第3話 袋小路!?
深夜、
「お主も一緒についてこい!」
「えっ?」
「
「え~ そんなのいらな~い」
明らかに嫌そうな顔をする。
「ほほう。では教えてくれないか! お主は絶世の美女なのか? それとも、字の読み書きが得意だったか? 舞踊はどうだ? 優雅に食事は……」
「もういいっ。わかった」
(あのままずっとふたりきりでいたらヤバかった……)
火照った顔を両手で
すでに
後宮の外周は高い塀で囲まれている。なので、侵入経路は正面にゆいいつひとつだけある
(外部からの侵入は不可能だ。となると……)
◇◇◇
「ここです。宝物庫の近くで賊を発見し、追い詰めたのですが……ここで見失ってしまいました。すみません」
案内役の曹夜警宦官が前方を指差す。
そこは両脇に高い塀が
周囲を警戒し慎重に一本道を進む。
隠れられるような物陰などはない。
さらに進むと、門の手前でひとり背を向け待機している夜警宦官の姿があった。夜の見回りは基本ふたり一組で行われているためである。待機中の夜警宦官が飛龍たちの存在に気づき振り向く――その者は、白地に紫色の
(夜警宦官用の官服は着ているが……どうにも怪しすぎるぞ、その仮面)
一歩身を引き身構える
完全に
「なあ。あの仮面の宦官どう思う?」
「はい?」
手持ち
「あいつ、ここ最近入った新人なんだが、夜中になるとどこからともなく姿を現し、朝方になると、いつの間にかいなくなっちまうんだ。夜警宦官のだれとも話をしないし、仮面も外さない。最初に
「ははは……わたしにはなんとも」
(たったひと月の付き合いだが飛龍は信用できる。その飛龍がああも親し気に話をしているのだがら信用できると思いたいところだが……)
「おっと雑談もここまでだ。あのふたりの会話が終わったようだ」
飛龍と望夜警宦官のふたりが戻ってきた。
なにやら神妙な面持ちのように
「ふたりとも今日のところは引き下がるぞ!」
「えっ!」
「どうしてですか? 感服いたしかねます。理由をお聞かせください」
ただただ驚く灯翠。
不満をあらわにする曹夜警宦官。
曹は失言したことに気づき慌ててその場に
飛龍が望の肩に手を当てそれを制すると、その理由を穏やかな表情で伝えたのだった。
「理由は簡単だ。聞けば、賊らしき者を発見したのはお主だけなのだろう曹。望のほうは賊の姿を見ていないと言っておるぞ」
「そ、それはそうですが……
「そうではない。ただな、この門の先には豪商欧家のひとり娘であられる
「飛龍様。わたしは見間違いなどしていません。どうかご英断を!」
長考の沈黙を破ったのは、「ギィーー」という重苦しい音だった。それは雷鳴宮の門が開く音。
「開いたぞ、飛龍!」
声の主は灯翠。無駄に目を輝かせている。
驚いた飛龍が声を荒げる。
「開いたではない! 門には必ず鍵がかけられているはずだぞ!」
「う~ん。それは解錠したぞ。楽勝~ 楽勝~ なにせわたしは鍵師だからなっ」
鍵師とは、錠前の機構を理解した上で、これに対応する鍵を用いずに解錠することのできる技能者のこと。この時代には数人しか存在しない極めて特殊な職業のひとつである。
頭を抱える飛龍。そんな彼の耳元に顔を近づけ、なにやらそっと
「灯翠! わたしが引き下がると言ったのを聞いていなかったのか?」
「当然聞いてたぞ。でもさ~ 美玉になにかあった場合だって結局は処罰の対象になるんじゃないの? だったら後悔したくないじゃん。ですよっ」
両手を腰に当て、実に堂々としていた。
ただ、敬語の使い方は間違えている。
「ほほう」
仮面の下から声が漏れる。
灯翠はなぜか身震いを覚えた。
(初めて声を聞いた……なんか怖い)
望は仮面の顎の部分をつかみ、なんどか頷いた。
(感心してくれてるのか?)
「門が開いてしまった以上、このまま引き下がるわけにはいかなくなった。皆の者、賊の捜索を継続するぞっ!」
上官である飛龍を先頭に、雷鳴宮内に不法侵入することとなった。
◇◇◇
雷鳴宮内での賊の捜索は、灯翠と曹、飛龍と望のふた組に分かれて行われた。
ただし、上官である飛龍の指示で美玉の寝室は捜索から外された。それは、
(なにかがおかしい……)
捜索を終えた4人が集まる。
「ひょっとして
「それはないだろう!」
「わたしも飛龍様と同じ。幽鬼なんているわけない!」
「…………」
捜索結果を共有しながら話をまとめる4人。
雷鳴宮の中央広間に全員が集められる。
飛龍によってことの経緯が説明され、最後に謝罪が行われたのだった。それを受け、ここを取り仕切る美玉の表情が変わった。それはまるで策士の表情だった。
「さて、この騒ぎの責任はいったいだれがとってくれるのでしょうかね〜」
と言いながら、笑顔を見せる。
表情と発言がまったく合っていない。
――沈黙が続く――。
辛抱しきれなくなった灯翠が口を開いた。
「賊があんたに危害を加える可能性だってあっあんだぞ。結局賊は見つからなかったけど、それにどんな責任問題があるってんだよ」
「言葉を知らぬ無礼者は黙りなさい!」
「ここは後宮です。皇帝様の所有物となったわたくしたちは常に規則に従って行動せねばなりません。それはつまり、余計な混乱を招いて皇帝様に迷惑をかけないためです。どんな理由があろうとも、まずは門をたたき侍女に話を通す。それくらいのことは、上級宦官なら当然把握していますでしょう」
「…………」
飛龍はなぜかうつむき黙ったままだった。
「恐れ多いのですが発言させていただきます。わたしも美玉様と同様の忠告を上官に致したのです。ですが……」
「ほう、それは興味深い。発言を続けなさい」
美玉と曹がまるで事前に示し合わせたかのような連携を見せる。
「はっ。仮面を被ったあの怪しげな宦官の賊発見という虚言を信じ、この無礼な女がこれまた怪しげな術を使い雷鳴宮の門の鍵を解錠。その後、混乱する美玉様を無視し雷鳴宮内を捜索。おそらくこの3名は協力関係にあり、賊の侵入をでっちあげその混乱を利用して、欧家の財産を盗み取る策略だったのではないかと思われます」
(なにを言ってんだ、こいつ。わたしは怪しげな術など使ってないぞ!)
「なるほど。筋が通った説明ですね」
「どこがだよ。悪意たっぷりの無茶苦茶な報告しやがって。そもそも賊の発見を伝えにきたのは曹のほうじゃないか!」
「よく
先ほど親しげに話しかけてきた者とは思えぬほどの豹変ぶりを見せる曹だった。
「わたしは事実無根です。信じてください美玉様!」
まるで迷子の子犬のような目である。
「そうなるとですよ。だれが信用に値するかを吟味する必要がありそうですね〜」
言い争うふたりの前を
「たしか飛龍上官は大きな罪を犯し
美玉が羽扇を各々に向けながら、値踏みをしてみせた。
「そ、そんな……」
「あの~ 先ほどから気になっていたのですが、彼女のその
「えっ?」
美玉の侍女頭の指摘によって、ほかの侍女たちがすかさず灯翠の裾を調べる――そこからは、なんと純金製の
「それは美玉様がいつも寝室の枕元に置かれ大切にしておられる櫛!」
侍女頭が口元に手を添え、驚く。
「証拠の品まででてきた以上、言い逃れはできませんよっ!」
したり顔の美玉が、曹に視線を送った。
そう、これはふたりよって最初から仕組まれていたことだったのだ。皇帝の妃候補をひとりでも多く
灯翠と飛龍は、まんまとふたりに
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