第13話:四条さんの好きなタイプとかはいるの?

「……でもさ、沢城君は私には聞いてくれないの?」

「え? 聞いてくれないのって……一体何を?」


 すると唐突に四条さんはそんな事を聞いてきた。


「そんなの決まってるでしょう? 私がお付き合いしたいなって思う理想の男性像をだよー。沢城君はそういう事は私に聞いてくれないのかな?」

「えっ? い、いや、それはまぁ、流石にちょっと気になるけどさ……でもそんな事を聞いてもいいの?」

「あはは、そんなの良いに決まってるよー! 沢城君だって教えてくれたんだから私だって教えてあげるに決まってるでしょー!」

「そ、そっか。そ、それじゃあ……四条さんってどんな感じの人がタイプとかってあったりするの?」


 という事で俺はちょっと緊張しつつも四条さんにそんな事を尋ねていった。


 まぁでも四条さん程の魅力的な女性が今までお付き合いをした事がないということは、相手に要求するハードルはかなり高かったりするのかな?


「うん、もちろんあるよー! ふふ、それはやっぱりね……優しい人一択かな!」

「あぁ、なるほどね。優しい人か。うん、それは確かにお付き合いするには絶対に必要な要素だね!」

「うんうん、そうだよね! どんなに魅力がありそうな人であろうとも優しくないと全然付き合いたいって思えないんだよねぇ……って、あぁ、でもそういえばさ、沢城君って凄く優しいよね?」

「え、そ、そうかな? うーん、でも俺は全然普通だと思うけどなー」


 唐突に四条さんがそんな嬉しい言葉を俺に送ってきた。でもそう言われると何だかちょっと気恥ずかしい気持ちもあったので、俺は頬をかきながら全然普通だと答えていった。


 するとそんな俺の様子を見ていた四条さんは優しく微笑みながら俺にこう言ってきた。


「ふふ、そんな事は絶対にないよ。本当に沢城君は誰よりも凄く優しくて素敵な人だよ。ほら、去年の飲み会の事とか……沢城君は覚えてる?」

「去年の飲み会? って、あぁ、もしかして四条さんが始めてお酒を飲んだ日の事かな?」

「うん、そうそう。その日の事だよ。あの時の私は……沢城君の優しさに救われたんだからね……?」


 それは今から一年前のサークルでの飲み会で起きた出来事だ。


 その日は四条さんが二十歳を迎えてから初めての飲み会だったので、四条さんはその飲み会で初めてのお酒を飲んでみたんだ。


 でも四条さんは思いのほかお酒に弱い体質だったようで、四条さんはお酒を一杯飲んだだけですぐに気分が悪くなってしまったんだ。そしてそれに気付いた俺はすぐに四条さんの傍に駆け寄っていき、そのまま四条さんの介抱をずっとしていったんだよな。


「うん、あの日の事は今でも覚えてるよ。いや、でもあの時はマジで焦ったなー。久住とか鳴海は四条さんが気分悪くなってるのに笑いながらお酒をどんどんと注ごうとしてくるし本当にヤバイと思ってかなり焦ったよ……」


 でも俺がトイレに行ってる隙に久住や鳴海はそんな気持ち悪がっている四条さんを見て悪ノリで四条さんにどんどんとお酒を飲ませようとしていったんだ。


 トイレから戻ってきてその光景を見た俺はヤバイと思って全力で久住達を注意して止めていき、その日は飲み会をさっさと切り上げて四条さんを自宅へと送り届けてあげたりとかもしたんだ。


 まぁ次の日に久住達には飲み会で注意された事についてガチギレされてしまったんだけど、でもあの時の選択は今でも間違っていたとは思わない。


「そうそう。私は本当に気分悪かったのに、それなのに部長の久住君がどんどんと私のコップにお酒を注いでくるから焦っちゃったよ。それで私……あまりにも気分が悪くなっちゃってさ、その後に……」

「え? あぁ、まぁ……あれは仕方なかった事だよ」


 実はその日の出来事はそれで終わりではなかった。


 俺が久住達の悪ノリを注意した後、あまりにも気分が悪くなっていた四条さんは俺にこっそりと“もう吐きそう……”と耳打ちをしてきたんだ。


 だから俺は四条さんを店内にあるトイレに連れて行ったんだけど、しかし運悪く店内のトイレは使用中の状態になってしまっていた。


 なので俺は急いで四条さんをお店の外に連れて行って、誰もいないであろう裏路地でコッソリと吐かせようとしたんだ。


 でもお店の外を出た瞬間にもう四条さんは我慢する事ができなくて、そのまま店の外の大通り前で盛大に吐き出してしまったんだ。そして俺はその瞬間に……。


(四条さんのそんな姿を大通りの人混みに見せるわけにはいかない……!)


 そう思った俺は四条さんが吐き出したその瞬間に四条さんの事を抱きしめていき、四条さんの吐瀉物を全て俺の服で受け止めていった。そして四条さんの吐いてしまってる姿を誰にも見せないように俺は全力で壁になっていった。


 その結果として俺は四条さんの吐瀉物を全身に浴びてしまったんだけど、でもその代わりに四条さんの粗相を誰にも見せないで済む事が出来たのであった。そして路上にも四条さんの吐瀉物を溢さずに済んだので帰宅途中の人達には迷惑をかけずに済んだのであった。


「あの時は沢城君が私の壁になってくれてなかったら、帰宅途中の人達の前で粗相を見せてしまう所だったんだよね……それにもし私が路上で盛大に吐いてしまってたら、そんな帰宅途中の人達に凄く迷惑をかけちゃうところだったから……沢城君のおかげで沢山の人達に迷惑をかけないで済んで本当に良かったよ。でもあの時は私のために……沢城君の事を沢山汚しちゃって本当にごめんなさい」

「あはは、そんなの全然大丈夫だよ。まぁでもあの時はサークルで使ってたジャージを持ってきてて良かったよね。あれが無かったら俺は裸で帰る事になってたかもしれないしさ」

「あぁ、確かに確かに! あの日はサークル活動の後だったから全員ジャージを持ってきていて本当に良かったよね。ふふ、でも何だか懐かしいなぁ……初めてお酒を飲んでみたあの日がさ」

「うん、そうだね。いやそれがもう一年近くも前の出来事だなんてちょっとビックリもしちゃうけどさ」


 という事でお互いに一年前の出来事を思い出しながら俺達はしみじみとした雰囲気になっていった。子供だった頃と比べると今は時が経つのが凄く早く感じていくよなぁ。


「ふふ、本当にそうだよね。年々時が経つのがどんどんと早く感じるよね。でもこうやって昔の事を色々と思い出してみても、やっぱり沢城君に迷惑をかけちゃったあの日の事が一番鮮明に蘇ってきちゃうんだ……だから、あの時は本当にごめんなさいね……」

「いやもうそんなの全然気にしないで良いよー。というかそんなに何度も謝らなくて良いよ。俺としては当たり前の事をしただけっていうだけかからさ」

「そっか。うん、わかったよ。でもあの時は沢城君が私の事をずっと介抱してくれて……凄く嬉しかったんだよ。ふふ、だからさ……あの時の沢城君の優しさを私、一生忘れないからね」

「そ、そっか。うん、四条さんがそう思ってくれるのは俺としても嬉しいよ」

「うん。だから本当に……ありがとね、沢城君」


 俺はちょっとだけ気恥ずかしい気持ちになりながら顔を赤くしていると、四条さんは柔和な笑みを浮かべながら俺にそう感謝の言葉を述べてきてくれた。


(……うん、やっぱり四条さんはとても律儀で優しい女の子だよなぁ)


 もう一年近く前の出来事なのに、未だにその事を感謝してくれるなんて四条さんは本当に良い子だよな。俺はそんな事を改めて思いながらも、それからも四条さんと楽しく飲み会を続けていった。

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