第51話 若大将からの予期せぬ提案
ー 戦艦『土佐』艦橋内 ー
遠藤がフィリップス長官に告げた降伏を促した発光信号。
少ししてから、フィリップス長官の方から降伏受諾の発光信号が来た。
これにより、『マレー沖艦隊戦』は終了を告げた。
どちらも多大な犠牲者を出した中で、戦いが終結したことから、納得しない者たちもいた。
だが、遠藤が各艦に無線を通して根気よく説明したことで、完全に納得しないが皆が受け入れたのだった。
そんな遠藤に草鹿が声を掛けた。
「若大将、敵将であるフィリップス長官に降伏を促したのは何故ですか?知人だからと言うだけではないですよね・・・・。」
「そうだよ。草鹿さんや源田からしたら南雲さんのこともあるから、辛いだろうけど・・・・。」
「いいえ、それを言うならば敵側も同じ気持ちでしょう。私も源田も同じように簡単には受け入れるには時間が掛かりますが、若大将の考えを受け入れます。」
草鹿の言葉に、源田も同じだと言うように頷いた。
「それで、若大将。これからどうするのですか?」
鼓舞の問いに、遠藤は答えた。
「そうだな・・・・。佐野、トムに電文で伝えてくれ。内容は・・・・。」
遠藤が言った電文内容に、鼓舞を始め皆が絶句した。
ー 戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』艦橋内 ー
降伏を受諾したフィリップス長官は、今後に関して協議していたが、通信兵が艦橋内に駆け込んで来た。
「長官、敵司令官から電文が来ました。内容は、今後について協議したいから我々の『プリンス・オブ・ウェールズ』に来るとのことですっ!!」
遠藤からの思わぬ電文内容に、先ほどまで激しい砲撃戦を交わしていた乗組員たちの中には逆に遠藤を捕虜にと言う声もあった。
しかし、そんな乗組員たちをフィリップス長官は、
「我々は、敗残の将だ・・・。それにアドミラル・エンドウは、非道な人間ではない。私に免じて、受け入れて欲しい・・・。」
フィリップス長官の言葉を聞いて、反発していた一部の乗組員達も泣きながら受け入れた。
その後、フィリップス長官から了解の発光信号を返すと間もなくして、『土佐』から1隻の内火艇が『プリンス・オブ・ウェールズ』に向かいつつあった。
やがて、『プリンス・オブ・ウェールズ』に接舷してラッタルを登って、二人の海軍将校が甲板上に現れた。
大日本帝国海軍・第二航空艦隊司令長官の遠藤泰雄中将と参謀長の鼓舞武雄少将だった。
鼓舞はともかく、まだ、20代前半の遠藤にパリサー参謀長やリーチ艦長、他の乗組員達は驚きを隠せなかった。
彼が機動艦隊の司令官であると同時に、初戦の真珠湾奇襲攻撃やドーリットル隊による帝都爆撃の阻止して、今回は自分たちイギリス東洋艦隊を叩いた本人とは、信じろと言うのが無理な話だった・・・・。
イギリスやアメリカに短期留学していた遠藤は通訳無しでも会話が出来たので、普通に遠藤はフィリップス長官に声を掛けた。
「お久しぶりです、トム。以前にお会いしてから、数年ぶりですね。」
そう言って遠藤は、敬礼しながらフィリップス長官に言葉を掛けた。
フィリップス長官も、遠藤があの頃と変わっていないのを感じながら、敬礼しながら答えた。
「本当に久しぶりだな・・・。ヤスオ、どうか乗組員達の安全は保障して欲しい。」
そんなフィリップス長官に、遠藤は答えた。
「勿論です。ジュネーヴ条約に基づき、皆さんへの対応は約束します。」
更に、遠藤は続けた。
「それに、マレーシアで投降した将兵も含めて、貴方方は早い内にイギリス側に引き渡すつもりです。」
フィリップス長官が降伏してすぐに、遠藤は山下に連絡していた。
そして、山下からマレーシアにいるイギリス軍に呼び掛けたことで、マレーシア領内にいたイギリス軍は降伏していた。
遠藤の言葉に、フィリップス長官達には、驚愕と戸惑いが広がっていった・・・・。
そんな中、遠藤はフィリップス長官に、
「詳しい話は、艦内でしたいのですが・・・。」
遠藤の言葉を聞いて、フィリップス長官も同意した。
「そうだな、長官室で話を聞こう。」
こうして、『プリンス・オブ・ウェールズ』の長官室で話をする事になり、長官室には遠藤とフィリップス長官の他に鼓舞とパリッサー参謀長もいた。
早速、フィリップス長官は遠藤に尋ねた。
「それでヤスオ。先ほどの話だが、正直、信じがたいのだが・・・。」
遠藤は苦笑いしながら答えた。
「まぁ、普通はそうですよね・・・。正直、我々はイギリスだけでなくアメリカとの長期戦は、考えていません。日本の国力を考えたら、当たり前です・・・・。」
そして、改めて遠藤はフィリップス長官に話した。
「今回の条件としてトム、貴方には我々のエンペラーである、今上天皇に謁見して貰いたい。」
遠藤の言葉に、フィリップス長官だけでなくパリッサー参謀長も驚愕した。
「君は、本気で言っているのか・・・・。」
フィリップス長官の疑問は最もという事で、遠藤は話した。
「今回、政府、陸軍、海軍、財界の信頼出来る人達にも話して了解を得ています。勿論、陛下も了承済みです。」
なおも、遠藤は続けた。
「貴方には、陛下に謁見して貰い陛下の嘘偽りの無い話を聞いて欲しい事と、陛下の新書をイギリス国王とチャーチル首相に届けて欲しい。」
遠藤の出した提案に、フィリップス長官だけでなくパリッサー参謀長も固まっていた。
ちなみに、鼓舞は草鹿たちと共に遠藤から聞いていたので平然としていた。
そこで、フィリップス長官は遠藤に尋ねた。
「君の気持ちに嘘偽りが無いのは信じたいが、それは日・独・伊三国軍事同盟に反するぞ。」
それに対して遠藤は、キッパリ言った。
「自分は、あの同盟には反対だった。ユダヤ人を平気で大量虐殺する、ナチスのチョビ髭男には強い嫌悪感しか無いよ・・・・。」
ナチスドイツのヒトラーを『チョビ髭』と平然と言う遠藤に、二人は驚きしか無かった。
更に遠藤は続けた。
「それだけでなく、ヒトラーが出版している『我が闘争』は日本でも出ているが、日本版にはオリジナルにある日本人やアジア人を侮辱する差別文章が意図的に削除されています。そんな男は、信用出来ない。」
そう言って、遠藤は言い終えた。
遠藤の話を聞き終えたフィリップス長官は、少し考えてから答えた。
「分かった・・・・。ならば、今の私に出来る事をしよう。」
そう言って、フィリップス長官も、腹を括ったのだった・・・・。
その後、今後についてフィリップス長官たちと話し合いを終えた遠藤は『土佐』に戻って、草鹿たちに今後のことを話した。
ー 戦艦『土佐』甲板上 ー
そして、その日の夜遅く、遠藤は『土佐』の甲板上に座っていた。
彼の側には、日本酒の一升瓶や盃が複数あった。
日本酒は、遠藤が南雲と一緒に飲むために用意していた。
「作戦が終了したら、一緒に飲もうと約束をしていましたが、この様な形になってしまいましたね・・・・。」
そう言って遠藤は、自分が使う盃と南雲のために用意した盃に日本酒を注いだ。
そして、遠藤は星々で輝く夜空に盃を掲げて乾杯をした。
遠藤が自分の盃に注いだ日本酒を飲み干した直後、複数の人影が現れた。
鼓舞や草鹿たち幕僚の他に、宇垣や有賀たちも各自、酒を用意して現れた。
「お前たち・・・・。」
「若大将、一人でしんみりとなんて、似合わないですよ。」
「南雲さんだけでなく、散っていった『陸奥』、『大井』、『北上』の乗組員たちと共に飲み明かしましょう。」
鼓舞や宇垣たちの言葉を聞いて、遠藤は「そうだな。」と言って遠藤は改めて言った。
「この戦いで散っていった日英の将兵たちに・・・・。」
満点の夜空の下で、遠藤たちは散っていった日英の将兵たちの分も含めて飲み明かした・・・・。
____________________
日英双方の多大な犠牲を出した中で、遠藤は来るべき『より良い負け』へ向けて新たな手を打とうとしていた。
そして、遠藤たちは散っていった日英の将兵たちの分まで仲間たちと共に飲み明かしました。
鎮魂の願いを込めて・・・・😢
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