第3話 袋小路!?

 深夜、ぞくの侵入を上官である飛龍フェイロンに知らせにきたのは、夜の見回りをしていた夜警宦官だった。


「お主も一緒についてこい!」

「えっ?」

手柄てがらを立てるぞ!」

「え~ そんなのいらな~い」


 明らかに嫌そうな顔をする。


「ほほう。では教えてくれないか! お主は絶世の美女なのか? それとも、字の読み書きが得意だったか? 舞踊はどうだ? 優雅に食事は……」


「もういいっ。わかった」


(あのままずっとふたりきりでいたらヤバかった……)


 火照った顔を両手であおぎながら上着を羽織る。

 すでに手燭てしょくは用意されており、それを持って、ぞくを見失った場所まで一緒に走ることとなった。 



 後宮の外周は高い塀で囲まれている。なので、侵入経路は正面にゆいいつひとつだけある南陽なんよう門にしぼられる。ただしそこは、警備兵が複数名で常駐しているうえ、日が沈めば門は固く閉ざされてしまう。


(外部からの侵入は不可能だ。となると……)




◇◇◇




「ここです。宝物庫の近くで賊を発見し、追い詰めたのですが……ここで見失ってしまいました。すみません」


 案内役の曹夜警宦官が前方を指差す。


 そこは両脇に高い塀がそびえ建つ一本道。奥には大きな扉があり道をふさいでいる。その扉を開ければ、雷鳴らいめい宮があるのみだった。そこは以前、四夫人のひとりである風花フォンファ賢妃の住まう場所であった。皇帝が代わった今は、豪商で名をせるオウ家が有り余る財力を武器に、ひとり娘である美玉メイユーとその世話係をここに仮住まいさせている。


 周囲を警戒し慎重に一本道を進む。

 隠れられるような物陰などはない。


 さらに進むと、門の手前でひとり背を向け待機している夜警宦官の姿があった。夜の見回りは基本ふたり一組で行われているためである。待機中の夜警宦官が飛龍たちの存在に気づき振り向く――その者は、白地にふち取りがほどこされたきつねの仮面を被っていた。


(夜警宦官用の官服は着ているが……どうにも怪しすぎるぞ、その仮面)


 一歩身を引き身構える灯翠ヒスイ。それとは対照的に飛龍は躊躇ちゅうちょすることなく待機していた仮面の宦官に声をかける。そして、なにやら小声で話し始めると、灯翠たちとは距離を置いたのだった。



 完全に蚊帳かやの外に置かれてしまった灯翠と曹夜警宦官のふたり。



「なあ。あの仮面の宦官どう思う?」

「はい?」


 手持ち無沙汰ぶさたとなった曹夜警宦官が話しかけてきた。


「あいつ、ここ最近入った新人なんだが、夜中になるとどこからともなく姿を現し、朝方になると、いつの間にかいなくなっちまうんだ。夜警宦官のだれとも話をしないし、仮面も外さない。最初にワンとだけ名乗ったがそれだって本当の名前かどうか眉唾まゆつばものだ……正直、気味が悪くて……」


「ははは……わたしにはなんとも」


(たったひと月の付き合いだが飛龍は信用できる。その飛龍がああも親し気に話をしているのだがら信用できると思いたいところだが……)


「おっと雑談もここまでだ。あのふたりの会話が終わったようだ」


 飛龍と望夜警宦官のふたりが戻ってきた。


 なにやら神妙な面持ちのようにうかがえる。仮面によってその表情はわからないが、望夜警宦官のほうもなにやら重苦しい雰囲気を放っていた。


「ふたりとも今日のところは引き下がるぞ!」


「えっ!」


「どうしてですか? 感服いたしかねます。理由をお聞かせください」

 

 ただただ驚く灯翠。

 不満をあらわにする曹夜警宦官。


 曹は失言したことに気づき慌ててその場にひざまずいた。そんな同僚を不満に思ったのか望が一歩前にでる。


 飛龍が望の肩に手を当てそれを制すると、その理由を穏やかな表情で伝えたのだった。


「理由は簡単だ。聞けば、賊らしき者を発見したのはお主だけなのだろう曹。望のほうは賊の姿を見ていないと言っておるぞ」


「そ、それはそうですが……龍玄ロンシュェン皇帝時代から後宮で仕えるわたしではなく、新人で得体の知れぬ望を信用するというのですか? 飛龍様」


「そうではない。ただな、この門の先には豪商欧家のひとり娘であられる美玉メイユー様が仮にとはいえ従者とともに住まう宮。こんな深夜に無理やり押しかけて、もしも賊を見つけられなければ我々が逆に刑罰を受ける可能性だってあるのだぞ」


「飛龍様。わたしは見間違いなどしていません。どうかご英断を!」



 あごに手を当て、長考する飛龍だった。



 長考の沈黙を破ったのは、「ギィーー」という重苦しい音だった。それは雷鳴宮の門が開く音。


「開いたぞ、飛龍!」


 声の主は灯翠。無駄に目を輝かせている。


 驚いた飛龍が声を荒げる。


「開いたではない! 門には必ず鍵がかけられているはずだぞ!」


「う~ん。それは解錠したぞ。楽勝~ 楽勝~ なにせわたしは鍵師だからなっ」

 


 鍵師とは、錠前の機構を理解した上で、これに対応する鍵を用いずに解錠することのできる技能者のこと。この時代には数人しか存在しない極めて特殊な職業のひとつである。



 頭を抱える飛龍。そんな彼の耳元に顔を近づけ、なにやらそっとささやく望だった。


「灯翠! わたしが引き下がると言ったのを聞いていなかったのか?」


「当然聞いてたぞ。でもさ~ 美玉になにかあった場合だって結局は処罰の対象になるんじゃないの? だったら後悔したくないじゃん。ですよっ」


 両手を腰に当て、実に堂々としていた。

 ただ、敬語の使い方は間違えている。



「ほほう」



 仮面の下から声が漏れる。

 灯翠はなぜか身震いを覚えた。

 

(初めて声を聞いた……なんか怖い)


 望は仮面の顎の部分をつかみ、なんどか頷いた。


(感心してくれてるのか?)


「門が開いてしまった以上、このまま引き下がるわけにはいかなくなった。皆の者、賊の捜索を継続するぞっ!」


 

 上官である飛龍を先頭に、雷鳴宮内にすることとなった。




◇◇◇




 雷鳴宮内での賊の捜索は、灯翠と曹、飛龍と望のふた組に分かれて行われた。


 ただし、上官である飛龍の指示で美玉の寝室は捜索から外された。それは、あるじの尊厳を尊重しての配慮からだった。それ以外の場所はくまなく捜索がされたのだが――結局、賊を見つけるにはいたらなかった。そればかりか、賊が侵入したという形跡すら見つけることができなかったのだ。


(なにかがおかしい……)



 捜索を終えた4人が集まる。


「ひょっとして幽鬼ゆうきの仕業とかだったりとかしませんか上官?」

「それはないだろう!」

「わたしも飛龍様と同じ。幽鬼なんているわけない!」

「…………」


 捜索結果を共有しながら話をまとめる4人。




 雷鳴宮の中央広間に全員が集められる。


 飛龍によってことの経緯が説明され、最後に謝罪が行われたのだった。それを受け、ここを取り仕切る美玉の表情が変わった。それはまるで策士の表情だった。


 羽扇うせん(鳥の羽で作った扇)をゆっくりと扇ぐ。次いで、乱れたままの寝間着姿で、一番大きな扶手椅ふしゅい(肘掛け椅子)に腰を下ろし足を組む。扶手ふしゅ(肘掛け)の部分には黒い布がに巻きつけられていた。


「さて、この騒ぎの責任はいったいだれがとってくれるのでしょうかね〜」


 と言いながら、笑顔を見せる。

 表情と発言がまったく合っていない。


 

 ――沈黙が続く――。



 辛抱しきれなくなった灯翠が口を開いた。 

 

「賊があんたに危害を加える可能性だってあっあんだぞ。結局賊は見つからなかったけど、それにどんな責任問題があるってんだよ」


「言葉を知らぬ無礼者は黙りなさい!」


 一喝いっかつされた。


「ここは後宮です。皇帝様の所有物となったわたくしたちは常に規則に従って行動せねばなりません。それはつまり、余計な混乱を招いて皇帝様に迷惑をかけないためです。どんな理由があろうとも、まずは門をたたき侍女に話を通す。それくらいのことは、上級宦官なら当然把握していますでしょう」


「…………」



 飛龍はなぜかうつむき黙ったままだった。



「恐れ多いのですが発言させていただきます。わたしも美玉様とを上官に致したのです。ですが……」


「ほう、それは興味深い。発言を続けなさい」



 美玉と曹がまるで事前に示し合わせたかのような連携を見せる。



「はっ。仮面を被ったあの怪しげな宦官の賊発見という虚言を信じ、この無礼な女がこれまた怪しげな術を使い雷鳴宮の門の鍵を解錠。その後、混乱する美玉様を無視し雷鳴宮内を捜索。おそらくこの3名は協力関係にあり、その混乱を利用して、欧家の財産を盗み取る策略だったのではないかと思われます」


(なにを言ってんだ、こいつ。わたしは怪しげな術など使ってないぞ!)


「なるほど。筋が通った説明ですね」


「どこがだよ。悪意たっぷりの無茶苦茶な報告しやがって。そもそも賊の発見を伝えにきたのは曹のほうじゃないか!」


「よくえる小娘だ!」


 先ほど親しげに話しかけてきた者とは思えぬほどの豹変ぶりを見せる曹だった。


「わたしは事実無根です。信じてください美玉様!」


 まるで迷子の子犬のような目である。

 

「そうなるとですよ。だれが信用に値するかを吟味する必要がありそうですね〜」


 言い争うふたりの前を優雅ゆうがに歩き、落ち着きなさいと言わんばかりの美玉が言葉をかける。


「たしか飛龍上官は大きな罪を犯し腐刑ふけいとなったと聞き及んでいます。仮面の宦官は無口なうえ見るからに怪しいですし、言葉を知らぬ無礼者は問題外。それに引き換え曹夜警宦官は先帝からつかえ、忠義も厚く、礼儀もわきまえている。…………どうやら答えは出たようですね〜」



 美玉が羽扇を各々に向けながら、値踏みをしてみせた。



「そ、そんな……」


「あの~ 先ほどから気になっていたのですが、彼女のそのすその膨らみはなんなのでしょうか?」


「えっ?」



 美玉の侍女頭の指摘によって、ほかの侍女たちがすかさず灯翠の裾を調べる――そこからは、なんと純金製のくしがでてきたのだった。



「それは美玉様がいつも寝室の枕元に置かれ大切にしておられる櫛!」


 侍女頭が口元に手を添え、驚く。



「証拠の品まででてきた以上、言い逃れはできませんよっ!」


 したり顔の美玉が、曹に視線を送った。


 そう、これはふたりよって最初から仕組まれていたことだったのだ。皇帝の妃候補をひとりでも多く蹴落けおとしておきたい美玉と、他人をおとしいれてでも出世したい曹が結託したのだ。


 灯翠と飛龍は、まんまとふたりにめられる形となったのだ。正義感のもと、賊を追い詰めようと行動していたはずの灯翠たちだったが、皮肉にもその賊は存在せず、逆に自分たちが袋小路へと追い詰められていたのだった。

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