余話 「周處除三害」

 周處は字を子隱、義興陽羨の人だが、郷里において「除三害」という著名な逸話がある。曹攄とは無関係だが、周處の為人が窺えるので、触れてみたい。なお、義興郡は、後に周處の子周玘が義兵を挙げた功を彰する為に、吳興郡の陽羨縣一帯を以て分立された郡であり、周處は吳興郡、元は吳郡の人である。


 周處は早くに父を亡くし、弱冠(二十)ならずして、「膂力絕人、好馳騁田獵、不脩細行、縱情肆慾」であり、郷里の患う所となったと云う。桁外れに力が強く、狩猟に明け暮れ、馳せ回り、行いを慎まずに、気儘に振舞う、といった所で、要するに一種の悪少年である。

 そのままであれば、単なる無賴之徒として一生を終えたかもしれないが、周處はある時、己が人に「にく」まれている事を知り、慨然として「改勵之志」を抱く。「改勵」、つまり改めはげむ、己を改めんとする意志である。


 處自知爲人所惡、乃慨然有改勵之志、謂父老曰:「今時和歲豐、何苦而不樂耶?」父老歎曰:「三害未除、何樂之有!」處曰:「何謂也?」答曰:「南山白額猛獸、長橋下蛟、并子爲三矣。」處曰:「若此爲患、吾能除之。」父老曰:「子若除之、則一郡之大慶、非徒去害而已。」處乃入山射殺猛獸、因投水搏蛟、蛟或沈或浮、行數十里、而處與之倶、經三日三夜、人謂死、皆相慶賀。處果殺蛟而反、聞鄉里相慶、始知人患己之甚、乃入吳尋二陸。


 その為に、周處はまず、郷里の父老達が患う「三害」を除く事とする。父老の言う「三害」とは、南山の白い額の「猛獸」、長橋下の「蛟」、そして「子」、つまり周處自身である。

 山中の「猛獸」と、水中の「蛟」、人中の周處とでも言う所だろうか。蛟は龍の一種だが、当時は江水一帯にも生息していたとされる「鱷魚」(わに)と思われる。また、『晉書』において「(猛)獸」というのは、基本的に「虎」の事である。唐代に編纂された『晉書』では、高祖李淵の祖父李虎の名を避けて、動物の虎は「獸」と、人名などの場合は音が近く、意が通ずる「武」と記される。ついでに言えば、当然ながら李淵の「淵」も避けられており、後に触れる匈奴劉淵の名も、『晉書』では字を以て劉元海と記されている。


 さて、「三害」を除く事とした周處は山に入り、猛虎を射殺し、水中に投じて蛟と「搏」(くみうち)になり、浮きつ沈みつ行くこと数十里、三日三夜を経て、人々は周處は既に死したとして、相慶賀したと云う。

 周處が真に「改勵之志」を抱いたのは、蛟を殺して郷里に戻り、己の死を慶ぶ人々を見た時であろう。曲りなりにも郷里の為にと行動した己の死を人々が慶賀する、自分が如何に憎まれていたのか、己の思いが独り善がりであったのかを思い知らされただろう。

 その後、周處は志を勵し学を好み、「有文思、志存義烈、言必忠信克己」とされる。後に周處は「默語三十篇及風土記」を著し、『吳書』を撰する一廉の文人となる。己を「改勵」したと言えるだろう。

 その後、吳に仕えた周處は東觀左丞などを経て、吳の末には無難督であったと云う。そして、吳の滅亡後は、晉に仕え、元康六年には御史中丞に至っている。


 なお、この間、吳に「二陸」(陸機・陸雲兄弟)を尋ね、陸雲から「古人貴朝聞夕改、君前塗尚可、且患志之不立、何憂名之不彰」と励まされたと云うが、陸雲は後に触れるが吳の永安五年(262)生まれで、周處が「東觀令・無難督」となった吳末の「天紀(277~280)中」でも十代後半である。

 周處は陸機の手になると云う「晉平西將軍孝侯周處碑」に依れば、「春秋六十有二」で死去したとされ、その死は元康七年(297)であるので、吳の嘉禾五年(236)生まれである。

 その「弱冠」頃、吳の五鳳年間(254~256)には、陸雲はまだ生まれてすらいない。従って、これは訛伝であるが、「二陸」の父陸抗はその傳に「太元元年、就都治病。」とあり、吳の太元元年(251)に周處は「未弱冠」であるから、周處が尋ねたのは陸抗であったかもしれない。

 また、周處が嘉禾五年生まれであれば、曹攄にとっても父の世代に当たり、曹攄が曹休の曾孫、周處が周魴の子で、同時代でありながら、二世代のずれがあるのはその為である。

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