【第1章|天使と悪魔と(世界の?)真実】

〔第1章:第1節|墓終結空〕

 ————————

 ————

 ——

 ……。

 …………。

 ……………………。



 あたしは、ゆっくりと目を開いた。

 あたし? ゆっくり? 目? 開いた?


 ……なにが?


 開いた、と思った(思った?)。

 けど見えてるのは、白(見えてる? 白?)。

 …………?

 白(白?)。

 見えてる景色(景色?)は、白白白。


 白い部屋(部屋?)。いや、白い場所(場所?)?


 ……なにが?


 変な(変な?)感覚だ(感覚?)。

 目を閉じる(閉じる?)。


 ——フゥー……。


 深呼吸(深呼吸?)すると、頭(頭?)の中が、徐々に(徐々?)晴れ渡っていく。

 ……晴れ渡っていく? 違った。違った?

 透き通るような、流されるような……。

 ——澄み渡っていく。

 澄み渡っていく? ——言い得て妙。

 誰の頭が? ……あたしだ。


 ——フゥー……。


 あたし?


 眠っていた気がするのに、頭が心地良い空白に染まり、頭痛とか不安とか悩みとか……込み入った思考がなに一つ浮かばない。

 逆に不安な気もするけど、不安にしてはどうにも快適。


 どうして?


 パニックになりたい気がするのに、パニックになる理由が無い。

 パニック? ……パニックって、なんだっけ?


 なにが? なにが?

 どうして? どうして?


 あたし? あたし?


 ——フゥー……。


 少し、落ち着こう。

 脳が再起動するように……再起動? リブート? リブート? 違う。——リルート?

 パニック。パニック?


 なんだっけ?


 目を開ける。

 頭の中の反響が止んだ。

 魔法みたいに。慣れたみたいに。

 不思議な気分だ。妙に落ち着いている。

 頭が軽い。

 ——クリア過ぎる。

 冴えている——というのだろうか。

 変だ。というか、ここどこ?

 あたしの視界は、白。

 でもあれ……病院的な白さじゃない。光ってる感じの白さ。少し黄色みを帯びているというか、薄くじんわり光ってる感じ。

 刺激的じゃない、鋭利じゃない感じ。

 眩しさも感じない。

 あたしは、自分の体を見下ろす。

 あたしの右手と、あたしの左手。

 傷ひとつ無い。怪我ひとつ無い。

 不自然なほど。

 着ている物も妙だ。

 バスローブのようだけど、タオル生地じゃなくてごわごわしてない。パジャマにも似ているけど、襟はなく少しゆったりめの、長袖長丈のシンプルな白い服。どこかの高貴な民族衣装のようだけど、それにしては質素過ぎる。靴は履いていない。裸足だ。

 なんでこんな服着てるんだっけ?

 顔を上げる。辺りを見渡すもこの場所は、近くも遠くもどこかもわかんない。

 白いだけの場所。

 光源が見えないけど、景色全てが薄く光っているように見える。


 ——どうなってるの? 全然わかんない。


 ゆっくりと上体を起こす。自分が仰向けに寝ていた事に気付く。

 異質なほど軽々とだった。起きた勢いで浮きそうとも思ったくらいに。

 重力を感じない。引力もかも?

 不安だ。

 夏場の夜、タオルケットだけで寝る時みたいに。

 毛布が欲しい。重しが欲しい。


 ——実感・・が欲しい。


 ——なんの?


 周りに見えているのは、白い——いや。よく見ると、僅かに黄色い気もする。

 ……それはもう感じた事? 

 寝ていた? 寝かされていた? とにかく、風景と同じく発光している床(または地面?)から、あたしはゆっくりと立ち上がる。


 わかんない事が多過ぎる。


 あたし、なにしてたんだっけ?

 でも、ゆっくりは考えられなかった。

 立ち上がった瞬間に、あたしの足の裏からなにかが伝わった﹅﹅﹅﹅。視界の光が波打つような強弱に瞬き、それが振動し、響き渡った。床(地面?)も、まるで続いてはいないかのように、上下左右、三百六十度全てに。

 自分が、果てしなく広い場所にいるのだと実感させる。

 頭が変に冴えている所為で、困惑するも焦ってはいない。

 穏やかな鼓動のようだった光が、条々に点滅するように増幅していく。

 それでも、落ち着いていられてしまう。

 あたしは……あたし、あたし?

 あたしの事を、思い出してみよう。


 思い出そうとしてみると、案外すぐに思い出せた。

 

 あたしは、結空。

 墓終結空。

 あたしの苗字は、昔から不吉だとか物騒だとか、よく言われた。

 小さい頃は揶揄われ、後ろ指を指されるだけだった。この数年は、拳と足でお返しをお見舞いしてきたけど。

 思い出せるもんだ。

 苗字より物騒な性格だと自覚はあったけど、落ち着き過ぎる自分というのは、それはそれで違和感がある。

 罪悪感にも似た後悔。

 ——どうして?

 周囲の点滅が強く、徐々に眩しくなってきて、目を開けてはいられなくなる。

 素直に、目を閉じる。

 瞼の裏の世界は静かだ。

 けれどその暗さも、徐々にドットのようなノイズへと変わり、霧が晴れるように、瞼の外の世界と同化していく。

 そして——そして。

 突然、眩さが閉じた。





 ————。

 薄い風を顔に感じて、ゆっくりと目を開ける。

 広がっていたのは、白い世界ではなく、空。

 薄い青空と、まばらな雲。

 果てしなく澄んだ水色に、アクセントのようにまばらな白。今度の白は、本当に白だ。

 あたしにしては珍しく、率直に綺麗だと思った。

 限り無くどこまでも広がる青空。

 緩やかに流れゆく小さな雲々。

 太陽の姿は見えないけど、延々と続く綺麗な空。あたしはその真ん中に立っている。

 立っているのは……水面? 空と同じくらい果てしなく、薄く水の張った透明な地面。足の甲が浸らない程度で、裸足の先にも空が見えている。

 あたしの顔も反射している。

 留めていたヘアゴムが無い。いつもの髪型は解けていて、編んだひと房で押さえていた前髪が、左目の周辺だけを隠していた。

 その透明な液体は、冷たくも熱くもなかったけど——指の間を通り抜ける感触は、過剰なくらいに気持ちが良かった。

 不思議だ。触れている間は濡れているのに、足を持ち上げると透明な液体は全て、指先から滴り落ちてしまう。濡れていた痕跡なんて、全く無いみたく。



「……墓終、さん……?」



 ビクッッ! と。

 内心、水の感触に少しはしゃいでいたあたしは、背中に掛けられた声に驚いた。

 一瞬迷ったけど、すぐに振り返る。

 そこにいたのは、二人。立っていたのは一人。

 目元を隠すような前髪と、襟元で切り揃えた後ろ髪。見えている口と鼻は、どこか幼なげの顔立ち。その格好はあたしのように、白いシンプルな服を纏っていた。多少丈が違うだけのようで、形はまったく一緒に見える。

「……薇、字名?」

「は、はい……」

 同級生で、元クラスメイト。

 去年は同じクラスだったけど、殆ど接点はなかったはず。二、三、言葉を交わした事があったっけ?

 どんな服を着ていようとも、今あたしと向き合っているように、オドオドビクビク——自分の意思がないような態度で、いつも肩を振るわせている。そんなやつ。

 これで時々ぶつぶつと独り言を言っているのだから、あたしが言うのもなんだけど、去年クラスでは浮いている存在だった。たぶん今年も。ヘタすりゃ中学以前も。

 陰口には拳をペイバックしていたあたしからしてみれば、その性格で今までよく生きてきたもんだ。……嗚呼、金持ち一族だっけ?

 でも、なんでここに? てか、ここはどこ?

「あ、あの……」

 なにか言いたげだ。あたしは、薇がなにか言うのを待つ——というより、待ってても無視しても問題無いだろうと、その臆病顔越しにもう一人の方を見た。

 倒れたまま寝ている女。

 あたしらとおんなじ格好で、薄い水面にうつ伏せで寝ている。僅かに上下する体。呼吸はあるから、死んではいない。

 ……誰だっけ? 知っているはず。

 ……名前は……なんだっけ?

 思い出せるはず。

 思い出す。

 ————。

 ——…………先生? 確か……教育実習生?


 ——!


 突如、記憶が蘇った。

 あたしの記憶。

 ここ﹅﹅に来る前。

 半透明なスライドのような記憶が、視界の中で一気に重なっていく。

 ——校舎に刺さった車。

 ——暴走する車。

 ——降ってくる車。

 ——バス。


 ——


 嫌な予感を察した。

 いや、次第によっては知っていた﹅﹅﹅﹅﹅のかもしれない。

「は、墓終、さん……?」

 あたしは怖い顔をしていたらしい。

 より小さくなったように見える薇字名が、その緊張が目に見えるほど震えながら、あたしに一歩近近付いた。

「……なに?」

 気を遣ったつもりだったけど、強い口振りが出た。薇字名が息を呑む。

「あっ……えっ……ご、ごめんなさい。……なんでも、ないです。……ごめんなさい」

 「ごめんなさい」だなんて、あたしの人生では日に一度言えば良い方だけど、やはり名家のお嬢様は違うようだった。

 じゃなくて。

「あたしら、もしかしてさ…………」

「は、はい……その……その…………」

 明言はできない。したくない。

 意味がわかんない。

 ——実感が欲しい。

 ふと気付いた。ポケット——は無い。携帯画面端末は無い。手首に付いているはずの学生IDも。薇字名も、白い服のみ。

 あたしはその横を通り過ぎると、伏せたまま先生の傍へ。水に膝を付くと仰向けに起こそうとした。


 触れられなかった。


 あたしの手は、伏せた先生の背中から何センチか——十センチくらいの隙間を開けて、それ以上近付けない。

 触れられない。

 肩も腕も、足も頭も。

「ん?」

 あたしは立ち上がると、しれっと傍に来ていた薇字名に、当人が怯えるのも無視して、あたしはその肩に手を伸ばした。


 けれども、やはり触れられない。


 なにか……なにか、堅いなにか﹅﹅﹅に阻まれる。

 なに? 堅い……なに?

 妙に頭が冴えているからこそ……苛々する。

「先に言っとく、ごめん」

 日に一度を、彼女にここで使うとは。

 あたしは試しに、薇字名の鼻っ柱に左の拳を打ち込んだ。

 もちろん、軽く。本気じゃない。恨みがあるわけでもない。

 あたしの左指——第二関節と第三関節の間が、薇字名の顔の前にある見えないなにかに接触した途端、目の前で爆発があったかのように、あたしの体は後ろに大きく弾かれた。あたしの足は水から離れ、軽々と先生を越えて、背中から水面に落ちた。

「は、墓終さん!」

 心臓はバクバク言っていたけど、空を見上げたあたしの中で、僅かに興奮が生まれたのを自覚した。

 ——実感。

 これが。

 ぴちゃぴちゃ水を踏む音がして、薇字名が慌てて来た。

「だ、大丈夫ですか……?」

 あたしを起こそうとしたけど、結局は同じ事。

 吹っ飛びはしなかったけど、あたしに触れる事はできなかった。

「な、なん、で……?」

「わかんないけど……先生を起こそう」





 あたしたちにはお手上げ。気に食わないけど、大人の力に頼ってみよう。

 そう思ったのに。

「このクソアマぁッ!」

 寝姿に蹴りを入れたあたしは、本日二度目の背中からの着水。

 琴石九留見(名前は薇字名に訊いた)は、起きる気配が無い。

 反発精神で、薇字名が近付くよりも早く立ち上がると、あたしはもう一発蹴りつけてやろうとした。

 ——正直、趣味が悪くとも、誰かを蹴る事でなにかの実感が出て、少し嬉しかった。

 助走をつけて、寸前で跳んで、真上から踏み付けてやろうと思った。

 けれどあたしは、走り出した足をすぐに止めた。足もとでは波紋が広がる。

 空と透明な地面だけの世界。


 その空中に、一点の光が現れた。


 小さな光だ。でも空の真ん中では目立つ。

 あたしたち三人の数メートル先で。

 眩しくはない——と思っていたけど、徐々に光は強くなってきた。数分? 数時間? さっきまでいた白光りの空間を思い出した。

「あの……墓終、さん……?」

 同じ一点を見て、薇字名は不安を漏らした。

 瞬きが強く早くなり、薄く吹いていた風が、鋭い音と共に光に集まっていく。

「……離れよう」

 あたしは光を見ながら、一歩ずつ後ろに下がる。薇字名も同じように。寝坊実習生は知らない。

 風が激しくなり、光が渦巻いているように見える。それも、強く大きく。


 シュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ。


 ドッ!


 素早く鋭く、圧を感じるほど強く。


 光の点は、あたしたちの目の前で炸裂した。


 網膜が焼けるような感覚。でも、自分が焼ける感覚は無い。

 変だ。ずっと。

 眩さが収まると、一人増えていた。

 一人の男。

 あたしらと同じような服を着て、目を閉じたまま——水面に倒れた。

 先生の近くに。

 眼鏡は掛けていない。

 そういえば。

 すっかり忘れていた。


「……絲色、さん……?」





 ねぼすけ二人と、三、四語しか喋らないビビりっ子。

 果てしなく広がる空の世界。


 ……どうしろってんのよ。


 これは——この状況は、長い暇潰しを考えなければならないと思ったけど、それは幸運にも杞憂で済んだ。

 しばらくの沈黙が続きそうになる前に、絲色が目を覚ましたのだ。

 寝ぼけ眼で、目を擦りながら……ではなく。

 ガバッ! と、突如として。

 伏せた体勢から水面を手で押し除けると、一度膝を付いてから、素早く勢い良く立つ。

 腰を落とし、足を開き、両手を胸の前で開いて。


 ——両手﹅﹅


 …………。

 絲色は目を見開くと、自分の左腕を見下ろした。

 本当に自分の・・・かどうか確かめるように、裏返したり、拳を開いたり閉じたりする。その驚いた視線が、あたしたちと周囲へ向いた。


「……どこだ、ここは?」





「……たぶん、僕らは死んだ」

 あたしたちは、起きない教育実習生を置いて、起きる前の、最後の記憶をそれぞれ話し合った。

 そして、あっさりと。

 絲色宴はその場に座り、水面に左手の指を滑らせ、乾いて掠れ切った声で、どことなく冷たく言い切った。

 ……。

「……または、どこかに連れ去られたとか?」

 可能性が低いとはいえ、試しに口にしてみる。現実逃避——ではなく、深い意味は特になく、心底なんとなくで。

 なのに、二人は深く問うようにこっちを見た。

「ど、どこかって……こ、ここ……ですか?」

「……ホラー映画とか見た事無い? 誘拐されたり閉じ込められたり、変なゲームに参加させられたり。そんな感じ」

 まあ、あたしもちゃんと見た事無いけど。ああいうのは…………苦手だから。

「閉じ込められたにしては、広くないか?」

「そう見えるだけとか?」

「動いてみた?」

「寝てるのが二人もいたから」

「引っ張ってみた?」

「殴る蹴るはした」

 絲色は片眉を上げた。

「あんたじゃなくて、先生の方」

 もう片方の眉も上がった。そんな目で見んなよ。

「まあ……できれば起きてくれると、嬉しんだけどな」

 三人の圧が通じたのか、または男にだけ反応する飢えた雌だったのか。

 琴石九留見教育実習生は、ここに来てようやく目を覚ました。

 寝ぼけ眼をゆっくりと開き、大きく欠伸と背伸びをして、体が起きる。

「……おはよ〜ぅ……ふぁあああ……ふう……」

 むにゃむにゃとした先生の前には、寝巻きのような格好の絲色。

「——ぅわお!?」

 先生は慌てて、自分が見覚えのない服を着ている事に気付き、絲色越しにあたしたちを見て、その先に広がる水面と空を見る。

 ——情報過多で軽くパニックらしい。

 座ったまま後ろ手で慌てて、あたしらから数歩離れた。

「イノシシ!」

 イノシシ?

「違った! ここどこ!?」

 なにがどう違ったのかは知らないけど、先生は自分の安否を確かめるように胸や顔を触る。傷一つ無い。あたしらと同じく。

「一旦、落ち着いてください」

 宥めるように両手を出した絲色。その左手を見て驚く先生。

「……私の、勘違いかな? 君、確か左手が……」

「ええ、そうです。けど、まずは落ち着いてください」





「じゃあ結論——私たちは死んだ、と」

 各々向き合って、水面に座っていたあたしたち。互いの記憶の照会を終える頃には、空模様は茜色へと変わっていた。

 相変わらず太陽は見えず、絲色が現れた時以降、光の点が生まれてもいない。

 不変的な状況下で、先生はもう一度口にした。

「オーケー。私たちは死んだ、と。————私たち、死んだの!?」



「私たち、死んだのォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?!?!?!?!?」



 先生は叫んだ。

 誰よりも大きな声で。誰よりも感情豊かに。

 あたしたちは死んだ——その実感は無い。

 その実感が無い所為で、あたしは不思議と落ち着き続けられていた。

「よし! ——まずは自己紹介しよう!」

 情報交換だけ終えたあたしたち。

 言われてみれば、互いの事はあまりよく知らない。

「なら、試しに歩きながらでどうです?」

 と、絲色が続けた。

 反対意見は無かった。





 黄昏時、空と水の間で歩くあたしたち四人。自己紹介を交わした。

 絲色宴。十六歳。高校二年生。誕生日は十一月。男。成績は、中の中。

「墓終結空。十七歳。高校二年生。誕生日は七月。女。成績は……上の下」

 薇字名。十七歳。高校二年生。誕生日は六月。女。成績は……下の中くらい……です。

 琴石九留見。二十二歳。大学四年生。誕生日は十月。女。成績は……まあ、良い方?

「『くるみちゃん』って呼んでね」

 …………。


 …………。


 ……互いに、喋る事が無い。



 波風立てないよう気を遣い合った結果、あまり快適ではない空気が生まれていた。

「まさか一生、このままってわけじゃないよね?」

 先生の憂いは尤もだった。

 死んだら無限に空が続くだなんて、この場にいる誰も——この場にいない誰も、考えてはいない事だったろう。

 未だ、本当に死んだかの確証も持てていない。

 あたしたちは歩き続け、その間も、暁の射光は強かった。

「あたし、夕陽は嫌い」

 沈黙に——沈黙が続きそうな兆しに耐えかねて、あたしはそう呟いた。

 あたしだけじゃないだろう。車が降ってきそうだし、通りすがりの(?)がこっちを見るかもしれない。バスのドッキングに巻き込まれるかも。

 ——空と水の間で一生無為に過ごさなきゃいけないよりはマシ?

「夜になったら、綺麗に夜空が見えるかもね」

 先生は先生らしく、笑顔を向けて言った。

 場を和ませてくれようとしているのか、無言よりは有り難かったけど……絲色はどこかぼーっとしているようで、薇字名は震えた子鹿のモノマネで忙しそうだ。だんまりでは無いけど、口数は少ない。ぶつぶつとした独り言が、あたしらとの会話を妨げている。

 変なメンツだ。

 妙な状況だ。

「ほ、星とか……見れると、良い……ですね……」

「だね。僕も夕陽は嫌いかも」

「逆に曇りとかは? 先生曇りも好きだよ」

「曇りかぁ……曇りも、正直あんまりですね」

 あたしは元より、天気の好き嫌いはそれほど無い。バイトに行きにくくなるから雨は嫌い、ってくらい。

 そして、家に置いてきたママを思い出した。ママは無事だろうか。

 そう考えると、夜の暗さはあたしの陰鬱さを溢れさせそうにも思える。

「……あたしも。今は晴れてる方が良いかも……」





《——では、青空に戻しましょう》





 ——!?!?

 虚空に声が響き、あたしたちは立ち止まった。

 どこから聞こえたのかわからず、四人して辺りを見る。

 あたしたち四人を中心に、夜空が晴れた﹅﹅﹅﹅﹅

 急に。突然。

 見えていた橙色の空が、たちまち水色の快晴へと変わった。

 薄暗さが一気に去って、水の揺らぎが輝かしくなる。

 既視感のある青空の中——その空中に、小さな光がともった。

 これまた既視感のある光。

 あたしは、薇字名と顔を見合わせた。

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