「金谷」
洛陽令としての治績を挙げていた曹攄であったが、「病」によって一時官を去り、後に再び洛陽令と為る。「病」及び「復」した時期は不明だが、江統傳から元康九年(296)末に洛陽令である事が確認でき、以降の経歴は年次を確定できるので、「病」・「復」はこれ以前という事になる。
先の洛陽令就任が元康四年(294)頃という推定からすれば、任期半ばとして、同六年(296)前後という事になるだろうか。無論、当然ながら、この推定は「病」までの期間、「病」の期間、「復」までの期間などにより前後し、幅が大きい。
何れにせよ、その年次は確定できないが、元康六年前後というのは、多少の幅はあるにせよ間違いないと思われる。そして、この元康六年前後というのは、曹攄の知己や、西晉そのものにとって、転機とも言うべき時期に当たる。曹攄が直接関与しているわけではないが、暫し、詳しく見ていきたい。
先ず、既に幾度か触れてきた石崇であるが、彼は九卿の一、太僕から、「征虜將軍、假節・監徐州諸軍事」として、徐州下邳に出鎮する。その年次は、先に触れた様に「金谷詩序」に「余以元康六年、從太僕卿出爲使持節監青・徐諸軍事・征虜將軍。」とあるので、元康六年(296)である。
なお、傳では「假節」・「監徐州」、「金谷詩序」では「使持節」・「監青・徐」と差異があるが、自叙である「金谷詩序」の方が高位になっている点から見て、傳の方が客観的であり、正確であると思われる。
石崇の徐州赴任に際し、「河南縣界金谷澗中」にある石崇の「別廬」(別荘)において、別離の宴が張られ、集まった「眾賢」が各々詩を賦し、その「凡三十人」の詩を「官號・姓名・年紀」とともに記したのが「金谷詩(集)」で、その序が「金谷詩序」である。
この金谷集は散逸し、『文選』(巻二十)に潘岳(潘安仁)の「金谷集作詩」が残るのみで、潘岳と、序にその「首」として「吳王師・議郎・關中侯・始平武功蘇紹字世嗣、年五十」とある蘇紹以外の「凡三十人」は不明である。
同年に曹攄は尚書郎であれ、洛陽令であれ、「病」中であれ、洛陽にいた事は確実であるから、病臥している最中でなければ、この遊宴に参加していた可能性がある。
なお、蘇紹は『世說新語』(品藻第九)では「崇姊夫」、『三國志』蘇則(蘇紹祖)傳注(「臣松之案」)では「石崇妻、紹之女兄」とある。「女兄」は「兄女」、乃ち「兄の女(娘)」との解釈もあるが、それでは「姊夫」と世代が合わず、どちらかが誤りの可能性が出てくる。しかし、これは「
徐州(下邳)に至った石崇は刺史の嵇紹を「甚親敬」したと云うが、彼が「長子喪」によって職を去ると、後任の刺史高誕との「爭酒相侮」から、軍司の奏上するところとなり、免官になっている。
石崇は元康末以前に衛尉と為っているので、徐州に在ったのは長くとも三年、おそらくはそれ以下である。石崇と「酒を爭った」と云う高誕は魏の太尉であった高柔の子で、「放率不倫、而決烈過人」という為人である。「放率」とは生まれのままにて飾らない様で、それが「
高誕の前任者である嵇紹は「竹林の七賢」として知られる嵇康の子で、「知人之明」を称えられていた人物である。「性雖驕暴」ともされる石崇が「親敬」したのであるから、その為人が敬仰されていた事が知れる。
後に嵇紹も曹攄と間接的ながら、係わりを持つ事になる。なお、嵇紹が徐州刺史であったのは、その傳では「元康初」以前に置かれているが、おそらく、これは「初」が「末」の誤りである。
さて、金谷の宴にはいま一人の主役と言うべき、送別される人物がいる。東方へ向かう石崇とは逆、西の長安に還る「征西大將軍祭酒王詡」というのが、「金谷詩序」に見えるその人物の官號・姓名である。
この王詡という人物は、『世說新語』(容止第十四)の注に「石崇金谷詩敘曰」として「王詡字季胤、琅邪人。」とあり、同じく「王氏譜」を引いて「詡、夷甫弟也、仕至脩武令。」とある。
「夷甫」とは琅邪の王衍、すなわち曹攄を「器」とした「太尉王衍」の字である。王衍及び弟の王澄については、両者の從兄王戎の傳に附傳があるが、王詡については不明である。
この王詡が祭酒として仕える「征西大將軍」とは、元康元年(291)以来「征西大將軍・都督雍梁二州諸軍事」・「開府儀同三司」として、關中に鎮している趙王倫である。趙王倫は司馬懿の子、惠帝の從祖に当たり、「八王」の一人で、後に曹攄と石崇・歐陽建を介して係わりを持つ事になる。
その趙王倫が都督たる關中で起こったのが、元康六年五月から同九年(299)正月まで続いた「齊萬年反」、齊萬年を首魁とする叛乱である。この叛乱は太康以降に短時日で鎮圧されたものを除き、数ヶ月以上に亘って続いた初の大規模な叛乱であり、その余波は各地に争乱を惹起し、遂には西晉崩壊に繋がる原因の一つとなる。論証は措くが、元康の晏寧の終焉、西晉の崩壊の萌芽とも言えるのがこの「齊萬年の乱」である。
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