第27話 遠藤泰雄と東條英機

ー 帝都東京のとあるホテル ー


今上天皇との食事を終えた翌日、遠藤は帝都東京の赤レンガ(海軍省)に向かうことにした。


帝都に向かう前、山本は気の毒そうに言った。

「若大将、陸軍の連中に気を付けろよ・・・・。」

しかし、遠藤はさらりと言った。

「まぁ、想像は付きますが、こちらで『然るべき対応』をしますよ。」 

そんな遠藤に、山本は、

「ほどほどにな・・・。」と呆れながら言った。


陸軍も開戦と同時にマレーシアやシンガポールへの侵攻計画があった。

だけど、御前会議において陛下が「中国問題を片付けなければ、他の侵攻計画は一切認めない。」と『聖断』によって決定された。

勿論、陸軍側は陛下を説得したが覆る事は無かった。


そして遠藤が海軍省に向かおうとしていたが、憲兵隊隊長が待っていた。

「恐れ入ります。遠藤閣下、我々と共に首相官邸に来て頂けませんか?」

雰囲気から、遠藤は無理やりでも自分を連れて行きたがっているのが分かっていたから用意された海軍の車の運転手に告げた。

「了解した。済まないが赤レンガよりも前に首相官邸に向かってくれ。」


また、遠藤は近くにいたホテルの従業員に、

「済まないが、伝言を頼む。首相官邸に行ってから、赤レンガに行く事になったとな・・・・。」

ホテルの従業員に伝言を頼んでから、憲兵隊隊長に言った。

「それでは、首相官邸に行こうか。」


やがて、憲兵隊隊長の車に先導されながら、遠藤の乗った車は首相官邸に到着した。

そして、首相官邸の中に案内されて応接室の一室に到着した。

憲兵隊隊長が中の人物に声を掛けて許可が出たので入ると、そこに彼がいた。


「おめでとう、遠藤中将。真珠湾では大活躍だったそうだね。」

嬉しそうに遠藤に東條が声を掛けてきた。

遠藤は敬礼した上で、答えた。

「東條閣下、有り難うございます。ですが、私だけではなく、部下達や前線の将兵達がいたお陰でも有ります。」

それに対して東條は、

「いやいや、謙遜しないでも良いよ。」

と言ってきたので、長くなりそうだと感じた遠藤は話した。


「それで、東條閣下は何の話が有るのでしょうか?自分は、海軍省に向かう予定だったので。」

そこで東條は遠藤に話を始めた。

「実はな・・・。君も知っている通り、我々も開戦と同時に侵攻計画があったが、陛下の『御聖断』で中止になった。」

聞いた遠藤は内心で、やはりその事かと感じた。

血気盛んな連中などが、上層部に訴えているのだろう。


だからこそ、遠藤はキッパリと東條に言った。

「閣下は、今回の『御聖断』の裏側について気付いているのでしょう?」

遠藤の言葉を受け、和やかな笑顔を消して無表情に近い形で、東條は遠藤に聞いた。

「やはり、君の差し金か・・・。」

東條は、遠藤が今上天皇の絶大な信頼と支持を受けているのを知っている数少ない人間の一人だった。

だからこそ、東條は遠藤が今上天皇に進言して、陸軍への楔を打ち込んだ事を察した。


それだけでなく、遠藤は『ノモンハン事件』でも事件後に陸軍に屈辱を与えた事があった。

『ノモンハン事件』は、1939年5月から同年9月にかけて、満洲国とモンゴル人民共和国の間の国境線を巡って発生した紛争で満洲国の後ろ盾になっていた日本と、満洲国と国境を接するモンゴルを衛星国にしていたソビエト連邦の間で断続的に発生した日ソ国境紛争の一つだった。

結果、両国の後ろ盾となった大日本帝国陸軍とソビエト赤軍の武力衝突に発展し、一連の日ソ国境紛争の中でも最大規模の軍事衝突となった。


結局、日本陸軍はソ連軍の前に敗退してしまったが、この件は一部の幹部が机上の空論を実戦で行い敗退した事が一番の敗因だった。

だけど、陸軍上層部は現場の指揮官を処分はしたが、件の幹部は実質お咎め無しというお粗末な対応をした。


それを知った遠藤は、山本等に進言しただけでなく、今上天皇にも鈴木侍従長を通して進言した結果、今上天皇を怒らせてしまった陸軍は海軍の提案を受けて厳しいペナルティを課せられた。

それが、多額の予算を海軍に剥ぎ取られた事だった。

これにより、海軍は第二航空艦隊に編成された空母、巡洋艦、駆逐艦の前倒し建造が可能になった。

ちなみに件の幹部は、予備役編入となった。


東條を始めとした陸軍上層部は、遠藤の差し金だとは分かっていたが、今上天皇の顔に泥を塗る行為をしてしまったのは事実だったので、遠藤に報復行為をする事は出来なかった・・・。

陸軍の南方進出阻止だけでなく、『ノモンハン事件』の失態で海軍にかなりの予算を剥ぎ取られた事もあって、東條の怒りは頂点に達しそうだった。


だが、遠藤はどこ吹く風という感じで平然としながら、東條に話した。

「怒りたい気持ちは分かりますが、泥沼状態の中国を放っておいて、南方進出は如何かと思います。」

遠藤の言葉に、東條は、

「だが、アメリカとの戦争に入った現在、石油などの資源は必要不可欠だ。」

だが、遠藤は、

「だからこそ、吉田さん達によってオランダとの協定が成立したのだから、当面の石油は問題有りません。」

「しかし・・・。」


東條の一歩も引かない様子に、遠藤はある提案をした。

「東條さんにとって最初に打開すべきは、陛下が指摘した事を解決すべきではないかと・・・。」

「指摘の件とは?」東條の問いかけに遠藤は続けて言った。

「現在、泥沼状態の中国が片付かない限り他国への侵攻計画は認めないと、陛下はおっしゃていましたね。」

東條が頷いたので、遠藤は続けた。

「これに関しての原因は、御前会議で陛下が仰っていたと思いますが、最大の原因は関東軍の暴走です。彼等は、『南京を叩けば、一ヶ月くらいで降参する』と豪語していましたが、結果は蒋介石(しょうかいせき)は毛沢東(もうたくとう)と共に山奥でゲリラ活動しながら徹底抗戦している。これでは、陛下が陸軍特に関東軍に不信感や不快感を持ってしまうのは、当然ですね・・・。」


東條も事実なだけに反論は出来なかった。

遠藤はすかさず解決策を提案した。

「結論から言えば、打開策として関東軍を抑えた上で中国を放置する事です。」

それには東條も驚いた。

「何故だねっ!?関東軍を抑えるのは分かるが、中国を放置とは・・・?」

そこで遠藤は、

「私的ですが、中国が更に徹底抗戦していますが、これは蒋介石の国民党軍と毛沢東の共産党軍が手を組んでいるからです。犬猿の仲だった両軍の結束力の根源は、日本の陸軍だけではなく関東軍がいるからです。」

一旦、一息付いてから遠藤は続けた。

「もし、陸軍や関東軍が中国から撤退して放置したら、どうなりますか?」


遠藤の言いたい事に気付いた東條も、理解した。

「確かに・・・、君の言う通り我が陸軍と関東軍がいなくなれば、国民党と共産党は再び対立して内部分裂を始めるか・・・。」

「東條さんの仰る通りです。正に『戦わずして勝つ』です。あとは、中国が内部分裂した辺りで毛沢東と蒋介石に有利な条件を提示して日中戦争を終わらせたら、陛下が指摘した中国問題は解決です。」


最後に遠藤は、

「それ以降に関しては、フィリピンやシンガポールなどですが、まずは中国問題を解決すべきでは・・・。」

そう言って、遠藤は話し終えた。

遠藤の言葉を受けて、東條は考え込んだが他に打開策が無いのも事実だった。

「即断は出来ないが、これならば陸軍や関東軍も納得するしか無いな・・・。」

東條がそう答えたから、近い内に陸軍や関東軍も従わざる得ない事を遠藤は確信した。


「それと東條閣下、是非、お願いしたい事が有ります。」

遠藤の言葉に東條が「何だね?」と言ったので、遠藤は続けた。

「海軍では、前線に徴兵された熟練者達を含めたエンジニア達や技術者達の徴兵免除を進めますので、陸軍も同じ様にして頂けますか?」

「何故、彼らの徴兵免除を?」

我が意を得たとばかりに、遠藤は答えた。

「これからの近代戦は、総力戦となります。優れたエンジニア達や専門技術者達は全員、新型戦車や新型爆撃機、更には新型戦闘機の開発や製造には欠かせない戦力です。それは、海軍も同じです。」

遠藤の意見には、東條も感心して納得した。

「分かった。必ず上層部にも言って、実行させよう。」

「有り難うございます。東條さんの口添えがあれば、心強いです。まだ話したい事は有りますが、自分はこれから海軍省に行かねばならいので、本日はこの辺りで失礼したいと思いますのでご了承下さい。」

遠藤がそう言って敬礼した。


東條も敬礼して、

「時間を取らせて済まなかったね。また、近い内にフィリピンやシンガポールも含めて話し合いたいな。これからの更なる活躍に期待しているよ。」

こうして、遠藤は応接室を退室して官邸を出て待たせていた車で、赤レンガに向かった。


首相官邸を後にした遠藤の乗った車を部屋から見ていた東條は改めて、戦慄した。

「改めて、遠藤の先見の明や戦略には、驚愕したな・・・。正直、彼を敵にしたくないな・・・。」

そう独り言ちてから東條は、陸軍上層部や関東軍に指示を伝える為に電話の受話器を手にしたのだった・・・。



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遠藤の提示した内容は、東條からしたら納得する内容ですね・・・・🤔


少なくとも、東條は遠藤を敵にしたくはないでしょうね・・・・😓







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