第52話 『日英不可侵条約』の締結

【イギリス東洋艦隊、艦隊戦により壊滅】


この報せは、山下将軍率いる陸軍によりマレーシアへの電撃速攻による攻略成功の報せと共に、連合艦隊司令部を通して海軍にも届いた。

勿論、世間にはマレー攻略成功と共に必要最低限で報道された・・・・。


ー 広島 呉鎮守府 会議室 ー


「それにしても、今回、山下さんが率いる陸軍も活躍したが、若大将の艦隊戦も凄かったらしいな。」

「だけど、南雲さんは・・・・。」

「南雲さんだけでなく、『陸奥』、『大井』、『北上』や乗組員たちもだな・・・・。」

山本たち連合艦隊の幕僚たちは、南雲たちの死を悲しみ黙祷した。


「若大将にあれこれ文句を言う奴は、余程の馬鹿でなければ現れませんね。」

「若大将の活躍は気に入らないが、確かに文句を言う奴は現れないだろうな・・・・。」

樋端の言葉に、遠藤に敵対心を抱いていた黒島も遠藤を認めざる得なかったのか、苦々しいながらも遠藤を認めていた。


「出来たら、私も若大将の幕僚になりたいですね。」

「なんだ樋端、お前も若大将の幕僚に加わりたいのか?」

樋端の言葉に山本は苦笑いしながら言った。

既に遠藤の幕僚たちの他に、草鹿や源田もいたから遠藤を高く評価している樋端の気持ちも分からなくは無かった。


そんな中、山口は山本に聞いた。

「そう言えば、彼は今頃、帝都に向かっていますか?」

山口の問いに、山本は苦笑いしながら答えた。

「そうだな・・・・。今は『土佐』で帝都に向かっているよ。敵将のフィリップス長官と共にな・・・・。」


ー 戦艦『土佐』甲板上 ー


その頃、『土佐』は山本の言う通り、帝都に向かっていた。

その『土佐』の艦橋近くの甲板上に、イギリス東洋艦隊司令長官の『親指トム』ことフィリップス大将がいた。


そんなフィリップス長官に声を掛けたのは、遠藤だった。

「トム、間もなく帝都に着くから、皇居に向かう準備をしてくれ。」

遠藤の呼び掛けに、フィリップス長官は軽く頷いた。

「分かった。それにしても君の常識破りな行動は、相変わらずだな・・・・。投降した私を、日本のエンペラー・ヒロヒトに会わせるとは・・・・。」

しかし、遠藤は気にせず言った。

「貴方には、チャーチル首相に我々の意志を伝えて貰いたいので。」

遠藤は、敵将であるフィリップス長官を今上天皇に会わせることも遠藤が目指す『より良い負け』に必要だと考えていた。


フィリップス長官たちは降伏後、『プリンス・オブ・ウェールズ』、『アンソン』、S級駆逐艦2隻は、トラック沖に回航されて、そのままでいた。

遠藤は、4隻には一切、手を出さないように厳命していた。


そして、『土佐』にいるのはフィリップス長官だけではなかった。

「如何ですか、『土佐』を間近で見た感想は?」

遠藤の言葉で振り返ったのは、戦艦『ロイヤル・オーク』のトンプソン艦長、当直士官のカーター大尉、参謀長のパリサー少将だった。

トンプソン艦長とカーター大尉は『ロイヤル・オーク』が撃沈されて船体が横倒しになった時に、二人は艦橋から放り出されて海上で漂流していた。

暫くして、宇垣たちの艦隊によって二人は救助されていたのだった。

後で遠藤は、負傷していたがトンプソン艦長が救助されたことを知って驚いていた。


今回、フィリップス長官やトンプソン艦長たちにとって土佐型戦艦は注目の存在だった。

勿論、重要機密事項は駄目だったが、何れ知られる内容は遠藤たちも普通に答えていた。

「正直、凄いの一言だよ。我々のネルソン級戦艦とキング・ジョージ5世級戦艦を組み合わせた印象だよ。」

「それに速力が34ノット以上なのも素晴らしいな・・・・。更に艦隊戦だけでなく、対航空戦を前提にして設計されている素晴らしい艦船だよ。」

「お褒め頂いて、光栄です。」

トンプソン艦長の称賛の言葉に、遠藤は笑みを浮かべた。


「まぁ、その件で若大将は初期設計の問題点を造船技師たちに怒鳴り込んで、改善させたことは我々海軍の間では有名ですからね。」

遠藤と同じく英語での会話が出来る鼓舞が、悪戯っぽい笑みを浮かべながら当時のことを話した。

話を聞いたフィリップス長官やトンプソン艦長たちも驚いた。

「君らしいが、相手の造船技師たちは気の毒だったな・・・・。」

トンプソン艦長が苦笑いしながら言うと、フィリップス長官たちも笑った。


(私よりも、若い彼が航空機動艦隊設立の立役者だったとは・・・・!?)

カーター大尉は、目の前にいる遠藤が日本の航空機動艦隊設立の立役者な上に、真珠湾奇襲攻撃、ドーリットル隊による帝都爆撃阻止の立役者と聞かされていたが、自分より年下の遠藤であるという現実が簡単には受け入れることが出来ないのも事実だった。


そんなカーター大尉の心境を察した久我が、カーター大尉の肩を軽く叩きながら言った。

「これぐらいで驚いていたら、若大将の側で働くことは出来ないぞ。」

今度は鼓舞の言葉に、遠藤たちが笑った。


ー 帝都東京 皇居 ー


マレー沖艦隊戦から数日後、遠藤の話した通りフィリップス長官は皇居に来ていた。


マレーシアから離れて戦艦『土佐』で日本に向かう事になった。

最初は呉に帰航し、『土佐』の会議室でフィリップス長官は山本達と会って会談をし、直ぐさま、手配した航空機で帝都東京に向かった。

帝都東京に着いた後、フィリップス長官は首相官邸の東條とも会って通訳を介して会談をした。

正直、東條は複雑な心境だったが、今後の事を考えたら東條も納得して受け入れた。


また、赤レンガでフィリップス長官は嶋田と永野と会談をした。

本来、日本海軍の伝統などはイギリスから学んだ歴史がある事から、嶋田と永野もフィリップス長官との会談を穏やかに進める事が出来た。

やがて、フィリップス長官、パリッサー参謀長、トンプソン艦長、カーター大尉の四人は、皇居に到着した。

待合室に案内されて謁見を待っているとは言え、フィリップス長官たちは緊張している状態だった。


トンプソン艦長は、イギリス短期留学時代に遠藤がお世話になっていたことから、是非にと今上天皇の希望で謁見することが決まった。

特に、カーター大尉は一介の海軍士官が日本のエンペラーと謁見することになったから、緊張の極みだった。

現在、敵対関係とは言え、日本のエンペラー・ヒロヒトとの謁見は、イギリス国王と同じだから緊張するのも仕方なかった。


そんな緊張の極みだったカーター大尉に遠藤は、

「君の気持ちは分かるけど、緊張し過ぎだよ・・・・。もう少し、リラックスした方が良い。」と言った。

それに対して鼓舞は、

「当の若大将の図太い神経を、カーター大尉にお裾分けしたらどうですか?」

そんな鼓舞に対して遠藤も、

「それならば、初めての謁見を前に平然とする鼓舞の方が適任だな・・・・。」

と言い返した。


そんな二人のやり取りを見て、フィリップス長官たちも苦笑いしつつ、緊張が解れたていった。

「どちらも、肝が据わっているな・・・。」

「むしろ、緊張し過ぎた我々が、馬鹿らしくなりましたね・・・。」

とフィリップス長官たちは苦笑いした。


やがて、木戸内大臣と鈴木侍従長が現れて、声を掛けた。

「待たせたな、若大将。陛下がお待ちだ。」

二人の案内で、遠藤たちは謁見の間に到着した。

高台の座席に座っている今上天皇を前に、フィリップス長官たちも姿勢を正した。


そんな中、陛下がフィリップス長官に声を掛けた。

「フィリップス長官、敵対関係とは言え、よくぞ訪ねてくれた。礼を言おう。」

そう言って陛下は軽く頭を下げて、礼を述べた。


これには、フィリップス長官たちも慌てながら答えた。

「そんな、恐れ多い事ですっ!我々に頭を下げて頂くとは、恐縮です。」

「改めて、敵対関係とは言え、謁見に招いて頂き光栄です。」

と慌てつつも、フィリップス長官たちは答えた。


やがて、謁見の間での会談が始まり、陛下は奇しくもイギリスとも開戦してしまった事に対しての謝罪や、先のマレー沖艦隊戦で戦死した将兵達に哀悼の意を伝えた。

陛下の言葉に、フィリップス長官たちも感極まるのを感じた。

また、トンプソン艦長は遠藤のイギリスへの短期留学時にホームステイ先で遠藤を受け入れてくれた事を感謝した。

これには、トンプソン艦長もうっすらと涙を浮かべていた。


間もなく会談を終えた後に、食事会をしながら陛下はイギリス国王とチャーチル首相に宛てた親書を用意して、フィリップス長官に手渡された。


今回のフィリップス長官たちの今上天皇との歴史的な謁見は、ある意味、アメリカとイギリスに衝撃を与えることになった・・・・。


フィリップス長官たちが今上天皇と謁見してから約一ヶ月後の1942年9月15日、イギリス統治下の香港で日本とイギリスの関係者たちによる会議が秘密裏に行われて、双方から『日英不可侵条約』の締結が全世界に向けて発表された。


当然だが、世界各国に大きな衝撃を与える事になった・・・・。



____________________


今上天皇とフィリップス長官たちの謁見から間もなくして締結された『日英不可侵条約』。


イギリスがこれ以上の対日戦に関わらないことが、アメリカだけでなく世界各国にどれだけの影響を齎すのでしょうか・・・・?


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