洛陽令

 曹攄は公府掾から縣令、次いで尚書郎と為っており、これは当時の郷品三品の通例だと云う。通例であるという事は、これまでの官歴は彼個人の才幹はあまり考慮されていないと言える。当時、研修という概念はないであろうが、公府掾は官吏の見習い、縣令で地方行政を経験させ、尚書郎に至って、漸く本格的に官吏として任用されたと言えるのではないか。

 最初の縣令就任では、実績を上げるよりも、実務は在地の掾吏等が担い、長吏として言わば現場に慣れる事が期待されたとも考えられる。その点で言えば、曹攄の臨淄令は異例であっただろう。

 尚書郎以降の遷官はそれぞれの才覚・志向により差があり、曹攄の場合は洛陽令に任じられている。『三國志』・『晉書』では尚書郎から縣令・郡太守と為る事例も多く、曹攄の場合もその一例と言えるが、臨淄令としての実績から、治民の才を評価されたとも考えられる。


 洛陽令は縣令であるから、臨淄令や尚書郎と同じく六品で、品秩に変化はない。ただ、洛陽は都であり、他の縣では一名のみの丞(副)が洛陽の場合は三名置かれる。また、洛陽令は天子(皇帝)の鹵簿にも従い、栄誉という点では格上と言える。時期については、元康元年(291)前後から約三年として、元康四年(294)頃となる。

 この元康四年前後は惠帝紀に軍事も含め政治的な記事が殆ど見えない時期であり、王公の死亡(「薨」)記事を除けば、「大疫」・「雨雹」・「洪水(大水)」・「地震」・「暴風(大風)」・「大雪」といった災害関連の記事が多くを占める。

 例外は四年五月の「匈奴郝散反」という記事だが、これについては後に触れる。災害は滎陽・弘農(共に「雨雹」)の如く洛陽に近いものもあるが、基本的には地方に於けるもので、洛陽とは無関係である。曹攄は地方に不穏の萌芽が見える中で、比較的平穏な都で、その令と為っている。

 なお、歐陽建は元康六年(296)の時点で馮翊太守である事が確認でき、その傳(石苞傳附)の記述(「歷山陽令・尚書郎・馮翊太守」)からすると、尚書郎から郡太守(五品)に転じたと見られる。これは両者の才、評価の差とも言えるが、後に見る様に、歐陽建の方が権貴に近く、その点も影響しているかと思われる。


 この洛陽令として曹攄は「仁惠明斷、百姓 之に懷く」、『文士傳』では「有能名」とされており、治績を挙げている事が知れる。「明斷」は「あきらかなる判斷」で、「寡婦」の一件で冤を見抜いた事に、「仁惠」、「いつくしみ」が深いというのも「死囚」の件に通じ、「聖君」の世評に違わぬものである。「百姓 之に懷く」というのは、当に「良吏」たる所以と言える。この洛陽令として曹攄は、更に「明斷」を示す逸話を残している。


 時天大雨雪、宮門夜失行馬、群官檢察、莫知所在。攄使收門士、眾官咸謂不然。攄曰:「宮掖禁嚴、非外人所敢盜、必是門士以燎寒耳。」詰之、果服。


 ある「大雨雪」の夜に、宮門から「行馬」が失われるという事件が起こる。「行馬」は「一木橫中、兩木互穿、以成四角」という、門前に、内外を峻別する為に置かれるものである。古くは「梐枑」と言い、俗に言う鹿角、車馬の進入を禁止する車(馬)止めの類いである。

 その所在が知れない中、曹攄は「門士」を収監させる。皆がその不当を言うが、曹攄は「禁嚴」な宮中に外から侵入してまで、行馬を敢えて盜む者はいない、その場に居た「門士」が焼いて暖を取ったのだ述べ、問い質すと、果して、その通りであったと云う。

 行馬を自邸の門に設置する、「門施行馬」というのは、九卿(太僕・衛尉など:三品)級の人物が、多くは退隱時に、光祿大夫等の地位と共に与えられる栄典の一種である。『晉書』中でも十二例、西晉代では八例しか確認できない。

 つまり、行馬を盗み出しても、それをそのまま使用する事はできない。また、材質は木であり、装飾などが施されていたとしても、それ自体に然程の価値があるわけでもない。

 であれば、確かに「禁嚴」、警戒の厳しい宮門から盗み出す意味はない。なれば、必要であったのはその材料の木そのものという事になる。寒夜の事であり、それが失われているという事は、燃やしてしまった、そして、それを為し得るのは宮門にいた「門士」であったという事になる。


 これが曹攄の推理であり、結果からすれば、至極当然とも言える推理であろうが、その発想が出てくる事が「明」とされた所以であろう。寡婦・死囚の件、そして、この行馬の件を見ると、寡婦の冤を察知した事、死囚の信を見抜いた事、行馬が焼かれたと気付いた事などは、機知がある、「敏」であるとも言えるが、曹攄はそこから更に思考を重ねている。

 また、寡婦が姑を「殺した」、行馬が「盗まれた」という疑いを前提に、遡って思考するのではなく、姑が死した理由、行馬が失われた理由をその状況から推理している。これは咄嗟だけでない、思考そのものの明晰さを示している。

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