第36話 強硬派と親独派に打ち込まれる楔
【元陸軍士官による遠藤中将暗殺未遂事件】
この事件は、日本の政財界、陸海軍に衝撃を与えた。
一部には、今上天皇の威を借りた遠藤の自業自得という者たちもいたが、それらの声はすぐになくなった。
遠藤が真珠湾勝利やドーリットル隊の帝都爆撃阻止の立役者だけでなく、今上天皇の絶大な信頼と支持を受けている中で起きた事件だった。
今上天皇の怒りは凄まじく、下手をしたら非難している者たちも厳罰に処せられるのではないかと恐怖したためだった。
実際はそんなことは無いが、それだけ今上天皇の怒りは凄まじかった。
その後の捜査で、今回の事件は辻の単独犯が立証されたことで、この事件は終結した。
しかし、この事件が強硬派や親独派の力を失うことになるなど、誰も予想していなかった・・・・。
ー 海軍省(赤レンガ) 軍令部総長室 ー
暗殺未遂事件から数日後、遠藤は赤レンガの軍令部総長室にいた。
その場には、嶋田、永野、山本もいた。
「しかし、災難だったな。若大将・・・・。」
「事件直後には、山下さんだけでなく東條さんも謝罪していたな。」
「それでも、陰で若大将の自業自得と言う連中には、腸が煮えくりかえる思いだな・・・・。」
山本たちの言葉に遠藤も苦笑いした。
そんな中で遠藤は、山本たちに『ある計画』を話すことにした。
「実は今回の事件を機に、政財界や陸海軍内に蔓延る強硬派や親独派に楔を打ち込むことを考えています。」
遠藤の言葉に山本たちは驚いた。
それに構わず遠藤は続けた。
「そもそも、今回の事件は辻の単独犯とは思っていません。予備役の辻が何故、赤レンガに自分がいることを把握していたのでしょうか?」
遠藤の話を聞いた山本たちも頷くしかなかった。
「確かに、何故、奴が赤レンガにいたんだ・・・・?」
「それに、これまでの悪評から予備役の辻が簡単に赤レンガに入れたのだ・・・・?」
「考えられるのは、辻を利用して若大将を亡き者にして自分たちの主導権を取り戻そうとする腹づもりだったんだな・・・・。」
山本たちの考えに遠藤も同じだった。
「辻はいわゆる『使い捨て』だと考えられます。成功しても失敗しても、辻の末路は同じだったのでしょうね・・・・。」
その上で遠藤は話した。
「それで、自分の『計画』は・・・・。」
遠藤の『計画』を聞き終えた山本たちは絶句した。
「そこまでの計画とは・・・・。」
「だが、これは好機だな・・・・。」
「若大将、これは根回しが大事だぞ。」
「はい、皇族は今上天皇に陸軍は東條さんに自分が直接話します。」
こうして、遠藤が中心となって強硬派と親独派に楔を打ち込む計画のために動き出した。
さっそく遠藤は木戸と鈴木に連絡して、今上天皇も謁見することになった。
今上天皇が遠藤のことを心配していたこともあって、翌日には謁見が可能になった。
ー 皇居 謁見の間 ー
翌日、遠藤は皇居に向かい、すぐに謁見の間に案内された。
遠藤の暗殺未遂事件で遠藤の身を案じていた陛下は遠藤の元気な姿に安堵した。
「泰雄、よくぞ無事でいてくれた・・・・。」
「いえ、ご心配をお掛けしたした。」
鈴木と木戸も遠藤が無事で安堵していた。
そんな中で遠藤は、今回の事件の背景と考察、そして強硬派と親独派に楔を打ち込む計画を話した。
話を聞き終えた今上天皇たちも驚愕していたが、反対する理由はどこにもなかった。
「確かに、強硬派や親独派が考えそうなことだな・・・・。」
「これを機に、強硬派や親独派の力を削ぐには絶好の機会だな。」
「若大将、政財界はどうする?」
これに対して遠藤は、
「政界は吉田さんに、財界は元海軍の堀さんに話して根回しします。」
その後、一通りの打ち合わせをしたが、その際に今上天皇が遠藤に条件を出した。
「分かった。朕も泰雄を全面的にサポートするから任せてくれ。最後の仕上げでは、朕も必ず加わるから宜しく頼む。」
遠藤は、軽く苦笑いしながら、
「自分も心からお待ちしています。」
と答えた。
そんな二人のやり取りを聞いていた木戸と鈴木は、「お二人らしい。」と苦笑いした。
ー 総理官邸 ー
皇居を後にして、遠藤は東條に連絡をして彼のいる首相官邸に来ていた。
東條は陸軍の人間だが、陛下への忠誠心は強くあった事から遠藤は東條にも根回しをする事にしていた。
やがて、応接室で待っていた遠藤の所に東條が来た。
「東條総理、ご足労掛けて申し訳ないですが、重要なお話があります。」
遠藤の言葉を受けて、ソファーに座って東條も聞いてきた。
「構わないよ。君のお陰で対中国戦にけりが付いて、いよいよ南方方面に進出する事が出来る様になった。」
それに対して遠藤は、
「そうですね。それと、以前にお願いした熟練者を含めたエンジニア達の徴兵免除、有り難うございます。お陰で、二式艦偵や零戦四二型の開発でも助かりました。」
と礼を言うと東條も、
「その点については、我々、陸軍も助かっているよ。こちらも彼らのお陰で、新型戦車も含めて研究や開発に貢献してくれているよ。」
機嫌良く、東條は答えた。
「それは何よりです。それとお古になりますが、こちらも提供したいのですが。」
そう言って遠藤は、数枚の書類を東條に渡した。
書類を読んだ東條は、驚いた。
「扶桑型戦艦に使われていた35.6cm砲塔を無償提供だとっ!?」
それに対して遠藤は、
「はい、ご存知の通り扶桑型戦艦は、空母に改装しますので、スクラップにするよりは陸軍の要塞に適していると思います。」
これには東條も驚いた。
「正に至れり尽くせりだな。何か狙いが有るのかね?」
東條の問いに遠藤は、
「正直に言えば、そうです。先日の辻による自分への暗殺未遂事件と自分の計画です。」
そう言って遠藤は、東條にも今回の事件の考察と自分の計画を話した。
同時に遠藤は、今上天皇も承諾していて吉田と堀の協力で政財界にも根回しをする予定であることを話した。
聞き終えた東條は怒りを通り越して絶句したが、暫く考えたて腹を括ったのか、溜め息をしながらも答えた。
「分かった。確かに、これ以上、陛下に不信感を持たれたら、我々陸軍は破滅だな・・・・。」
それに対して遠藤は、
「心中お察ししますが、これは陸軍だけでなく我々海軍も膿を出し切る為の好機と考えています。また、マレーシアでは陸軍と共に海軍も支援します。勿論、報道は海軍と同じ様にして貰います。」
そう言って、遠藤は説明を終えた。
「分かった、こちらでも対応しよう。だが、分からず屋達は絶対に納得しないぞ?」
東條の言葉に遠藤は、
「その辺りは、東條総理以外で納得しない方達は『見ざる聞かざる言わざる』でいて下さい。」と答えた。
その言葉に東條は、深く長い溜め息を付いたのだった・・・。
とにかく、遠藤は東條達陸軍の良識派達の了解を得る事が出来た。
東條に一礼して首相官邸を後にして、遠藤は吉田と堀にも会って話をして根回しの承諾を得た。
一旦、赤レンガに戻った遠藤は伊藤にも山本たちに説明をしてもらうように頼んだ。
伊藤も承諾して彼と共に呉に戻り、遠藤の計画を説明をした。
山本たち全員が言葉を失ったが、山本はすぐに乗り気になった。
「良いじゃあないかっ!俺も一緒に行くぞっ!!」
山本の性格は知っているとはいえ、遠藤と伊藤は苦笑いするしかなかった。
そして、遠藤達は行動に移る事にした。
遠藤や山本たちは『土佐』と共に、その日の深夜に柱島を秘かに出航した。
遠藤が仕出かした事が、戦後も長く語られる事に繋がっていくのだった・・・・。
ー 帝都東京 大本営及び陸軍省 ー
戦艦『土佐』が秘かに柱島から出航した翌日、大本営と陸軍省は蜂の巣を突く様な騒ぎになっていた。
何故ならば、東京湾に4隻の駆逐艦と共に、『土佐』が現れたからだ。
しかも、『土佐』の主砲は大本営の場所に向けられていた。
大本営や陸軍省は、海軍省に連絡しても海軍側は『知らない』の一点張りだった。
勿論、大本営や陸軍省は『土佐』にもすぐに退去する様に連絡したが、全て無視されていた・・・・。
やがて、『土佐』の41cm連装砲塔5基の合わせて10門が空砲とは言え、大本営に向けて砲撃を始め、その後も数回、空砲による砲撃が続いた。
空砲とは言え、『土佐』の41cm砲だから東京湾岸にいる人達はその砲撃音などで腰を抜かしたりと大騒ぎになった。
すぐに陸軍は哨戒船を送り、砲撃を止めさせようとした。
だが、『土佐』に近付いた哨戒船は『ある旗』を見て愕然とした。
何故ならば、『土佐』には『天皇旗』が掲げられていたからだ。
『天皇旗』は、天皇陛下が来た時に掲げられる旗だから、驚くのも無理はなかった。
つまり、『土佐』には今上天皇が乗っている事を意味していた。
『天皇旗』が『土佐』に掲げられているとの連絡を受けた大本営及び陸軍省は、衝撃を受けると同時に全てを理解した。
遠藤だけでなく今上天皇もいざとなれば、本気で政財界と陸海軍に蔓延る強硬派と親独派と事を構えるつもりの警告であることを・・・・。
実際、中国の件で陸軍や関東軍の横暴な振る舞いや捕虜虐待や殺戮に対して今上天皇は憤りを感じていたし、遠藤が平然と捕虜虐待をしていた陸軍将校の首を切り落として処刑した事例もあった。
加えて、強硬派と親独派の存在が拍車を掛けていたのだから、尚更だった。
つまり、政財界と陸海軍の強硬派と親独派に対して今上天皇と遠藤は、同じ愚行は許さないと宣言したも同然だった。
ちなみに、大本営に空砲による砲撃が行われたのは、実質、陸軍が大本営を牛耳っていた事も理由だったからだ。
今回の空砲により狼狽した大本営は慌てて海軍に連絡をして、二度と愚行はしないと伝えた。
結果、赤レンガから連絡を受けた『土佐』は、空砲による威嚇砲撃を止めた。
その連絡を『土佐』の第一艦橋で聞いた遠藤は、海軍の軍服を身に纏っている今上天皇に声を掛けた。
「既に政財界と海軍の強硬派と親独派は排除しています。残る陸軍の強硬派や親独派も、迂闊な事はできなくてなります。また、連中には誓約書にも署名して貰います。」
その話を聞いた今上天皇も、
「泰雄の目指す短期決戦による『より良い負け』の為には、分からず屋達は百害あって一利無しだからな・・・・。」
そう答えた。
また、これを機に、陸海軍共に人事改革をした事で、強硬派・親独派・問題児達は重要なポストから外されるか、口出しが出来ない形になっていた。
それは政財界も同じで、発言力や影響力は著しく低下した。
結果、『土佐』による空砲での威嚇砲撃の件は、政財界と陸海軍に蔓延っていた強硬派や親独派も震撼させる出来事として、戦後も長く語られる事になった・・・・。
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遠藤の暗殺未遂事件が切っ掛けで、政財界や陸海軍の強硬派と親独派の力を削ぐ形になった今回の出来事。
ある意味、辻には感謝ですね・・・・。
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