臨淄令
『文士傳』と本傳の記述を綜合すると、曹攄は公府の掾屬、府の曹(部署)を掌る掾として辟され、その後、臨淄令へと遷ったと見られる。その時期については、掾の任期が不明であり確定できないが、約三年(足掛け四年)程度とすると太康八年(287)前後、太康の末年となるだろうか。当然、これもまた数年の誤差がある。
臨淄は齊國に属する縣であり、「令」はその長である。なお、縣は『晉書』職官志に依れば「大者置令、小者置長。」と云い、『續漢書』百官志には「萬戶以上爲令、不滿爲長。」とあり、臨淄は「令」であるから「大」・「萬戶以上」という事になる。
しかし、『晉書』地理志で齊國は「統縣五、戶一萬四千。」とあり、臨淄一縣で「萬戶以上」とは考え難い。従って、晉代に「令」が置かれた縣は、比較的「大」という事はあろうが、嘗て大縣であった、古くからの伝統的な城市、という意味しかないだろう。実際、臨淄は春秋・戰國の「齊」國の都で、東漢代には青州の「刺史治」でもあり、齊國のみならず、青州の中心とも言える縣である。
齊國は「國」とあり、「國」は「王」が封じられた郡、つまり、この場合は「齊王」の「國」である。齊王は武帝(司馬炎)の弟である司馬攸(司馬昭第二子)が封じられており、太康三年(282)まで司空、同年に大司馬へ遷り、翌四年(283)に死去している。従って、曹攄が臨淄令となった頃には、その嗣子冏が齊王であった可能性が高い。この齊王冏は「八王」の一人であり、後に曹攄と係わりを持つ事になる。
琅邪王伷傳には「特詔諸王自選令長」と、晉代の「諸王」には治下の縣の令長を「自選」する事が認められていたようであるが、「特詔」とある様に、どこまで普遍化できるのかは不明である。従って、「齊王」が曹攄を臨淄令に選んだ可能性もあるが、詳細は不明とするしかない。
なお、曹攄の「公府」について記すのは『文士傳』のみで、また、「辟」とあるのみで、「掾」との記述はない。しかし、陸雲傳に、その父が「邯鄲令」に用いられん事を欲した「宦人」(宦官)孟玖に対して、陸雲が「此縣皆公府掾資」として反対している事が見える。
「公府掾資」とは七品の公府掾から縣令となるべき縣を云い、邯鄲は戰國趙の都、「趙國」の首邑と言うべき縣である。従って、同様に齊國の首邑であり、かつて「刺史治」でもあった臨淄も、「公府掾資」に相当する縣であるだろう。であれば、曹攄も公府掾から、「公府掾資」の臨淄令となったと見るのが妥当である。
また、曹攄はこの後、尚書郎(六品)、つまり「中央政府の官職につ」いており、郷品三品の通例に従って遷職している。なお、この公府掾から縣令、ついで尚書郎という経歴は「良友」である歐陽建も経ており(歐陽建傳:「辟公府、歷山陽令・尚書郎」)、彼も同じく三品であり、両人の交友もその縁であった可能性がある。
以上から、曹攄は郷品三品として起家しており、魏の宗室の裔であれば当然とも言えるが、「名家」の子弟として扱われたと言える。これは、他の曹氏を見ても判明するのだが、晉に於いて魏の宗族は不当な扱いを受けてはおらず、前代の貴戚として相応の処遇を受けていたと言える。ただ、その一方で、飽く迄も通常の「名家」であり、特別な待遇は受けていないとも言える。
さて、推定が正しければ、曹攄は太康八年(287)前後に臨淄令として赴任する。後から見れば、武帝の晩年という事になるが、司馬炎は同年時点で五十二歳であり、当時としてはまだそうした意識はなく、いま少し、その治世が続くと見られていただろう。
また、太康八年の冬には揚州から廣州(旧吳)で相次いで叛乱が起こるが、何れも早期に鎮圧されている。仮に深刻なものであったとしても、地域的にも隔絶しており、この時点では一縣令である曹攄にはあまり係わりのない事であっただろう。
齊國について言えば、五行志に太康六年(285)として、「三月戊辰、齊郡臨淄・長廣不其等四縣、…(略)…隕霜、傷桑麥。」、武帝紀同八年夏四月に「齊國、天水隕霜、傷麥。」と天候不順が記録されている。これも推定通りならば、曹攄の赴任以前である可能性が高い。
想定通りならば、曹攄は二十代半ば程度の弱輩であり、それよりも年長であったとしても、官吏として経験の浅い人物の初任地を難治の地とするとは考え難く、その点でも臨淄は平穏な、格別問題のない土地であったと思われる。
しかし、曹攄は赴任早々、一つの事件と遭遇する事となる。
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