第5話 飛龍の気遣い!
この日は朝から忙しかった。
早朝、すっかり
(以前とは色違いの仮面。ひょっとして仮面集めが趣味だったりする変わり者なのか?)
「趣味ではないぞ灯翠」
「おー。皇帝ともなると人の心が読めるようになるのか?」
「違う。顔に書いてある」
「はっ……!」
急に空を眺め、顔ごと視線を
「今日はいい天気になりそうですね〜」
「無知とは実に恐ろしい。今回は特別に仮面の秘密を教えてやろう。あの仮面は指紋を識別し犯人を特定することができる便利なモノなのだ。それと余の正体を隠す意味合いも含めてちょうどよかったので被っていたまでだ」
仮面の目の部分に貼ってある紫色の
「実のところ、あのときは指紋がたくさんついていて判別不能だったのだがな!」
「陛下はそんな状況下でも顔色ひとつ変えず、
飛龍が
「なぁーんだ。結局は、はったりだったんだ。
頭の後ろで腕を組む灯翠の態度を見て、今にも殴りかかろうとする龍望皇帝。慌てて止めに入る飛龍だった。
――この男の気苦労は、今後も絶えることがないのである――。
◇◇◇
ひとつ咳ばらいをした後、首を大きく回し龍望皇帝が話を再開する。
「万が一にも他人に見られるとまずいのでこの姿で話をする。よいな」
「御意!」
「へい」
(水色の仮面にもなにか秘密があったりして……)
ふたりの返事を確認すると、ようやく本題に移った。
「本日よりお主たちがここ雷鳴宮に住むのだ!」
「御意!」
「えっ!?」
ふたりの返事が割れる。高貴な
「まさかとは思うが、
冷徹な声へと変わり、その場の空気が
(そうそう、このゾクゾク感がたまらなくいい)
「わたしは嫌とは言っていないぞ。ただ驚いただけだ。どうせまた面倒なことにでも巻き込む
「ほほう。
龍望皇帝の声色が普通に戻ると、彼女の
(どうして戻っちゃうんだよ~)
「実は、この雷鳴宮に
「陛下、
「そうなのか? では、妃たちが安心して住める環境を整えてやるのも余の仕事だな。頼んだぞ!」
「あの〜 わたしもその妃候補のひとりのか弱き
「お主は違うだろう。以前、幽鬼なんているわけないと
それは雷鳴宮で賊を捜索した後、4人が集まって捜索結果を報告し合い、共有しているときのこと。(第3話参照)
「ふたりとも幽鬼の存在を否定する者同士だ。お互いが協力し、雷鳴宮の幽鬼を成敗せよ。よいな」
「御意!」
「へいへい」
(ここで嫌だとは言えない……)
「ひとつ教えてくれ灯翠。どうしてお主は皇帝である余に対して、そうも無礼な態度がとれるのだ?」
「さぁ? 田舎者ですので礼儀を知らぬだけかと……」
龍望皇帝が飛龍を
妃候補の教育係も兼任する飛龍は急に空を眺め、顔ごと視線を逸らすと、口笛を吹いて見せた。
「今日はいい天気になりそうですね〜」
「笑えんぞ飛龍!」
飛龍の失態だった。
「そうだ、雷鳴宮のとなりにある
眉をいちどだけ大きく上げ、その場を去る龍望皇帝。その姿を見送ってからこんどは灯翠が飛龍を睨む。
「わたしの真似などするからだぞ」
「わたしとしたことが……面目ない」
肩を落としその場にしゃがみ込んでしまった。
「そこまで反省しなくても……ところで飛龍様、幽鬼なんて存在しないものをどうやって成敗するんだ?」
「それはな……食堂で
急に立ち上がり不敵な笑みを見せたのだった。
◇◇◇
「足が痛い~ もう歩けな~い」
泣き言を言う灯翠。後宮外廷にある食堂の椅子に座ると、足を棒のように伸ばし、だされた水を一気に飲み干した。
すでに
――
効率を考え二手に分かれそれぞれの噂話を
灯翠のほうは古い噂話だったため自ら話を振って噂の出どころを探ることに。このときの彼女は、まだことの難しさにまったく気づいていなかった。気楽に噂話を遡る。そして、3人目にその問題にぶつかったのだった。
それは、噂話が古いが
彼女が噂話をだれから聞いたのかを尋ねたところ、「忘れた」の一言が返ってきたのだ。そうなると最初からやり直しになる。結局、20回以上も最初からやり直し、後宮中を
そんな灯翠の苦労を
「いくら注文してもかまわんが、本当にそんなにたくさん食べられるのか?」
「大丈夫、大丈夫」
(2日分は食い溜めできる)
妃候補たちは基本後宮内廷で暮らす。上級妃候補ともなれば食べたいものを
飛龍が『雷鳴宮の噂話』についての話を始める。
「雷鳴宮の元主、
(だいぶ美玉の肩を持った噂話のように感じるが……)
「灯翠、この噂話の出どころはいったいだれだと思う?」
注文した食事が続々と
「う~ん。ヒントをくれ!」
「お主も会ったことがある者だぞ」
「後宮内でわたしが会った人といえば……ひょっとして曹夜警宦官か!」
「はずれだ! 信者庫送りとなった曹は現在、
「げっ!」
灯翠の正面に置かれた蟹シュウマイの皿が飛龍に奪われた。
(わたしの蟹が~)
「正解は、美玉の侍女頭だった
「でもさ~ 後宮追放を隠すためにそこまでするか~ 普通?」
「それは的を得ていないぞ灯翠。嘘をつくのに慣れていた美玉の流した噂話だ。後半部分はうまく名誉回復に使っているが、本当の目的は前半部分にある。
灯翠は干し柿を食べ終え、
「後宮から去るっていうのに、どうしてそんな面倒なことをする必要があるんだ?」
「おそらくは、後宮追放のさいに雷鳴宮から持ち去ることのできなかった、他人には絶対に見られてはいけないなにかを残しておるのだろう」
「でも、雷鳴宮の中はわたしたちがくまなく捜査をしてるじゃないか」
「寝室以外はなっ」
「あっ!」
今度は、
(わたしの茄子が~ このままではどんどん食事が減ってしまう~)
灯翠が『冷厳宮の噂話』についての話を始める。
「今度はわたしの番。冷厳宮の幽鬼話は、その姿を見た者が神隠しに
「それでその噂話の出どころはだれだった?」
(キタ~ 昼餉回収の
「だれだと思う?」
「先々代の皇帝、
「ひょっとして知ってた?」
「ああ。ただお主のおかげで裏が取れた。決して無駄ではなかったのだから、そんなぶすくれた顔するなっ」
(そうじゃない。それでは昼餉が回収できないんだよっ!)
「忠義に厚い明景殿のことだ。冷厳宮の噂話の出どころは龍輝皇帝と考えるのが妥当だろう」
最後に
今日イチ目を輝かせる灯翠だった。
「お主は甘いものには目がないようだな。わたしの分もやろう」
「本当か!? 本当にいいのか!?」
飛龍が頷くのを確認してから、灯翠が桃饅頭を両手に持ち頬張る。
肩肘をつき、微笑ましい表情でそれを眺める飛龍。実は彼、正解できぬ灯翠に対して意地悪をしていたわけではなかった。
柿と蟹。
焼き魚と漬物。
これらは食べ合わせが悪いと後宮内で言われている組み合わせだったのだ。そのため、蟹シュウマイと茄子の漬物をあえて食べさせなかったのだ。
すべては灯翠の体調を気遣ってのこと――残念なのは、そんな気遣いが彼女にはまったく伝わっていなかったということだ。
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