第35話 動き出す世界情勢

ー 1942年 5月12日 呉鎮守府の一室 ー


広島湾・柱島泊地で『土佐』、『長門』、『陸奥』のお披露目が行われてから一週間後、中国で動きがあった。


泥沼状態だった日本と中国の戦いは、東條の方針転換で中国から撤退(正式には、様子見)したのだが、結果、遠藤の言う通り蒋介石の国民党と毛沢東の共産党の間に再び軋轢が生じて対立が激化していた。

この状態を聞いた東條は、中国が勝手に内部崩壊する事から中国から陸軍と関東軍を全て撤退する事を決断した。

同時に毛沢東と蒋介石に特使を派遣して、日本と中国の講和に向けて交渉が行われた。

結果、日本が中国の権益を手放すなど毛沢東と蒋介石にとって、有利な内容だったことから日本と中国の講和が成立して泥沼状態だった日中の戦いは終止符が打たれた。


とりあえず、中国との泥沼状態からは脱したが、面白くないのは陸軍だった。

自分達の手で決着を付けたのではなく、中国の内部分裂による自滅が大きかったからだ。

加えて、海軍が初戦の真珠湾で大勝利した事やドーリットル隊による帝都爆撃を阻止していたから、肩身の狭い思いをしていた事も重なり不満が出始めていた・・・。


その為に、陸軍は計画が頓挫していたマレーシア方面への侵攻を決定した。

フィリピンも同時で侵攻する意見や計画があったが、こちらは陸軍内部にも反対が出ていたことから断念となった。


一方、ヨーロッパ情勢については1942年5月、イギリス空軍はドイツの都市ケルンに何千もの爆撃機による空襲を行い、初めてドイツ国内が戦場となった。

更に 、連合国空軍は第三帝国中の工場や都市を組織的に爆撃の継続を始めた。

これにより、それまで勢いがあったナチスドイツに陰りが見え始めていた・・・・。


そんな更に慌ただしくなった世界情勢の中、呉鎮守府の一室では山本たち連合艦隊の幕僚たちと遠藤たち第二航空艦隊の幕僚たちが今後について協議していた。

「しかし、勢いがあったナチスドイツが一転して叩かれる側になってしまうとは・・・・。」

山本は軽く溜め息をつきながら言った。

それに対して遠藤は、

「これまでの破竹の勢いは、チョビ髭伍長の運が良かっただけですよ。」

「実際、あの男はモスクワ侵攻計画を進めているという情報が届いています。」

遠藤は、ヒトラーを容赦なく言い捨てた。

遠藤がヒトラーをチョビ髭伍長と言い放つのは、ヒトラーの非道な行動を嫌っていたからヒトラーの軍歴での最終階級が伍長であることと、ヒトラーの特徴的なチョビ髭を交えてチョビ髭伍長と揶揄していた。


何気なく言い放った遠藤の言葉に、山本意外その場にいる全員が驚いた。

「若大将、初耳ですよ。」

「若大将、その情報は確かなのか?」

鼓舞と宇垣も驚きを隠せないままで遠藤に聞いてきた。

「間違いないです。自分が持つ情報網から報告がきています。」

「恐らく、チョビ髭伍長はイギリス侵攻が思うように進まないのは、裏でスターリンがイギリスを支援しているのではと疑っています。」

鼓舞や宇垣たちが驚愕している中で遠藤は続けた。

「だから、チョビ髭伍長は独ソ不可侵条約を一方的に破棄した上でモスクワ侵攻を実行すると考えています・・・・。」


遠藤の言葉に、その場にいる全員が静まり返る中で、宇垣は山本が動じていないのに気付いた。

「長官は驚いていないようですが、知っていたのですか?」

「まぁな。実際にその情報を若大将から聞かされたのは、一昨日だけどな。」

軽く肩を竦みながら、山本は答えた。


更に遠藤が新たな情報を齎した。

「ルーズベルト大統領はチャーチル首相に泣き付き、イギリス海軍にも動いてもらおうとしています。」

「チャーチル首相は渋るかもしれませんが、アメリカが対ドイツ戦に更なる支援や積極的に参戦してもらう為にも、チャーチル首相も賛同するしかありません。」

遠藤の話に皆が耳をかたむける中、黒島が発言した。

「君の情報網を疑っている訳ではないが、イギリス海軍が動かすとしたら東洋艦隊しかないだろう。」

「それに、イギリス海軍の新型戦艦や空母に関しても、台所事情は厳しいと思うが・・・・。」


黒島の考えには一理あった。そんな中で遠藤は話した。

「黒島さんの言うことはご尤もですが、アメリカの支援もあってイギリス海軍は最新鋭のキング・ジョージ5世級戦艦2隻の竣工を前倒しで行っています。」

「既に竣工している『キング・ジョージ五世』と『プリンス・オブ・ウェールズ』の他に今年の秋頃と来年に竣工予定だった三番艦『デューク・オブ・ヨーク』と四番艦『アンソン』が来月には相次いで竣工します。」

遠藤の情報に驚きが続く中で、遠藤は更なる情報を話した。

「空母、巡洋艦、駆逐艦に関しては、アメリカの造船ドックなどで、建造期間を短縮した松型駆逐艦みたいな艦船を大量生産してイギリス海軍に売却するそうです。」

「その売却される空母、巡洋艦、駆逐艦でイギリス東洋艦隊の戦力増強は可能です。」

遠藤の話に全員が、再び静まり返った・・・・。


静まり返った中で、山本が口を開いた。

「そうなると、イギリスは最新鋭戦力増強をしたイギリス東洋艦隊で陸軍によるマレーシア攻略作戦を阻止するために動くか・・・・。」

「間違いなく動きますね・・・・。」

その日、夜遅くまで遠藤は山本たちとイギリス東洋艦隊の対策を中心に、会議が行われた。


ー 帝都東京のとある宿 ー


遠藤が山本たちと協議している中、帝都東京にある宿の一室に泊まっている男は、独り言を呟いていた。

「おのれ、御聖上のご威光を盾にして好き勝手するとは・・・。奴に天の裁きを下してやる・・・。」

その男の目は血走っていて、最早、正常とは言えなかった・・・・。


ー 1942年 5月 赤レンガの会議室 ー


そして、赤レンガの会議室では海軍だけでなく陸軍関係者達も同席していた。

以前ならば考えられない光景だが、今上天皇の提案もあって渋る陸軍上層部も承諾したことで実現されていた。


今回の会議には、遠藤の姿もあった。

やがて、会議進行役の海軍士官が、

「ただ今から、陸海軍共同によるマレーシア攻略作戦の会議や打ち合わせを行います。」と言って会議は始まった。

その後は、幾つかの打ち合わせや議論が行われていき、ある程度、作戦内容が固まった中で、海軍士官が、

「何か、ここまでで質問などは有りますか?」と尋ねた。

すると、一人の陸軍将校が挙手した。

今回の作戦で、陸軍の第25軍司令官に任命された山下奉文(やました ともゆき)中将だ。

山下は遠藤に尋ねた。

「上陸に関しては、奇襲か強襲で状況が異なるが、遠藤中将はどちらを考えているのか、知りたい。」

これに対して遠藤は、

「結論から言えば、戦艦部隊による艦砲射撃と航空機動艦隊による上空からの攻撃でイギリス軍の砲台などの要所を撃破します。」

「そして、砲撃と爆撃でイギリス軍を後退させてから、山下閣下が率いる陸軍には上陸して貰うので強襲になります。」


遠藤の回答に山下が納得する中で、遠藤は一つの懸念材料を話した。

「ここで危惧されるのは、イギリス東洋艦隊です。艦隊の中に2隻の装甲空母の他に、巡洋戦艦『レパルス』と最新鋭の戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』が配備されたと情報を入手しました。」

遠藤の情報に陸軍側がざわついた。

イギリス側は、最新鋭の戦艦であるキング・ジョージ五世級の2番艦『プリンス・オブ・ウェールズ』も惜しみなく投入して来たからだ。

会議進行役の海軍士官が、陸軍側を落ち着かせてから遠藤は続けた。

「今回の作戦には、第二航空艦隊だけでなくドーリットル隊の爆撃阻止で活躍した第七航空戦隊の『大鳳』、『白鳳』の他に改装を終えた戦艦『伊勢』、『日向』も投入します。」

今では海軍の主力である第二航空艦隊だけでなく新たな戦力も加わって陸軍を支援すると話した遠藤の説明を聞いて、陸軍の関係者達は安堵した。

一通り、作戦の打ち合わせも纏まって、会議は無事に終了した。


陸海軍共同によるマレーシア攻略作戦打ち合わせが無事に終了して、陸海軍双方の将校達が会話する中で、遠藤に声を掛けたのは山下だった。

「遠藤中将、今回の護衛戦力には改めて、感謝するよ。」

その中で遠藤は、

「当然の配慮ですよ。山下閣下、自分のことは堅苦しく言わなくても大丈夫です。」

「そうか、ならば若大将と呼ばせてもらうよ。私のことも堅苦しく言わなくて良いからな。」

山下の言葉に遠藤も笑みを浮かべた。

「今回の作戦は陸海軍共同ですが、こちらとしては、山下さんの幕僚の中に『似非妖怪』がいない事で、余計な揉め事も無く助かりましたね。」

遠藤の言葉を聞いて、山下も思わず苦笑いをしてしまった。

「確かに、あの『似非妖怪』は百害あって一利無しの存在だな・・・。」


遠藤と山下が言う『似非妖怪』とは、陸軍の辻政信(つじ まさのぶ)だった。

辻は『独断専行』を平然と行ったり、根拠の無い机上の空論で失態をしでかすなど評判は最悪だった。

しかし、学歴や経歴の良さから陸軍上層部では、重宝されていた。

しかし、『ノモンハン事件』や中国での捕虜の大量虐待や虐殺をしていた為に、彼の経歴は全て失われた。

辻は上官である将校と共に捕虜虐待をしていたが、その場に来ていた遠藤から注意されても止めなかった結果、遠藤により将校は首を切り落とされ、側にいた辻は左手首を切り落とされたのだった。

その後、『ノモンハン事件』の責任に問われていたこともあって、辻は予備役編入になっていたのである・・・・。

「そう言えば若大将はいつも刀をを持っていたが、今日は・・・・。」

山下の問いに遠藤は、

「刀は手入れの為に、専門家に預けています。」と答えた。


そのあと遠藤は、山下達に挨拶をしてから遠藤は今後の準備の為に赤レンガを出て車に乗ろうとしたが、直後に一人の男が軍刀を手にしながら遠藤に襲いかかって来た。

「おのれ、獅子身中の虫がっ!!貴様に天誅を下してやるっ!!」

そう言って、遠藤に斬り掛かろうとした。

周りにいた士官達も、突然の出来事に動けない状態だった。

しかし、遠藤は男の懐に飛び込む形で近付いた上で、軍刀を手にしていた男の右腕を片腕で持ちあげる形で軍刀を躱した直後にもう片方の手で男を持ち上げて、豪快な一本投げで近くの壁に男を叩き付けたのだ。

周りにいた士官達が呆然としていたが、遠藤は傷一つ無く平然としていた。

遠藤は、柳生心陰流の免許皆伝だったので、今回は奥義の一つで刀を使わない無刀取りで襲撃者を叩きのめしたのだ。


その後、駆け付けた兵士達によって拘束されたのは予備役になっていた辻政信だった事が判明。

更に遠藤の暗殺を目論んでいた事から、事態を知った今上天皇が大激怒して、再び、陸軍上層部に雷が落ちたのは言うまでもなかった。

ちなみに、逮捕された辻は精神崩壊していた事から、罪には問われなかったが不名誉除隊の上に専門の施設に入れられた挙げ句、数年後には誰も訪ねる者はおらず一人寂しくこの世を去ったのだった・・・・。


だが、今回の『遠藤中将暗殺未遂事件』が後になって政財界や陸海軍の強硬派や新独派を震撼させる事になった・・・・。



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対中国が終結した中で、ヨーロッパでも勢いのあったナチスドイツに陰りが出て来ました。


そんな中で発生した、遠藤暗殺未遂事件。


どう動くのか・・・・。





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