の一致する位置に席を移動するというくじ引き方式の席替えようだ。


 どうやら今度は出席番号が38番の人からくじを引いていくらしい。テスト返しの時は最後だったからその配慮だろう。

 しかしこうなると、僕と星夏は余り物を引くだけだ。

 余り物には福があるとは言うけれど、余った二つの席が近くである可能性はかなり低いだろう。


 なんて考えているうちにも、続々とくじは引かれていって、どんどんと席は埋まっていく。

 そして僕の番に回ってきた頃には、案の定と言ったところか、余った二つの席は大きく離れていた。

 片方は窓側の一番後ろの席、もう片方は廊下側の前から四番目の席だ。


 こうなったら僕はもうどっちの席でもいいので、サッと紙を引き、番号を確認する。

 半分に折りたたまれた紙を開くと大きく16と書かれている。

 黒板を確認すると、16番は廊下側の席らしい。

 ということは、星夏は窓側の一番後ろの席だ。星夏は一番後ろの席になってとても喜んでいた。星夏にとっては余り物には福があるということなのだろう。


 名残惜しく感じつつも、席の移動が開始される。僕は廊下側の前から四番目に、星夏は窓側の一番後ろへと。

 席移動を完了させてから星夏の方へと視線を向けると、そこには友達と楽しそうに会話している星夏の姿。

 僕には星夏以外の友達はいないけど、星夏には僕以外にも男女問わずたくさんの友達がいる。


「あずみゃんめっちゃせなちんの方見てるじゃん」


 どうやら、その友達の一人がいたらしく仲良さそうに話している。しかも、女の子。


「おーい、あずみゃん聞こえてるー?」


 っていうか、あの女、星夏のこと好きじゃない!? なんていうか、目が友達に向けるそれじゃないんですけど!?


「おいってば、そんなにせなちんが気になるのかー?」


 いきなり背後から肩を捕まれ前後に揺らされる。驚いて振り向くとそこにはタレ目をにやにやと歪ませながら僕のことを見つめる一人の少女。


「え、えーっと……?」

「お? もしかしなくてもうちの名前知らない感じだな?」

「う、うん……。その……ご、ごめんね」

「そっかー、じゃ、自己紹介ってことで。うちは七瀬夜奈ななせやな。よろしくねー、あずみゃん」

「あずみゃん?」

「梓くんだからあずみゃん。可愛いでしょ?」

「か、可愛いとは思うけど……僕、男だし」

「えー、いいじゃん。あずみゃんも可愛いし」

「かわ……か、可愛いって、だから僕、男だって!」

「満更でもなさそうな顔してー」


 そう言って七瀬さんはにやにやしながら僕の耳元に顔を近づける。そして、息を吹き掛けるようにボソッと呟く。


「あずみゃんかっわいい~」


 頭の中でボンっと何かが爆発する音が聞こえた。きっと今の僕は、顔全体が真っ赤に染まっていることだろう。

 ただでさえ言われ慣れていない可愛いという言葉。その上、可愛いと言われるとあの日、星夏に言われたことまで思い出してしまう。


「も、もう分かったから……」


 僕がうつむきながらそう告げると、七瀬さんは顔を離した。


「でさー、あずみゃん。あずみゃんってせなちんのことが好きなん?」

「うぇ!? な、ななな七瀬さんがなんでそれを知ってるの!?」

「うちのことはやななんって呼んで」

「やなな……ん? そ、そんなことよりどうして知って──」

「やななんって呼んでくれたら教えたげる」


 どうしてそこまであだ名にこだわっているのだろうか。と、思いつつも今は理由追求の方が大切だ。


「や、やななんはどうして、僕が、その……星夏のこと好きだと思ったの?」

「顔にそう書いてあるから」

「え、か、顔……? 僕どんな顔してるのそれ」

「うーんとね、せなちんのことしか見えてません~って顔? 例えば、そうだね。あ、今せなちんと話してるりなりんの顔見てよ」

「りなりん?」

飯倉莉那いいくらりなちゃん。ほら、せなちんと話してるあの子だよ。あの子もせなちんのこと好きだろうね。顔にそう書いてあるもん」


 やななんに言われた通り、星夏の方へと視線を向けると確かに今星夏は近くの席になった女の子と話をしていた。

 茶色く長い髪の毛をハーフアップでまとめ、肌は白く、目も大きい、女の子らしい女の子。

 そしてそんな彼女の顔に目を向けると、やななんが言っていることがなんとなく分かった。


 やや、頬を赤く染め、頻繁に髪の毛をさわったり、星夏の顔を見たと思ったらすぐに恥ずかしそうにそらしたり。

 あ、恋してる顔だ、となんとなく分かってしまう顔。

 

「ね?」

「僕も星夏と一緒の時あんな顔してる?」

「うん。なんなら一緒じゃないときでもたまにあんな顔してるよ。妄想してんだなぁって思いながら見てた」

「恥ずかしすぎるっ!?」


 それにしても飯倉莉那さん。彼女が星夏のことが好きなのは見ていたら分かった。

 しかし、ということは彼女は僕のライバルになるわけで。途端に、かつて陽葵に言われた言葉を思い出す。


『星夏兄が梓とは全く関係ない可愛い女の子とイチャイチャしてるの』


 星夏と飯倉さんが一緒に仲良さそうに手を繋ぎながら歩いている姿を想像して……。すごくお似合いだった。

 僕なんかより星夏の恋人にふさわしいのではないのだろうか、女の子だし。

 そんな思考の迷路に迷い混んでいると、後ろから脇腹を掴まれ揺すられる。


「おーい、いきなり落ち込むなよー」

「やななん……」

「確かにりなりんは可愛いけどさー、恋は先手必勝だぜ? せなちんがりなりんに惚れるより先にあずみゃんに惚れさせればいいって訳よ。ってことでこれあげる」


 そう言って差し出されたのは二枚の紙。

 見てみると映画のチケットのようだった。


「もらったはいいんだけど、うちには一緒に行く相手いないしせなちんと一緒に行きなよ。デートだよ、デート」

「い、いいの? おいくら……?」

「お金なんていらんよ。うちにとってももらいもんだし」

「でも、お礼……」

「デートの土産話で結構よ。うちは恋ばなを糧に生きる吸血系女子なのさ」

「じゃ、じゃあ今度お茶でもしない? お金は僕が出すし、その時にいっぱい話すからさ」

「あずみゃんナンパか~?」

「あ、ちがっ、そういうつもりじゃなくて。ちゃんとしたお礼じゃないと落ち着かなくて」

「ま、そういうことならお言葉に甘えちゃおっかな?」


 やななんが可愛らしく微笑みながら差し出した映画のチケットを、僕はお礼を告げながら受け取った。

 映画のタイトルは『恋のいろは』。

 スマートフォンで調べてみると、少女漫画原作のアニメーション映画で、最近話題になっている作品らしい。

 僕はこの作品のことはぜんぜん知らなかったが星夏は知っているのだろうか。そもそも少女漫画が原作とのことだが、星夏は興味があるのだろうか。


 と、色々悩んでみたが、どのみち誘うことには変わりない。

 星夏のことだから頼んだら一緒にきてくれるだろう。そこからどう楽しませるのか、それは僕次第、というわけだ。

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