第34話 高速戦艦『土佐』の誕生経緯

ー 1942年5月5日 広島湾・柱島泊地 ー


ドーリットル隊の帝都爆撃を阻止してから、翌月の5月5日の広島湾・柱島泊地では、3隻の戦艦が一般市民達にもお披露目されていた。

1隻は、最新の高速戦艦『土佐』、残りの2隻は高速戦艦として改装された『長門』と『陸奥』である。


今回、3隻を一般市民たちにお披露目したことには理由があった。

真珠湾奇襲攻撃成功、ドーリットル隊の帝都爆撃阻止を必要最低限しか報道していない。だけど、国民達の士気もある程度維持させる必要があった。

長く国民に慕われていた『長門』と『陸奥』に加えて、新造艦である『土佐』は、敵味方関係無くインパクトを与えるには、充分な存在だったのである。

こうして、一般市民達に遠くで眺める事になるが、お披露目となった。

しかし、遠くから眺めても圧倒させる3隻の姿に、人々は興奮していた。


そんな状態を戦艦『土佐』の甲板上から見ていたのは、遠藤、鼓舞、草鹿の三人だった。

「ここから見ても、凄い人集りだな・・・」

双眼鏡で見ながら遠藤の呆れる様な感想に、

「知人の話では沿岸沿いでは人集りが凄いから、屋台も出ていてお祭りモードだそうです。」

「正直、警備を担当する地元の軍や警察には、ひたすら感謝しか有りませんね・・・。」

と鼓舞と草鹿が感想を述べた。

「今頃、親父さん達も『長門』を上機嫌に見学しているよな・・・。」

山本を始めとした連合艦隊司令部の幕僚達も、『長門』に見学を兼ねて来ていた。


「そう言えば、草鹿さんは引き続き、鼓舞の補佐役だが大丈夫か?」

現在、第一航空艦隊は一旦、解散をしてから艦隊の再編成をする為に草鹿達の任も解かれていた。

遠藤の問いに草鹿は、

「大丈夫ですよ。まだまだ、鼓舞には参謀長としてのマナーを積んでもらいますからね。」

と嬉しそうに鼓舞を見ながら、答えた。

「お手柔らかにお願いしますよ・・・。」

諦めた感じで、鼓舞は答えた。

そんな二人のやり取りを見ながら、遠藤は『長門』で山本達に説明をしているであろう二人の造船技師を思い出した。

「あの二人は、申し訳無い事をしたな・・・。」

そう呟きながら、五年前に初期の『一号艦』の設計思想や内部構造にブチ切れた遠藤が、プライドや誇りをボロボロにしてしまった福田啓二(ふくだ けいじ)造船技師と牧野茂(まきの しげる)造船技師の二人を思い出していた・・・。


その頃、山本を始めとした連合艦隊司令部の幕僚達は、『長門』の艦橋を見上げながら、感嘆していた。

「改めて、こうして見ると新造艦と勘違いしてしまうな・・・・。」

山本が感想を述べていると宇垣が、

「長官、私は出来ることなら、戦艦隊の指揮官として復帰して『伊勢』と『日向』を率いて戦って見たいです。」

山本は呆れながら、

「それは構わないが、その時は後任をちゃんと決めてくれよ。」と笑いながら答えた。

少し離れた場所で、複雑な表情で山本達を見ていたのは、福田と牧野の二人だった。

土佐型戦艦の設計や開発、そして長門型戦艦の改修に携わった二人だが、二人は少しやつれていた。

彼等にとって、土佐型戦艦や長門型戦艦の設計、開発、建造や改修に携わったことは名誉だったが、一方で二人にはプライドや誇りをボロボロにされたトラウマな出来事でもあった・・・。


全ては、『一号艦』の建造前の1936年に遡る。

当時、福田と牧野は海軍の要求する性能に近い形で『一号艦』の設計を行い、正に『不沈戦艦』に相応しい戦艦だと自負していた。

『彼』が来るまでは・・・。

ある晩、福田と牧野は呉にある料亭に呼ばれていた。

この頃には、『一号艦』の建造も来年に控えていたから、労いの席と思っていた。

そこへ、来たのが海軍兵学校在学中だった『彼』こと遠藤だった。

二人は山本が遠藤の保護者代わりをしている事は知っていたが、会うのは初めてだ。


お互いに挨拶を交わしてから、遠藤は福田と牧野に『爆弾』を投下した。

「福田さんと牧野さんに対して、失礼である事は承知で言わせてもらいます。あなた方が設計した『一号艦』は不沈戦艦どころか欠陥戦艦ですっ!」


この言葉に二人は激怒し、中でも福田は遠藤に掴み掛かろうとしていた。

しかし、遠藤と一緒に来ていた伊藤整一(いとう せいいち)少将が止めに入った。

「遠藤君、今の発言は失礼極まりないっ!」

と叱責した。

しかし、遠藤は謝罪をせずに続けた。

「自分は最初に失礼を承知でと言いました。それに大事な戦いで欠陥戦艦に乗り込む将兵達を考えたら、当然の事です。」


それでも、まだ成人していない遠藤に、気持ちを落ち着かせながら牧野は聞いた。

「何故、そこまで言えるのか、その根拠や指摘を聞いても良いかな?」

そこで遠藤は答えた。

「自分は、山本の親父さんや『さる御方』の許可を得て、『一号艦』の設計図を見ました。また、口外無用を条件に海軍兵学校在学中の造船技師候補生達数人と協議しました。」

そして、遠藤が指摘した内容は、福田と牧野が気にしていた箇所でもあり、遠藤が造船技師候補生達と共に見いだした改善案に加えて画期的な機能も提示された事から、福田と牧野のプライドや誇りはボロボロになってしまった・・・。


遠藤は、福田と牧野に『一号艦』の問題点を上げた。

内容は、以下になる。

①『一号艦』の防御部分が船体中央に集中している為に、肝心な艦首部分と艦尾部分の防御力が平均以下になっている事。

②敵戦艦との砲撃戦はともかく、魚雷攻撃になるとバルジに浸水したら、反対側のバルジに注水をするから、それが速力低下に繋がってしまう事。

③『一号艦』の副砲は、最上型で軽巡洋艦時に使用している15.5cm三連装を流用することから、防御力がかなり低く副砲の破壊から弾薬庫の誘爆に繋がる懸念がある為に、大和型戦艦のアキレス腱になってしまう事。

④従来の動力炉を使用する為に、速力が27ノットになり中途半端な速力である事。

以上の4点を上げて、遠藤は『一号艦』の問題点を指摘した。


全てを聞き終えた福田と牧野は、遠藤に言い返す事は出来なかった。

勿論、妥協せざる得なかった部分もあったが、遠藤からは、

「乗組員達の人命を犠牲にしてまで妥協してしまう事は、妥協してしまった貴方達のプライドや誇りと同様に、価値などは無いし、必要は有りませんね・・・。」

遠藤の容赦ない言葉に福田と牧野のプライドと誇りは完膚無きまでに打ち砕かれたのだった。

伊藤は慌てて双方を落ち着かせながら、

「今日の話は、ここまでにしよう。」

と言ったが遠藤は、

「いえ。既に改善案と新しい機能の取り組み案を用意しているので、このまま続けましょう。それとも、このまま欠陥戦艦を建造する気ですか?」

遠藤の言葉に福田と牧野は、力無く答えた。

「分かった・・・。君の話を聞こう・・・。」


「分かりました。続けましょう。」と言って、遠藤は続けた。

「まず、艦首と艦尾部分の防御力は、中央の防御力をある程度減らして、減らした分を艦首と艦尾に回します。」

遠藤の言葉に福田は、

「中央の防御力は減らすのか?」に対して遠藤は、

「はい、多少の防御力低下は大丈夫です。むしろ、中央ばかりに回し過ぎです。」

更に遠藤は続けた。

「出来れば電気溶接も使いたいですが、アメリカに比べて遅れているので、一部のみに使います。」

次に遠藤は、

「副砲4基は撤去します。アキレス腱の部分は外して、対航空対策として速射率の高い高角砲や機銃、現在研究中の対空噴進砲を設置します。」

遠藤の言う対空兵装増設に牧野は尋ねた。

「対空兵装の増設理由は?」

「これからは、航空機が主役になるから対航空戦を前提に対空兵装を増設します。勿論、艦隊戦も考えていますが、空母の護衛の為にも必要です。」

遠藤の言い分には、もはや、福田と牧野には反論する余力は無かった・・・。

時間も深夜に差し掛かる中でも、遠藤の話は続いた。


そんな中で、伊藤が遠藤に聞いた。

「他の改善案や新しい機能とは?」

遠藤は残りの改善案を話した。

「艦内の浸水対策として水密区画初期よりを細分化します。勿論、乗組員達の居住には配慮します。」

一旦、話を止めて遠藤は話を再開した。

「また、外部装甲のすぐ内側にゴムを注入した層を設けて、爆発時の衝撃を吸収します。そのまた内側に、スポンジの層を作り浸水を吸収して、水圧から隔壁を防御して浮力を増大させて魚雷対策にしました。」

遠藤の潜水艦や航空機からの魚雷対策に三人が感心する中、遠藤は続けた。

「また、艦首のバルバスバウの下には、折り畳み式の舵を予備として設置します。艦尾の舵を破壊されたら、操舵が出来ませんので。」

最後に遠藤は、

「最後に動力機関は、翔鶴型空母に使われる動力機関を改良して、速力を33ノット~34ノットにします。以上が、改善案と新しい機能についてですが、質問は?」

遠藤が造船技師候補生達と一緒に考えた改善案や新しい機能に、三人は絶句していた。

やがて、福田が重い口を開いた。

「分かった・・・。すぐに決断は出来ないが必ず検討するよ・・・。」

そして、牧野も、

「安易な妥協は駄目だと、痛感したよ・・・。」と力無く答えた。


後で分かった事だが、航空機を重視していた山本が遠藤に大艦巨砲主義者達を黙らせる為に、遠藤に『一号艦』の設計図を見せたのだが、遠藤は、

「今の日本は余力が無く総力戦だから、『一号艦』にも活躍して貰います。」

と山本に反論したのだった。

最終的に、遠藤達の改善案や新しい機能は認められたが、ショックだったのか福田は1ヶ月半、牧野は半月ほど体調不良を理由に寝込んでしまったのだった・・・。

それを聞いた遠藤は言い過ぎだったなと反省し、山本は呆れるしか無かった・・・。

戦後に、福田は土佐型戦艦に関しては「その事は話したくない。」と言って、生涯、話す事は無かった。

また、牧野は「自分にとっての誇りは、土佐型戦艦の件で完膚無きまでに打ち砕かれたよ・・・。」

と語り、それ以降は年齢に関係無く色々学び、『造船の神様』の名称を残す事に繋がっていくのだった・・・・。


こうして新たな設計と試みによって生まれた新造艦は、かつて、八八艦隊計画において加賀型戦艦の2番艦として建造が開始されたが、ワシントン海軍軍縮条約の煽りを受けて廃艦となり、各種実験に従事したのち自沈した『土佐(とさ)』の艦名を受け継ぐ事になった。


全長:275m 基準排水量:55,000トン

全幅:34m 最大速力:34ノット

航続力:16ノットで7,200浬

主兵装:45口径41cm連装砲塔 5基

対空兵装:65口径九八式・長10cm連装高角砲 12基

対空機銃:96式25mm三連装機銃(シールド付き) 22基

航空兵装:カタパルト2基

艦載機:8機(観測機:4機 水上戦闘機:4機)


正に、『海に浮かぶ要塞』として、高速戦艦『土佐』が誕生したのだった・・・・。



____________________


『一号艦』の代わりに誕生した高速戦艦『土佐』。


史実でも、大和型戦艦の弱点は知られていて、海軍上層部も知っていながら改善案を見いだすことは出来なかったと言われています。


今回は、『土佐』がどんな経緯で誕生したのかを執筆しました<(_ _)>


そして、日米だけでなく世界情勢も動こうとしています・・・・😓


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